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短編ホラー小説 - 影

遠くに聞こえる夕焼け小焼けのメロディを聴きながら、優花は帰路についた。
田舎町の穏やかな家路は、夕日の光の中うっすら茜色に色づいている。
優花は長くなった自分の影を眺めて、わざと手足を大ぶりに動かして歩いた。
異様に足の長い自分の影。
片足を大きく振り上げ、これはちょっと長すぎだスタイルがいいなんてもんじゃないな、アニメでもここまではやらないね、と思いながら足を下ろした。
影に夢中になってる自分自身がおかしくなって、ついプッと笑って息を吹き出した。

何やってるんだろ、人に見られたら変な子に思われちゃうな。

ハッとして、キョロキョロと周囲を見渡したが誰もいない。
少しほっとして、また影を大きく動かしながら家へ向かった。
優花の影の腰あたりに何か小さいものが揺れて見え隠れしている。
それは祖母が作ってくれたウサギの編みぐるみをキーホルダーにしたものだった。
手に取るとピンクの毛糸のウサギが黒いボタンの目で、こちらを見ている。
つやつやとしたボタンの目はいつも少し寂しそうに優花を見つめ、何かを訴えようとしているようだった。
優花はその目に祖母の寂しそうな姿を思い起こし、その場に立ち止まった。
さっきまでブンブンと手足を振り回していた影も、大人しく地面でうなだれている。

優花の祖母は先月亡くなったばかりだった。
祖母との記憶を思い返していると、1ヶ月経ってもまだ涙が溢れてくる。
ウサギの顔がじわりとぼやけて見えた。

もっとおばあちゃんに優しくすればよかった。

優花は祖母に対し罪悪感を持っていた。
祖母は本来あまり怒った姿を人に見せず温厚で優しい性格の人だったが、晩年になると時折人が変わったように急に怒り出すようになった。
誰もいない空間に話しかけたり壁に向かって怒鳴ったりするのだ。
一度は夜中に玄関前で悪いやつが来る!と大騒ぎして、家族を叩き起こしたこともあった。
家族は皆、祖母の認知症が進んだのだろうと考えていた。
そんな祖母との生活に他の家族は疲れきってしまい、祖母は施設に入ることになった。

優花が思い出すのは、祖母以外の家族の間で祖母の施設入りが話し合われ決定されたその晩のことだ。
当時の祖母には優花も疲れ切っていたが、一緒に暮らせないとなると寂しく感じて自室にいる祖母を尋ねた。
祖母は自室のテレビで時代劇を見ており、優花が来たことに気づかない。
「おばあちゃん。おばあちゃん。」と二回ほど声をかけてやっと「おっ?」と言って優花を振り返った。

「どうしたの。めずらしいね。」

祖母は嬉しそうに笑って、優花が隣に座れるように少し左にずれた。

「うん・・・」

優花は何も言えなかった。
自分から施設に入る話をするのは違うだろうと思ったし、うまく伝えられる気もしなかった。
それは父親か母親が時期をみてするのだろうと考えていた。

「どうしたの、怖いことがあった?大丈夫だよ。おばあちゃんがいるからね。」

優花が隣に座ると、祖母は優しく微笑みながらゆっくり優香の背中をさすりながら言った。

「大丈夫。おばあちゃんが怖いやつは全部追い払ってあげる。あっちいけ!ってしてあげるからね。優花には何も悪いことさせないよ。」

優花はまた祖母は思い込みで話をしていると思い、今にもまた大声で怒鳴りだすんじゃないかと内心ビクビクしていた。
刺激しないよう、少しでも落ち着くようにそっと祖母の膝に乗せられたもう片方の手を両手で包んだ。
リウマチで少し指が曲がった手はゴツゴツとしていたが、温かくて優花の方が気持ちが落ち着く感じがした。

「おばあちゃん、大丈夫。この家で怖いものは誰も見たこともないし、何もいないよ。それに街の人もみんな良い人だから悪い人も来ないよ。おばあちゃんが心配するようなことは起こらないよ。」

