世界中の誰も知らなかった呪文
子どもの頃にあった不思議なこと
思い返すと、子どもの頃は不思議なことがたくさんあった。
タネ明かしをされれば、きっと大したことではなかったのだろう。
しかし、大人になり、これだけ情報の検索や入手が容易になった現在でも、
それが一体何だったのか、よく分からないことがある。
この話はその一つだ。
タロイモと復活の呪文
小学生の頃、佐藤タロイモという男の子がいた。
もちろん本名ではないが、だいたいそんな感じで呼ばれていた。
ここでは単にタロイモと呼ぶ。
タロイモ家には、ファミコンの「ドラゴンクエスト2」があった(以下「ドラクエ2」)。ファミコンというのは、もちろん任天堂の初代「ファミリーコンピューター」のことで、今で言えばレトロゲームどころか骨董品と呼ばれるべきものかもしれないが、とにかくアレのことだ。そしてファミコンのドラクエ2とは、よく知られたコレのことである。
ドラクエ2は当時でも時代遅れのゲームだったはずだが、自宅にゲーム機が無かったわたしは、タロイモ家で時々ドラクエ2をプレイさせてもらったり、タロイモがプレイしているのを見て楽しんでいた。
さて、ファミコンのドラクエ2は、ゲームのプレイ実績を電子的に保存する機能を持たない。代わりに文字列のパスワードを(ゲーム外で手書き等で)メモしておき、ゲーム再開時に入力すれば、プレイ中断した状態を再現できる仕組みだった。
当時のゲームには同様の仕組みを採用するものが多く、ゲームにより様々な呼び名があったが、ドラクエではこれを「復活の呪文」と呼んでいた。
タロイモの最強パスワード「ぱたぺ」
「復活の呪文」はゲームプレイ中に取得するものだが、パスワードの文字列さえ分かれば、自分以外のプレイで取得された「復活の呪文」でも使うことが出来る。
すると、誰かがプレイまたは発見した「最強パスワード」のようなものが巷に出回るようになる。そのパスワード(復活の呪文)を入力すると、「ゲームクリア直前の状態」や「キャラクターと装備が最強」などの状態でプレイを再開できるというものだ。
今ならその手の情報はWebの攻略サイトに掲載されるが、当時はゲーム雑誌やそれを読んだキッズ達の間で、噂話のようにじわじわと口伝で広まるものであった。
タロイモも、どこで知ったのかは分からないが、最強パスワードと呼ぶに値する「復活の呪文」を知っていた。というか、暗記していた。
前の画像のような、ヒトにとって何の意味も持たない、最大52文字の
ひらがなの文字列を、丸暗記していたのである。
電子デバイスが普及した現代からするとまったくナンセンスだが、
それは当時においても異端と呼んでさしつかえない行為だった。
ともあれ、タロイモの暗記していた「復活の呪文」は、界隈で”ぱたぺ”と呼ばれた。呪文の最初が「ぱたぺ」だからだ。一部をここに引用する。
「…」から先は覚えていない。
当時小学生だったわたしは、「ぱたぺ」を暗記しているタロイモかっけえ、と思い、タロイモに師事して伝承者になろうとしたが、覚えきれなかった(たぶん飽きた)。
世界中の誰も知らなかった呪文
先日、とあるベンチャー企業のホームページを見ていると、CEOの年頃・顔・名前が、うろ覚えのタロイモの兄に似ていることに気付いた。
それでわたしは連鎖的に、「ぱたぺ」を思い出したのである。
懐かしく思い、「ドラクエ2 最強パスワード」でGoogle検索してみる。
すると「ぱたぺ」以外にも多くの「ドラクエ2の最強パスワード」が存在し、ネット上に攻略情報としてアーカイブされていた。
でも、どんなに検索しても「ぱたぺ」だけは見つからなかった。
レトロゲームの攻略法からプログラムの解析結果まで、ありとあらゆる
世界中の情報を網羅した現在のネット上に、ただの1件も。
「ぱたぺ」を知っていたのは、タロイモとわたし達だけだったのだ。
「ぱたぺ」とは何だったのか
もはや記憶らしい記憶も無いが、タロイモは「ぱたぺ」を、タロイモの兄かその友達か、誰かから聞いたと言っていたような気がする。少なくとも、タロイモ本人が到達なり発見なりしたものでないことは、確かのはずだ。
では「ぱたぺ」は、一体誰が作って、広めたのか?
「ぱたぺ」には、一つ特徴があった。
「ぱたぺ」でゲームを再開すると、キャラクターの強さや装備はほぼ最強になるのだが、アイテムの空きスペースが全て「あくまのしっぽ」という呪いのアイテムで埋めつくされた状態になるのだ。
もし「ぱたぺ」を作った人が、普通にゲームを進めていたら、この状態にはならない。また、「ぱたぺ」がプログラムを解析して作られた人工的な最強パスワードだったとしても、不自然だ。なぜなら、いずれの場合でも、マイナス効果しかない「あくまのしっぽ」を持っている理由が何も無いからだ。
一体、誰が、どんな理由で、「ぱたぺ」を生み出したのか。
それがどういう経路で、タロイモに伝わったのか。
大人になった今でも分からない。子ども時代の謎の一つだ。
(終)
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