レズビアンな全盲美大生 読ー8

5日目
 昨日の先生の嵐は面白かったが、今日は日常だ。作品を作るでもなく二人は狭い部屋でまったりしている。晴眼者はそれぞれの作品作りで忙しいんだろう。好き物の集まりだから四六時中熱中しているのだろう。でも全く作品を作らない生徒もいると聞く。大海に放り出されて方向を見失っているのかな。突然海が荒れる。

「僕がここに居ても邪魔じゃない?」
 我がミューズに一応聞いておこう。5日目ともなると鬱陶しく思っているかもしれないから。
「別にどうってことないよ」美月
「望まれているんだから」美憂
「そうだとしてもしょっちゅうだと普通は邪魔扱いされるよ」
「目に入るからじゃない」
「なるほど、見えないから関係ない」
「やはり全然分かっていないね、見えなくても居るのは分かるよ。たすく君もそういうときあるでしょ。ハッとして振り向いて何かが人になる」
 君たちのそんな状況はちょっと想像つかない。その人とやらはどんな姿かたちをしている。
「思考停止しないでよね」
 してないよ美月。でも、思考停止しないでよって言葉は結構卑怯だ、そう言われれば大抵は困ってしまう。見えないから関係ないが不味かったのかな。彼女達が見えないってすぐわすれちゃう僕の方がわるいっちゃ悪いけど。
「今日はお二人さん、暇そうだね」
「たすく君もね」
 おや、怒らせたのかな。
「他の人達は何やってるの? この時間」
 二人の位置がまだ分からないから軽く聞いたつもりだ。答える気がないような素振りを見せる。
「私たちのやっていることはなんなのか、まだ全然分からない」と美憂。
 私の質問に答えているのかな。
「分からないってなにが?」。
「単純な言葉の連想に過ぎないかも知れない。文字情報も少ないし、本を読むのも大変だけど、音は豊富だし言葉は多いから、自然に入って来る」
「読む本は少ないけど、だから2度3度読むことになるから覚えるよ」と美月が付け加える。
「でもそんなにたくさんの言葉は必要じゃない」
「そう、絵にしようかなって言う言葉は少ない」
 例えば?
「まあたすく君に分かりやすく言えば喜怒哀楽かな」と美憂。
 また大雑把だな。
「でも絵じゃない方が良いかもって思う今日この頃です」と美月。
 今日この頃ですか? 
「先生が色んなものをぶら下げて飾るとかって、えー面白そうって思っちゃった」
 美月がちょっと方向を変えた。
「そだね、床から生えていても面白そう」
 美憂が同調する。やはり物派なのかな。
「それも言葉を表す?」
「晴眼者より私たちが言葉を必要としているのか、していないのか、分からない。たすく君どう思う?」
 問われても、日が浅いのに分かるわけがない。
「君達議論はするの?」
「二人で?」
「二人でも、他の人達とも」
「あんまりしない」
「あんまし無いって、周りは画学生だけだよ、絵のことでは話すんじゃない?」
 少し口を尖らせ不満な表情をする。聞いてはいけなかったかな。
「凄いねとか、言ってもらえるよ」
 美月が話題を変える様に話す。二人は当惑しているのか怒っているのか、分からない。でも少し不味いのは確かだ。
「先生は色々指導してくれるんでしょ」
どうかなあ、どう思う? 二人で相談している。
「そういえば、なんか聞かれることの方が多いね、だから話すと、こうした方がいいよ、とか言ってくれるけど、あんまりないよ」
「そうか、先生も興味深いんだね」
「見世物?」と美月。
「なんか話が可笑しいね。だから作品意図だよ、先生が興味があるのは」
「まあそれは理解するけど、そういえば私たちは二人で勝手にやっているって点はあると思う」
「課題とか出されないってこと?」
 二人はちょっと黙ってしまった。そりゃ同じ課題は出されないだろう。阿呆なことを聞いてしまった。応えないふたりに、ふーん、と間をおいて、
「自由にされているんだ、いいね」
 いいねかあ、と美月が両手を後頭部で組んで伸びをした。なんかまったりが戻ってきたようだから、ついでに聞いてみよう。
「モデルしている時、なぜ口を開けた? 普通やんないんじゃない?」
「そうなの? なんか空気が少なくなったからだよ」と美憂。
「口パクの金魚?」
「なにそれ?」
 しまった、これこそ思考停止だな。説明してから、
「でも澄まして口を閉じた絵が多いから、ちょっと新鮮だったよ」
「長時間口を開けるのは難しいからじゃない?」
「学生たちが、美憂が口を開けたとき、ちょっと身を乗り出した気がしたんだけど、なにか感じた?」
「別になんにも」
「美月は?」
「ちょっとざわついたのは感じたよ」
 なるほど、では美憂は嘘を言っているのか、答えたくないのか。
「控えめに見られているとか、じろじろ見られるとか、いやらしくジロジロみられるとか、って分かる?」
「なにそれ」
 やはり答えないな。
「たすく君がお風呂をずっと見ていたのは分かったよ」と美月。
 それは嘘だな。
「カマかけても無駄だよ、TV見てたよ」
「へー、そうなんだ」
「髪は自発的に伸ばしたんだよ、まだ全然だけどね」
 美憂が話題を変えた。髪は話題では無いんだけど。
「? しないの?」
 美月が受けて、問うて、答えを待たず、合理的に考えると髪は短い方が良いのにね、と付け加えた。
「『髪は女の命」はなぜか教えられなかったね」美憂が付け加える。
「鬘つける?って言われたよ、酷いよね」
「その意図は分からないよ、胸を隠すためかも知れないし」
「そんなに長いとは考えなかった」
「でも、髪で美人度は上がるよ、爆あがりすることもあると思うよ」
「そうなんだ、じゃつければよかったかな」と美月。
「でも鬘を描きたい学生はたぶんいないよ」
「結局何が言いたいの?」
と美憂が怒る。こちらも分からない。
「口の話だったよ、変えたのは美憂だよ」
「私たちは目より口が頼りというのはあるよ」美憂
「でも目には精神性が宿るらしいけど、口は単にモノかも知れない」美月が自嘲する。
「口に関しては、口角を上げたりべそかいたり口の端を下げて却下したり顔の表情を作る女子のほうが画家より進んでいるかも。アヒル口なんて画家には考えつかないよ、口はまだ未開かもしれないね」
「へー新鮮」
「浮世絵の絵は凄いよ」
「凄いって言われても、また思考停止」と美月。
「浮き出た浮世絵を作ってもらおうよ」
と美憂、意地悪が入っているのかな。浮き出た絵はありそうだな。では、庄野宿は浮き出た絵があるのか。
「キスを描くためにあるとか?」と美月。
 言うね。
「イーしている絵は見たことあるよ」
「なにイーって」
「なにって聞かれると困るけど、相手にやせ我慢じゃないよって意地張ってる感じかな。口を左右に開いて顎を出してイーって言う」
「やってみようよ」
 じゃやってみよう。チョコレートを相手の鼻に嗅がせ、食べたい? 下さいって言ったら上げるよ。 ここで痩せ我慢して要らないよ、イーだ、言ってみて。二人は演技した。イーだ。そうそんな調子だよ。
「そう、今度やってみよう。」
 色んな表情を教えたら面白そうだ。おもちゃにされたからおもちゃ返しだ。

次話:


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?