優花はできるだけ祖母を安心させるつもりで言ったのだが、祖母の表情は優花の予想しないものだった。
祖母の手の動きはピタリと止まって優花の背を離れた。
掌の中にあった手もゆっくり引き抜かれて、祖母はその手でリモコンを握った。
そしてただ小さく「そう・・・」と呟いて、何か悲しそうに優花を見つめたあと、目を伏せてテレビに向き直った。
優花は予想しない祖母の態度にバツが悪くなって、祖母の部屋から静かに出ていった。
次の日から祖母が急に怒り出すことはなくなったが、その代わり時々ボソボソと何かを呟くようになった。
祖母は静かに過ごすようにはなったが、結局施設には入るという話は変わらなかった。
祖母はその話をすんなりと受け入れ抵抗はしなかったし、皆も会いに行くし時々は帰ってきて家族で過ごそうという話をして、祖母を施設に送った。
だがそれから二度と祖母は家には帰らなかった。
祖母が施設に入って2週間ほどした頃、持病である心臓病が悪化して入院し、そのまま亡くなったのだ。
最後に触れた祖母の手は、冷たく硬い石のようだった。

その時のことを思い返すたびに、ギュッと胸が締め付けられるように痛んだ。
楽しい思い出も沢山あるのに、あの悲しそうな祖母の表情が優花の脳裏に焼きついて消えない。
一度でもあんな表情をさせてしまったことに優花はひどく後悔していた。
どんなに泣いたってもう祖母は帰ってこないのだと理解していても、ふと思い出しては後悔で苦しくなってしまうのだった。
カァ!と烏の鳴く声にハッと我に帰って、優花は瞼をぐっと服の袖で拭った。

ふと、頭上から子どもたちの笑い声が聞こえて顔を上げると、『ゆうひ公園こちら』の看板が目に入った。
ゆうひ公園は小高い丘の上にある公園で、優花も一度だけ遊びに来た事があった。
公園まで茂みの中の土がならされただけの小道をしばらく登って行かなくてはいけないので、普段はもっと友達と集まりやすい公園で遊んでいる。
なのでその一回きり来ていないのだった。

優花は看板の前で立ち止まり、少し懐かしい気持ちでまた祖母を思い出した。
友達に連れられてはじめてこの公園に来た日のこと、迎えにきた祖母がめずらしく怒っていたことを。
優花は懐かしさに誘われてふらりと公園への小道へ足を進めた。
小道は子ども1人がやっと通れる程度の幅しかなく、木々に覆われて薄暗かった。

こんな場所だったっけ、昔はもっと小さかったから狭く感じなかったのかな。

看板があったから大丈夫だろうとは思いつつ、本当に公園があるのか少し不安になりながら歩いた。
怪我をしないよう足元に気をつけながら歩いていると、次第に道が拓けて公園が見えてきた。
公園の入り口には『ゆうひ公園』と書かれた木の看板が立っている。

そうだ、ここだ。

公園内にはブランコにジャングルジム、シーソーが一つ置かれている。
公園の周囲は柵がしてあり、優花が登ったきた茂みの向かい側からは田舎町の景色の向こうに沈む夕日が見えた。
夕日が公園内を照らし、遊具は地面に長い影を落としている。
優花はしばらくぼんやりとその景色を眺めた。
サァと風が吹いて、人の乗っていないシーソーがキィと小さく音を立てて微かに揺れた。

あのシーソーにみんなでぎゅうぎゅうに座って遊んだんだっけ。

優花は公園の中に足を進め、シーソーに近づきながら当時を思い出した。
優花が初めてゆうひ公園を訪れたのは、8歳のときだ。
公園では同い年か少し年上の子どもが数人と、5、6歳くらいの小さな子たちが沢山で遊んでいた。
優花が友達とシーソーに跨ると、小さな子がわっと集まってきて一緒に遊びたそうにこちらをじっと見てきた。
優花が一緒に遊ぼうと誘うと、小さな子たちは嬉しそうに次々に乗り込んできて片方に4、5人ずつで座ってぎゅうぎゅうになった。
ドッカンバッタン大きく音を立てながら激しくシーソーを動かすと、皆キャーキャーと笑い声を上げて、優花もそれが面白くて何度も何度も足を強く跳ね上げて遊んだのだった。

