わたしの放浪記(5) 〜旅の夜〜
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目的の本屋さんへの再チャレンジを誓いながら、一旦宿の方に歩き出した。
16時を過ぎていただろうか、今日のところはもうゆっくりと過ごそうと思い、宿に戻って荷物を入れ替えてお風呂に入ることにした。
受付時にもらっていた町案内の紙に歩いて行ける距離に銭湯があったので、そこに向かった。
公民館が銭湯になった感じの素朴なところで、懐かしい安心がのあるところだった。
番台の人にお金を払って廊下を進むと向かって左手に女湯と男湯の暖簾が並んでいる。
暖簾をくぐると、おばさま達がまるで自分の家のお風呂に入るかのように慣れた所作でそれぞれのルーティンを行っている。
なるべく初めて来た人じゃない風を装いながらお風呂に入った。
洗い場が10箇所ほどと四角い浴槽がひとつの小さな浴場でお湯は熱めで気持ちよかった。
お風呂から上がって脱衣所でおばさまに声をかけられた、どこから来たの?どこに泊まるの?とか何でこんな田舎町に?とか、そんな質問に答えたりした。
毎日こんな気持ちの良い銭湯に入って、ご近所さんとお喋りして、部屋着で帰っていく…そういう毎日があるんだなぁと思った。
顔見知りしかいない閉塞感もあるだろうけど、フラッと立ち寄っただけの部外者から見ると、そんな生活をするおばさま達が羨ましいと思った。
ドライヤーも持参しないといけなかったらしく、私は簡単にタオルドライして、肩にタオルをかけて宿まで戻った。
スッピンに乾いていない髪、適当なTシャツとパンツにサンダル、そんなラフな格好で気楽に歩いている自分にしっくり来た。
宿に戻って一眠りしてから、夕食を下のカフェラウンジで頂くことにした。
奥のスペースにソファー席、その手前にテーブル席がいくつかあり、隅っこにはカウンター席があった。カウンターの向こうで料理をしているスタッフがいて、カウンターを挟んだ奥はゲストハウスの玄関に繋がっている。
お客さんは2〜3人いただろうか、私は誰も座っていないカウンタースペースに座り、ルーローファンを頼んだ。
カウンターの向こうのスタッフの人が親しげに喋りかけてくれた。その男性はこのゲストハウスのオーナーらしく、独特のやさしい雰囲気があった。
どうしてこの町に来たのか、今の心境やこれからどうしていきたいかをうまく聞き出してくれた。
そんなやり取りを見てか、近所に住んでいる青年が私の隣の席に座って、自分のことを次から次に話し出した。
少しコミュニケーションが苦手で器用とは思えないその青年も、この場所には安心出来るようだった。
その青年が日々起こった出来事を話す際も、オーナーの男性は自分の意見は言わずに「で、〇〇さんはその時どう感じたの?」とその青年の感じたことをちくいち丁寧に聞いてあげていた。
聞き上手ってこういうことを言うのか〜。
なんて関心していると、楽しそうな声と足音が近づいて来た後、ガラガラガラッとカフェラウンジの戸が開いた。
浴衣姿の女性がふたり。
ベリーショートとショートカットのふたりは、ゲストハウスに爽やかな気を運んできたようだった。
初めてゲストハウスに着いた時に聞こえてきた話し声はこの女性ふたりの声だったのがわかった。
そしてその奥に、昼間本屋さんで出会った男性ふたり組が続いて入ってきた。
(げっ…!!あの人!!!!)心の中ではなぜかこんな反応をしていた。
まさに、ゲッ!!という感覚だった、同じ宿だったのかぁ〜と驚きつつも、別に関係ないか…。と目の前のルーローファンを平らげることに集中することにした。
4人は奥のソファー席に座ったようだった。もう何人かもそのグループの席に加わって、かなり盛り上がっていた。
ゲストハウスならではの感じはコレか!!と思った。
誰がお客さんで誰がスタッフかもわからないけど、そんなこと関係なく、今を楽しんでいる感じが非常にオープンで、フラットな人たちなんだろうなぁと圧倒されていた。
私は引き続きカウンターでオーナーとの会話を楽しんでいた。
すると、オーナーは私のことが移住者として暮らしているイメージが出来るようで、
「本当にちゃんと実行してそうな感じがする、昔同じような子がいてね、その子になんか似てるんだよね」
「もし移住先とかを検討してるなら、別にこの町じゃなくてもいいにしてもね、まずここでの生活がイメージ出来るような過ごし方が出来たらいいよね?」
「明日もし観光とかを別に考えていないなら、うちの知り合いのやってる居酒屋で明日1日働くこともできるよ?ちょうどスタッフ1人足りないらしくて…」
と、普通じゃあり得ないような提案をしてくださった。
こういう場所ならではアツい展開にドキドキした。
私、この町に住んじゃうのか?!
即決で、やりたいです!と返答し、オーナーは聞いてみるよ!と連絡をしてくれた。
でも5分ほどした後、そのお店のヘルプの子が決まってしまったらしいことを告げられてしまい、明日この町で働くという胸アツな展開は無くなってしまったのだった。
その代わりに明日はスーパーでのマルシェをやるそうで、「僕もカレー販売しているからよかったら来てね」とオススメしてくれた。
また、ひと駅となりに美味しいカレー屋さんがあること、このカレーが特にオススメだということも教えてもらえた。
明日はスーパーのマルシェに行ってみよう!それだけ予定を決めて、早々と自分の部屋に戻った。
蒸し暑い夜、わたしの胸はずっと高鳴っていた。
雰囲気のあるオーナーにちゃんと行動をして移住してそうだと言われたことが嬉しかった。
オーナーのことを見た時に、この人は人を見る目があると直感的に思った。
落ち着いたオーラとセンスが滲み出ている、そんな人に認められた。
普通の旅では起こり得ない奇跡が間違いなく起きている!アルバイトこそ出来なかったけど、明日はどんな展開が待っているのだろう…
電球ひとつの薄暗い部屋で、明日への期待を胸に眠りについたのだった。