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本を読んでばかりいる毎日を続けるために、読書空間を作り出す

最近本ばかり読んでいる。

という出だしで始まるnoteを前も書いたような気がする。私の日常には本を狂ったように読んでばかりいるターンと、まったく本を読まずに過ごしているターンがあって、読んでばかりいるターンの中にいると、日常は読書の時間だらけになる。

そう言えば、私はどこで本を読んでる時間が多いんだっけ、とふと思う。「時間がない」と思うけれど、意外と本を読む時間は確保できているし。まとまった時間というよりは細切れの時間を少しずつ使いながら本を読んでいたことに気づいたので、本を読む場所・時間について今日は深掘りしてみたい。


本を読む場所について

本を読むには、空間が必要だ。極端な話、映画館や爆音ライブハウスで本を読むことはできない。まずは「本を読む空間」を確保するからこそ、本が読めるわけで。普段の生活を振り返ってみると意外とふとした時に、意志を持って「空間」を作り出していたような気がする。

部屋で本を読む

おそらく一番多いのが、部屋で本を読む時間。休日は2~3時間ノンストップで読むこともあるけれど、日常では隙間時間に読んでいることが多い。例えば、ドライヤーで髪の毛を乾かしている時、料理の準備が終わって夫の帰りを待っている時、夜眠りにつく前、歯を磨いている時、一人でご飯を食べている時。「隙間時間の有効活用を」と、まさに自己啓発本に書いてあるような有効活用を、自ずとしていたのだった。

意識的に隙間時間を使って本を読むようになって、スマホを触る時間が減った。というよりも、スマホを触る時間を減らしたかったから、本をすぐに手をのばせる場所に置いておく、ということをしたのがきっかけだったけど。枕元に、ソファに、ダイニングテーブルに、いろんな場所に本を散りばめておくと、本当にわずかな時間でも(それがたとえ3分間であったとしても!)本を手に取ろうとするから面白い。

お風呂で本を読む

私が気に入っている本を読む空間は、お風呂だ。湿度で紙がふやける心配もあるけれど、タオルをぐるんぐるんにして持ち込む。お風呂は、何より誘惑がないのがいい。ほかに何かしようとも、何もできないから。ただ静かであたたかな空間で本を読んでいると、いつも以上に言葉がスッと入り込んでくるような気がする。頭のうえに、本の中で繰り広げられている物語がぽわんと浮かんでくるような。本から目を離した瞬間は、「あれ私はどの世界に居るんだっけ」と少しだけぼうっとする。この感覚がたまらない。

お風呂の外でジャズ・ベース奏者のロン・カーターの音楽をかけておくと、ちょうどいい感じにくぐもって最高に気持ちがいい読書時間になる。

ベッドで本を読む

寝る前の読書が習慣になった。寝る前に本を1ページでも開かずにいると、なんだか気持ちが悪く感じる。逆に本を開いて1ページでも読み進めるだけで、心地いい入眠へと向かう準備をしているような気分になる。本を読んで寝落ちする、というスタイルがもう本当にわけもなく気持ちがいいことを知って、それのない夜に戻れなくなった。以前、全然寝付けない時期があったのがまるで嘘だったかのように、スッと眠りに入り込めるようになる。

目安は、レコードの片面を流し終えるのと同じくらいの30分。寝る前はおもにジョージ・ウィンストンの心地いいピアノの音を聴きながら本を読む。30分も経たないうちに寝てしまうことも多いけど、心地よい眠りにつくこと自体が目的でもあるので、時間は5分でも30分でも何でもいい。

公園で本を読む

去年からハマりだした、公園読書。ポカポカの晴れの日に、公園のベンチや鴨川沿いで本を読む、ただそれだけなのに、部屋で読むのとはまたひと味違う、特別な時間を作り出せる。影が木漏れ日によって揺らめくのを感じながら、文字を追う時間。

テイクアウトしたコーヒー片手に読書をする時間は、何にも代えられない。

カフェで本を読む

カフェで本を読む時間も好きだ。静かな空間に、わずかなボリュームの音楽が鳴り響く。豆を挽く音や少しの喋り声が聞こえて、部屋で読むのとは違う、非日常感を味わえる。

滋賀にある「gururi」さんで開催される「本の夜」というイベントが好きで、時間が合い予約が取れれば足を運ぶ。夜の静かなひととき、他のお客さんもみんな本を読んでいる空気。やさしくもあたたかい空間で、わざわざ夜に本を読むためにカフェに行くことの価値を毎回思い知る。

電車で本を読む

電車も絶好の読書空間だ。京都から実家のある岐阜へ行く時はいつも在来線を乗り継ぐ。約2時間ひたすら電車に揺られるわけだけども、行きと帰りを合わせると1冊の本が読めてしまうほどに、貴重な読書空間となる。

都会の中心を走っている電車よりも、地方へ向かうゆるやかな電車の方が読書に集中できる。例えば、京都から岐阜に帰る時には、ほとんど滋賀の景色を通り過ぎる。たまに琵琶湖が見えたり、一面田んぼの景色が見えたり、米原から岐阜へと進むと瞬く間に雪景色になったり、そんな景色の変化を車窓からぼうっと眺めつつ、本に目を向けるだけで、そこはもう、私だけの読書空間だ。

読書空間を自ら作り出す

こうやって読書空間について書いていると、ほとんど自ら作り出していた、ということに気づく。お風呂の中でも、部屋の中でも、電車の中でも、別に本を読まなくても時間は過ぎていくわけで。そんなふとした流れ出てしまうような時間さえ、私は読書空間として維持することを努めていたのだ、と。

本を読んでばかりいる毎日を続けたい。忙しくて時間がなくとも、今すぐに寝てしまいたい時にも、ほんのわずか5分だけでいい、自分に読書空間を確保してあげるのだ。読書時間は、ふっと湧いてくるものではなく、自ら作り出すしかない。なくても生きていけるし、日常生活のなかでも優先順位は低いかもしれない。だからこそ、意識して生み出すことが必要。それは強制でもなく、絵本を読んでワクワクしていた子どもの頃と同じように純粋に本を読む時間を過ごしたいだけだ。

「最近本ばかり読んでいる。」と思ったこと、それは私自身が意識的に作り出した時間の濃さと同じ。同じ24時間なら、好きな時間がたくさんあった方がいいから、ただそれだけの理由で、私は今日もせっせと読書空間を作り出すのだった。


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misaki|散歩日和
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