私、いろんな子と遊んですごく楽しくて夕焼小焼が聞こえても帰ろうとしなかった。
そしたらおばあちゃんが心配して迎えに来てくれて、みんなにも早く帰るように怒って。
あんな風に人に怒るおばあちゃんはあの時が初めて見た・・・でも、私誰と遊んでたんだっけ。
違う学校の子達だったかな。

キィ

またシーソーが音を鳴らす。
右に左にゆるくシーソーが揺れ、しばらく優花は懐かしい思い出を振り返りながら、それをぼうっと眺めていた。

キィ キィ キィ キィ ー

そして不意に気づいた。

「あれ?・・・・誰もいない?」

優花は公園に1人だった。
思い返せば、優花は子どもたちの笑い声を聞いてここまで来たのに、その声の元となる子どもが誰もいないのである。
優花はどこかに人がいるかと思ってあたりを見渡したが、やはりどこにも子どもはいない。
公園は優花が入ってきた入り口を除いて他に入れる場所も、どこかに続く道もない。
人も動物も優花以外にはおらず、声もしない。
ただ茂みの木々が風に揺らいでサワサワとしているだけである。

そしてまたひとつ、違和感に気づいた。

「赤い・・・。」

赤すぎるのだ。
優花が異変に気付いてキョロキョロと辺りを見渡している間に、世界はぐんぐんと赤の濃さを増していき、赤い絵の具をぶちまけたように真っ赤に染まった。
空を見上げると雲ひとつなく、ただ赤いだけのベタ塗りの空が広がっている。

優花は空を見上げたまま、胸に両手を当てて後ずさりした。
心臓はバクバクと飛び跳ねるように動き、呼吸も浅く早くなった。
異様な光景に手足が震え、首の筋が緊張でギュッと硬く張るのを感じる。

バタン! バタン! バタン! バタン!

目の前ではシーソーが揺れ続けている。
初めは風に揺れているだけかと思っていたが、次第に地面に埋め込まれたタイヤを強く打ち付けるように激しく動き出した。
優花は目を見開いて、また一歩震える足を引きずるように後ずさった。
遊具はただの真っ黒な影のようになり、地面に落ちた長い影と一つにつながっている。
公園内には赤い紙の上に黒い紙で切り絵をしたような風景が広がっていた。

カンカンカンカン!

優花は突然鳴り出した金属音に驚いて飛び上がった。
音はジャングルジムから聞こえてくる。
今やすべての遊具がまるで子どもが遊んでいるかのようにひとりでに動き出していた。
2つのブランコは交互に前後に激しく揺れ、ジャングルジムからは金属を叩く音がカンカンと激しく響いている。
ふと、地面に落ちたジャングルジムの影を見ると、そこにはいないはずの子ども達の遊ぶ影が映し出されていた。
ジャングルジムをよじ登る子、てっぺんに座っている子、近くに立ってジャングルジムを叩いている子。
その手には石が握られているようである。
まるでこっちを見ろと言わんばかりに激しく腕を動かして叩いていた。
黒く塗りつぶされた影に顔はなかったが、どの子もこちらを見ているのを感じる。
そして優花が見ているのに気づくと、ゆっくり手招いた。

『あそぼう。』

優花はその囁く声にゾッとして体を強張らせた。
他の遊具を見るとその地続きにつながった影に、ブランコには立ち漕ぎしている子どもが、シーソーにはぎゅうぎゅうに座って遊ぶ小さい子どもの影が現れた。
公園の地面には沢山の子どもの影がじわじわと現れて、キャーキャーと笑いながらそこかしこを飛んだり跳ねたり暴れ回っている。

ここに居ちゃダメだ!

