【連載エッセイ】悪妻のススメ(第5話:同棲)
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私「俺、ご両親が東京に来たとき挨拶しに行くよ。」
お付き合いする目的が結婚であるならば、あれこれ考えてしまう前に、一緒に住み始めてしまうのが得策ではないか。
それが婚活歴5年の長い迷走を経て辿り着いた私の結論だった。
しかし、それをそのまま言葉にすると、
「娘さんと結婚するかわかりませんが、試しに一緒に住んでみようと考えています。」
そんなご両親からすると眉をひそめる話になってしまう。
きっとこんなときは、
「結婚を真剣に考えてお付き合いさせていただいています!」
と言った方が良いのだろう。
でもついこの間、自分を良く見せるのは、もう辞めようと決めたばかりだ。
私は本音でご両親に向き合うことにした。
当日はスーツにネクタイを締め、手土産を持って、緊張しながらご両親が来ている妻の家を訪れた。
マンションのインターホンを押そうとした指を止め、自分に落ち着けとばかりに深く深呼吸をする。さぁ、行こう。ピンポーン!
私「あ、はじめまして。〇〇(ひでさんの本名)と申します・・・」
義母「はい、どうぞ。あがってください。」
ご両親は、お茶とお茶菓子を用意して、私の到着を待っていてくれた。
しかし、その目は決して笑っていない。
義母「昨日、娘から急に紹介したい人がいるって言われて、あまり良く分かっていないんだけど、どう言うことなの?」
私「はい、実は・・・」
今、妻とお付き合いしていること、お互い結婚できるか確かめるために、これから同棲を始めようしていることなど、今の状況を包み隠さず話した。
しかし、ご両親からすれば何処の馬の骨かも分からない初対面の男だ。
どんなに正直に丁寧に話しても、どこか胡散臭さが漂ってしまう。
おそらく調子の良い話で娘を騙そうとする「結婚詐欺師」に疑われている可能性すらある。
和やかな時間になるはずがなかった。
部屋中にはピーンと張りつめた空気のまま、ご両親の表情から納得されている様子は全く感じられない。
明らかに不信感を抱いている目をして、私という人間を品定めするかのような質問が次々と飛んできた。
「あなた何歳なの?」
「どこに住んでいるの?」
「どんな仕事をしてるの?」
「うちの娘のどこが良いと思っているの?」
「お試しで住んでみるってどういうこと?」
「何で娘の家に住むの?」
「あなたの両親は何て言ってるの?」
まるで取り調べを受けているようだ。
となりに座っている妻は、そんな追い詰められた状況の私をフォローする様子もなく、呑気にパクパクとお茶菓子を食べている。
少しは手助けしなさいよ・・・
テーブルの下で手に汗を握りながら、出された飲み物を口にする余裕もなく、私は一つ一つの質問に言葉を選びながら答えた。
そして、ようやく質問が尽きたとき、はじめてお義母さんは表情が少し緩みこう言った。
義母「お試しで一緒に住もうなんて、最近の人の考え方なのかもしれないけど、私たちには理解できない。でも、あなた達はもういい歳なんだから、後は自分たちで考えて決めなさい。ここにいても落ち着かないだろうから、近くの喫茶店に行って二人でお茶でもしてきたら。」
お義母さんは、なんとなく受け入れてくれたように見えた。
一方、お義父さんはあまり多くを語ることもなかったが、同じ男として少しは私の気持ちも分かってくれているのではないかと、少し甘い気持ちの汲み取り方をしてしまった。
これが後に、正式な結婚の挨拶で福井県の実家を訪れた際に爆発することになる。
それが今なお語り継がれる通称「義父の乱」だ。
その話は、追って詳しくしよう。
妻と近くのカフェに行くと、ようやく私は緊張感から解放された。
やれやれと固く締めたネクタイを緩め、渇いた喉にアイスコーヒーを流し込み、ほっと一息ついた。
となりで妻はホットキャラメルラテを飲みながら、しばらく何かを考えているようだった。
そして、おもむろに口を開いた。
妻「私たち、もう結婚しちゃってもいいじゃない?」
私「はぁ〜?」
いつだって妻の言動は、想像の外側から飛んでくる。
私「いや、いや、これから本格的に一緒に住んでみようって話してたのに、、もう結婚?何で?」
妻「いや、あんな風に自分のことを心配してくれている親を見ていたら、もう結婚してもいいかなって思ったのよ。」
私「いやいや、まだ付き合い始めたばかりだし、ひとまずそう言う方向で、とりあえず一緒に住んでみようよ。」
そう妻を宥めるのが精一杯だった。
その後、私は自分の自宅に帰る理由をなくすために、生活に必要な荷物をまとめて妻の家に移し、腹を括って本格的に同棲を始めた。
妻と付き合いを始めて、もうすぐ2ヶ月という頃だった。