好きとか嫌いとか
皆さんは、自分のこと、好きですか。
ぼくは自分のことが嫌いで嫌いで仕方がありません。憎くて仕方ない。
常にありもしない被害妄想で苦しんでいます。
「ぼくと一緒に居ても楽しくないだろうに、
何で遊びに誘ってくれるんだろう。」
「また、変なこと言ってしまって嫌われたかな…。怒られるかな。」
「ぼくがブサイクで太っているから、あの人はぼくのことを見てるんだ。」
といったことを四六時中考えています。
もちろんそんなネガティヴなことを四六時中考えても楽しくなんて、ちっともありません。
だけど、考えてしまう。
苦しいのに、頭の中はネガティヴな被害妄想で埋め尽くされています。
原因、なのかは分かりませんが、ぼくは物心つく前から実父に虐待を受けていました。
性的虐待、身体的虐待、精神的虐待、ネグレクト、全て揃ったハッピーセットのような虐待を。
毎日顔を合わす度に、
「はやく死んでくれ」
友達と遊んで帰宅すると、
「そいつ(友達)は、お前のことほんとうは嫌いなんだよ。仕方なく遊んでやってるんだ。だって、お前はブスでデブで良いところなんかひとつもないじゃんか。」
そういったことを毎日々々言われ続けました。
幼少期の親からの言葉って、呪いですね。威力の凄まじい呪い。
もうすぐ24歳になる今でも、親父からの言葉の呪いに雁字搦めになって身動きが取れなくなります。
だからといって、ネガティヴな被害妄想を親父のせいにしたままでは、ぼく自身いつまでも成長できないな…とも考えているんですが。
表面上、虐待のことなんかコレッポッチも気にしていない風を装っています。
過去のことを考えてもキリがない、変えられもしないし、って。
でもやっぱり、身体の傷より心の傷は、何年経っても消えにくいものなんですね。
だけど、ネガティヴな被害妄想に苦しめられるままの人生も悔しいし、ネガティヴ過ぎる自分にも腹が立ちます。
だから最近は"人類皆仲間"という至極壮大な気持ちで生きています。
ネガティヴな感情に負けないように、毎秒、
「大丈夫、皆んなお友達、皆んなそんなにぼくのこと悪く考えてないよ。怖がらなくていい、大丈夫。」
って。
親父の言葉の呪いを打ち消すように、自分が自分に言葉のおまじないを、必死で唱えています。
そうしたら、おまじないの効果があったのか、最近はほんの少し苦しさが軽くなったような気がします。
おまじないをこれからも自分に唱え続けて、
必死に、だけどそんなに気張らず、ただ生きていこうと思います。
ただ、生きているだけで、人間素晴らしいですよ。