優花は公園から出るため登ってきた小道へ戻ろうと振り返ったが、すぐに足を止めた。
そのまま走って逃げ出すつもりだったが、できなかった。

ソレと目があってしまったのだ。
その瞬間、ピンと時間が止まって、地面を走り回る子どもの影もピタリと滑稽なポーズのまま動きを止めた。
自分の鼓動も、さっきまで荒く聞こえていた息も聞こえない。

ソレは優花の足下から細長く伸びた優花の影だった。
影は不気味に細長く伸び、体の腰あたりで上半身を右に直角に曲げて異様に長く伸びた腕を足下にブラブラと揺らしている。
横にもたげた長い胴体のちょうど顔のあたりに白く大きな目が並んでおり、こちらを向いていた。
その目が優花を捉えたとき、ピタっと腕の揺れを止めた。
そしてすぐにその目をぐっと見開いて、ガクガクと体を震わせうめき始め、ゆっくりと動体を起こし始めた。
その声は痛みに耐え何か噛み締めているような声だった。

『うぅ・・・う・・・』

ゆっくりゆっくり、曲がっていた胴体が起き上がってくる。
ガクガクと震えながら、腕はさらに不気味にゆっくり伸びて、優花の足をつかもうとしてきた。

「うわあああ!!!!」

優花が叫び声を上げた瞬間、遊具は忙しなく動き、カンカンカンカン!と激しく金属を叩く音が絶え間なく公園中に響いた。
子どもたちの影もまた動き出し、地面の上で激しく暴れまわっている。

『あそぼう!あそぼう! あそぼう!あそぼう!あそぼう! あそぼう!あそぼう!あそぼう! あそぼう!あそぼう!あそぼう!』

たくさんの子ども達の声が優花に迫ってきた。
優花は悲鳴をあげながら影に背を向けて走り出した。

地面に映る子ども達の影は気が狂ったように激しく手足を振り回しジタバタと暴れながら、腕を細長く伸ばして走り回る優花を捉えようとしている。
その手はまるで地面を這う蜘蛛のように指をウネウネと動かして、優花を絡め取ろうとしているようだった。

子どもたちの声に紛れてあのうめき声が聞こえる。
後ろからついてきているのだ。
恐怖で確認することはできなかったが、その気配を常にぞわぞわと背後に感じた。

こんなの逃げられるわけない!

影は自分とつながっているのだ。
優花はどう逃げればいいか分からず、がむしゃらに地面の手から逃げ回った。

「ひっ!」

足首に小さな手が触れる感触がして、優花は反射的に足で振り払った時、つい振り返って自分の影を見てしまった。
影は直角に曲がっていた胴体を半分ほどあげてこちらを見ている。
頭の半分ほどが地面から突き出て、そこからのぞいた白い目がジッと優花を見て、目が合うとニィっと不気味に曲がった。
影の腕がぬるっと地面から突き出て、ゆっくりこちらに伸びてくる。

まずいと思って前を向いた瞬間、頭の後ろを手がサワっとかすめて髪が揺れるのを感じた。
ギリギリで影の手から逃れたのだ。

「うああああ!」

優花はその感触にゾワリと背中が粟立った。
地面を這う子どもの手を避けながら必死で逃げ回り、パニックになった頭であの小道を必死で探した。
公園の周囲の地面はザワザワと波打ちながら動き、入口がどこにあるのかさっぱりわからなくなっていた。

あの看板を見つけなきゃ・・・!

走りながら首を回して公園を見渡す。
あの恐ろしい影は視界に入れたくなかったので、出来るだけ高い位置に視線を置いて探した。
ふと視線の縁で一瞬捉えた影は頭だけを地面から突き出しているようで、視界に入った瞬間に心臓がドキンと跳ね上げた。

あった!

