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芋ようかんと、母の食べてきたものと。

芋ようかんといえば浅草舟和がまず思い浮かぶが、最近は家の近所にある土佐屋のものを特に常用している。どちらも甲乙つけがたいけれども、「芋感」という点では土佐屋に軍配があがるのでは、と個人的には思う。

土佐屋は焼肉屋のとなりにある間口の小さい店舗で対面売りをしている。夕刻前には芋ようかんを始め、あんこ玉、栗蒸しようかんなど、ほとんどが売り切れてしまっている繁盛ぶりでこれまでも何度買いそびれたことか。

ようかん一竿からでも快く応対してくれるので私などはまるで子どものお使いのように小銭を握りしめて、買いにいく。そうして買ってきた芋ようかんを片手にとり、そのままほうばる。さつま芋の甘い香りとともにねっとりどっしりとした繊維質が口中を満たす。そしてのどにつかえそうになり急いでお茶を流す。

そんな、ざっかけないおやつを食べながら、いつも思うのは母のことだ。

母の親類縁者は東京、千葉、埼玉にいるので私が東京で暮らすようになってからも何かと理由をつけては年に数回は上京をして逢いにきてくれた。どうやら母は近くに住んでいる弟よりも離れて暮らす私のことが心配でならない様子だった。私は大丈夫だよなどと言いながらも離婚をしたり、会社を辞めたり、借金を作ったりして、その度ごとに母を頼った。母はまだ健在だが、歳を取り、以前のように頻繁に上京することが難しくなってきていた。さらにこのコロナ禍である。簡単には逢えなくなってしまった。

母が浜松に帰るときのお土産はきまって舟和の芋ようかんだった。他にもいいものはいろいろあるだろうに、浅草の舟和で六個入りを三つ、四つ買っていく。田舎の人にはかさがあって日持ちがするものがいいのだろうと私はその様子をぼんやり見ていた。

けれどもこんな世の中になってしまって改めて思った。芋ようかんは母の精神(こころ)の”拠りどころ”だったのではないかと。

母は都内で幼少期を過ごした。渋谷川の近く、並木橋付近の小学校に通い高校を出た後は貿易会社に勤めていたという。それがどういう縁があったのか知らないが遠州浜松の片田舎で自動車整備士をしていた父と一緒になり、私が生まれ、弟が生まれ、家を建て、二人の子どもを大学まで出した。慣れない地方での暮らしと家事、育児、仕事。スマホもネットもショッピングモールもない時代、まだ若かった母は育った街とのギャップにもしかしたら自分をすり減らしながら生きていたのかもしれなかった。

子どもの頃、遠州弁を使っていて母に戒められたことがある。周りの友達はそのようにしゃべっているのだから、なぜ叱られたのかがわからなかった。それは都会生まれの矜持だったのか。時が経ち、母も当たり前のように方言を使うようになっているが、果たしてその気持ちはまだ在るのだろうか。

包みを開けば、真新しく清潔な紙の匂いとともに、目に飛び込んでくる鮮やかな黄色、つぶひとつないなめらかな肌。輪郭は柔らかいのに四方がピンと立った芋ようかんはさつま芋のあばた面からは想像もできない静謐な佇まいがある。そしてどこか懐かしい。口にするとその味わいに心からほっとする。

浜松の奥の田舎ではさつま芋など焼き芋やふかし芋にするか、手をかけても干し芋にでもするくらいの使い方だ。ところが芋ようかんはそれをわざわざなめらかになるまで練って、甘みをつけ、形を整えて供する。そんな手間ひまが江戸前の「粋」を感じさせるし、都会的ですらある。

母は末っ子だった。おいしいものに目がなかった祖母は女手一つで母と伯父、伯母の三人を育てた。食料事情が決して良くなかったときにでも祖母はどこからか手に入れた珍しいものを子どもたちに食べさせていた。ヨーグルト、明治屋のソーセージ缶詰、オートミール、トマトの砂糖がけ、時には墨堤まで足を延ばして長命寺の桜餅も手に入れたと聞く。

母は父親の顔を覚えていない。当時では珍しくもないが、召集され戦死した。物心ついた頃から祖母と兄姉と3人だけで、肩を寄せ合って生きてきた。

お菓子であれ、何であれ、食べてきたものは人の心を形づくる。戦後間もないころ、祖母が苦労して手に入れた食べものは母への細やかな愛情に満ちていた。自分を取り囲む世界が、そんなやさしさだけにあふれていた頃を思い出させるのだろうか。育った街への郷愁とともに小さな芋ようかんを味わう母の姿が浮かんだ。私が子どもに返ったような心持ちで使いにいくように、母も同じ気持ちで芋ようかんを手に入れていたのかもしれない。

身動きの取れない日々はまだ続きそうだ。逢うことのできない母にせめて土佐屋の芋ようかんを送ってあげようと思う。

親不孝つづきの私には今はそのくらいしかしてあげられないのだから。

手前は安納芋を使ってある芋ようかん、後ろが定番の芋ようかんとなります。
安納芋のものは限定商品です。
(購入した商品の画像に差し替えました。2021年4月10日)

土佐屋 西巣鴨本店
東京都豊島区西巣鴨4-31-8 03‐3917‐7228

https://tosaya-tokyo.jimdofree.com/






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