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エピラ(18)灰色の箱と空を突き刺す光

前回のあらすじ

とある北の国と南の国の物語。足を負傷した父・シマテを救助した、自称医者の男・クレスを訪ねたニカは、クレスから北の国へ行かないとシマテの足は治らないと告げられる。動揺しつつ、自宅へ戻るため雑木林を歩いていたニカは、迷子になり、灰色の建物を見つけた。

登場人物

ニカ : 南の国の第23集落に住む、12歳の女の子。
シマテ: ニカの父親。クル豆農家。第18集落で事故に遭い、左足を失う。
モカレ: ニカの母親。クル豆農家。
モアレ: モカレの母親で、ニカの祖母。足が悪く車椅子生活。
クレス:第23集落に住む、エピラの自称医者

用語紹介

エピラ :南国で生まれ育ちながら北国へ移住した人、北国へ移住したが南国へ出戻りした人を指す。
ダチェル:止血効果のある茶色いひだ状の木の実

 雑木林の中に忽然と表した、灰色の箱。

 クレスの家へ向かう途中には、少なくとも、ニカの目には留まらなかった。

 まるで、空から灰色の箱が降ってきて、林の中に落ち、そのまま周りの木々は箱から放たれる熱か何かでうまく育たず、縮れた枯葉になって朽ちているようだ。

 こんなに開けているのに気づかなかったほど、クレスの家へ行く途中の煉瓦の道からは、遠く離れているのだろう。

 来た道を辿っていたつもりだったのに、いつの間にそんなに林の深くまで入り込んでしまったのだろう。

 とはいえ、これがニカにとっては、初めての遠足だった。街の中も、もちろん集落の外だって、一人で出歩いたことはない。林の中なんて、物語の中でしか足を踏み入れたことはないのだ。

 けれど今まで読んだ本でも、林の中にこんなおかしな灰色の箱が鎮座している描写に出会ったことはない。

 ニカは、目の前に突然現れた灰色の箱を見上げた。

 通り雨を吹き飛ばした青空と、不釣り合いなほど濁った灰色の壁は、風の音や鳥の声を吸い取っているように、不気味なほど冷たく静かだった。

 ニカは、不審に思いながらも虹色の羽根をダチェルの実が入ったロウ引きの袋にしまい、それを盾にするように胸に強く抱いて、一歩ずつ近づいた。

 あまりにも平坦で、凹凸のない灰色の壁。石でもない。煉瓦でもない。ニカが近づいているのか壁が近づいているのか、距離感が分からなくなる。

 ニカは、両眼を強くつむって、頭を振った。このまま近づいたら、壁の中に吸い込まれてしまいそうだった。

 パッと目を開けたと同時に、壁の角の向こう側の林から、一斉に鳥が飛び立つ音がした。

 10羽、20羽、いや30羽はいただろうか。大きな鳥をかたどるように、白い鳥が空へ舞った。

 思わず空を見上げると、羽根が一つ、落ちてきた。

 ニカはその羽根を追いかけて、カサカサに乾いた地面にふわりと落ちたそれを拾った。先程、林の中で見つけた海鳥の羽根と同じように、虹色に光った。

 こんな宝ものを、一日に二度も見つけられるなんて。

 ニカは雑木林の中で迷子になったことを一瞬忘れた。けれど、箱の影から今まで聞いたことがないほど低く、分厚い声がして、全身の毛穴が締め付けられた。

 男の声だ。

 なにか叫んでいる。

 なんと言っているかは聞き取れない。

 けれど、すごく慌てているか、怒っている。

 鳥たちが飛び立った方角から聞こえてくる。同時に、いくつかの足音も。

 潤いを無くした地面の、かさんだ落ち葉のこすれる音が近づいてくる。

 ニカは、急いで羽根を封筒に押し込めると、雑木林の中に隠れた。

 灰色の箱の裏側では、まだ男たちが数人、怒鳴ったり走ったりしている音がする。

 ニカは、その場からなるべく遠くへ逃げなければという意識と、男たちの姿を見てみたいという気持ちの狭間で、足を動かせずにいた。

 木陰に隠れたまま息を殺していると、だんだんと男たちの声が遠くなっていった。落ち葉が擦れ合う音も、徐々に小さくなっていく。

 やっと、呼吸を忘れた喉を開け、思わずため息が漏れた。

 すると、突然、その拍子に灰色の箱の中から太陽を何倍にもしたような強烈な光が空を突き刺した。

 その光からコンマ数秒遅れて、地面が波打つように大きく揺れた。

 地面はひび割れ、木々の根っこは飛び出し、ニカをはねつけ、鳥や、林に息を潜めていた他のどうぶつたちも叫んで逃げ回った。

 ニカは、近くにしがみついていた木から振り落とされないようにするのが精一杯だった。地鳴りはどれくらい続いたか分からないが、空を突き刺した白い光は、ニカの目をつぶした。そしてそのまま、明るいのか暗いのか分からない時間が、何秒か、もしくは何時間か続いたかのような刹那、ニカは気を失った。

(つづく)

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