看板は優花から5メートルほど離れた箇所にあった。
すぐ近くにあの小道がある。

「わっ!」

なんとか入ってきた小道を見つけ走り出した瞬間、小さな手に足首を掴まれ優花は地面に倒れこんだ。
地面から沢山の手が優花に伸びてきて、背後からはうめき声が近づいてくる。
もうダメだと思ってギュッと目を瞑った瞬間、バチン!と後ろから大きな何かが弾ける音がした。
優花は驚いて目を開けると、目の前にあの公園の看板と入口がある。
波打つ公園が入口を優花に近づけていた。

「離して!!!!」

優花は足を掴んでいた子どもの手を叩いて、叱りつけるように叫んだ。
その手には意外にもすんなり離れていった。
そして震える足になんとか力を入れて立ち上がり、茂みの中に飛び込んで駆け下りた。

小道は影に覆われて夜のように真っ暗で、道の先にほのかに光が見えた。
優花は無我夢中でまっすぐその光に向かって走ったが、ザワザワと音を立てながら光を覆い隠そうと道幅はどんどん狭くなっていく。
時折茂みから飛び出た枝が引っかかって、服が破け体を引っ掻いて痛みを感じたが、もはやそれどころではない。
とにかくこの闇から抜け出さねばならないのだ。
光が完全に隠される前に。
歯を食いしばって下り坂の勢いに任せて半分転げるように必死で走った。
出口までもうあと10メートルというところまできたところで、光のさす穴は人が1人ギリギリ通り抜けられる程度まで狭まっていた。

もう少し!

優花は必死て手を伸ばしたが、影もじわりと穴を狭める。

「ああ!!!」

もうだめかと思った瞬間ー

ドンッ!

背後から強い衝撃を受けて優花は頭から身を投じ、地面に倒れ込んだ。

「っう・・・いったぁ・・・」

優花は呻いて、ハッとして上半身を上げた。
急いで立ち上がり周りを見渡すと、そこは茂みの外だった。
世界はまだ夕日の優しい光に包まれており、空には白い雲がゆっくりと流れている。
近くの電線でカラスがカァ!と鳴いた。
抜け出せたのだ。

「ひっ」

優花は自分の影を見て、一瞬あの恐ろしい影が付いてきたのだと思い、小さな悲鳴を上げ後ずさった。
それは優花と同じように手を口元で重ねて動きを止めた。
肩を上下させている優花のただの影だった。
しばらくひとりでに影が動き出さないか眺めていると、あるものが無いことに気づいた。
祖母からもらったあのウサギの編みぐるみだ。

どこかで落としちゃったんだ。

恐る恐る、背後にある公園の入り口を振り返ると、そこは元どおりただの小道があるだけだった。
ホッと息を吐いて、しばらく近くに落ちてないか眺めたが、どうやら無いらしい。

あの公園にあるのかも・・・

そう思ったが、もう取りに戻る勇気はなかった。
俯きながら帰ろうと小道の入り口に背を向け数歩前に進んだ時、ふと右後ろから何か声がしてハッと振り返った。
懐かしくて顔を見るだけでホッとして、目がじわっと熱くなるのを感じた。

「おばあちゃん・・・・」

『ゆうひ公園こちら』の看板の横に、優花の亡くなった祖母が立っていたのだ。
少し背中の曲がった祖母が後ろで手を組んで、優しい笑顔でこちらを見ている。
そして片手をゆっくり前に出して、丸くなった手をサッサと払うように前後に振った。

『はやく おかえり。』

祖母はそれだけ言って、風に吹かれてふわっと消えた。
優花は何も言うことができず、ただ涙で滲んだその景色を呆然と眺めているしかできなかった。
涙を拭きながらふらふらと近づくと、看板の横に何かが落ちている。

「ぅう・・・」

優花はそれを拾い上げ両手で大切に包み込んだ。
毛糸はほんのりと温かい。
そして看板に背を向けて、優花はゆっくりと家に向かって歩いた。
夕日に照らされて、その影は静かに泣いていた。

終わり。