寧静の海辺
「京都行くけど来る?」
と言った母に着いていった先は、古都ではなく漁村だった。
湾のふちぎりぎりまで迫った山と海岸線との境界に、張り付くように舟屋が並んでいる。
かつては一階を船着き場、二階を住居として使っていたその舟屋は、今は民宿となっていた。民宿の主人は道を挟んで山側の建物で生活していて、明日の朝食だけはそこで用意してくれるという。
二階の窓からすぐ下に見える海は、水底の石まで判別できるほどに透き通っていた。静けさに違和感を覚えて、波がないことに気づく。
たまに飛び立つカモメのつくる波紋以外に水面を揺らすもののない内海だった。海とは思えなかった。
朝の早い漁業を生業とする住民の多いこの地区に、深夜まで営業する店舗は無い。日の入りと共に店じまいしてしまう近くの定食屋を後に、宵の海を眺めながら二人で宿に帰った。
心に染みる風景しかないような旅が、私も母も好きなのだと思った。