沈むリシアと家を買った転勤族
私の職場は定期的に転勤があり、身軽な生活が基本なので、ずっと賃貸暮らしを続けていくと思っていた。しかし、家を買ったほうがいい状況に徐々になっていき、買うしかなかった。矛盾もあるが、生活を考えると、全く矛盾しているわけではない。何が幸せか、何を大切か考えるかによって結果は異なる。
今まで賃貸住まいで躊躇していたが、家を買ったのでこれを機にアクアリウムを再開したいと思うようになった。
実家を出て以来、水槽を家に置いたことはなかったので、20年以上アクアリウムから離れていた。水槽はもちろん、機材などは捨ててしまっている。
まずは、何を飼育しようか。それとも魚ではなく、エビにしようか。いっそのこと生体は扱わずに水草だけでいいのではないか。
あれこれ考えるのがとても楽しい。
魚や水草の育て方は基本的に変わらない。生き物だから当然だ。しかし、アクアリウムを取り巻く環境は20年前と全く異なっている。一番大きいのは、インターネットだ。昔は飼育方法は本以外になかったが、今はネットにテキストや写真、動画などが山ほどある。さらにインターネットは流通にも影響している。メルカリで水草を販売している個人アカウントがいるのだ。確かに、水草育成は軌道に乗ればすごい勢いで成長するので、低コストでいい小遣い稼ぎになるだろう。
久々に触れたアクアリウムの周辺状況に衝撃を受けつつ、知識を現代にアップデートさせていくのが日々、とても楽しかった。
毎日のように、YouTubeにアップロードされているアクアリウムの動画を観ていると、あることに気が付いた。
「リシア」がいないのだ。
20年前には、大幅に幅を利かせていたリシア前景水草水槽があまり見られなくなっているのだ。もちろん、いくつかあるのは承知している。しかしながら、全盛期のリシアはこんなものではなかった。
アクアリウムの専門誌で掲載されている水草水槽のレイアウトでは必ずリシアが使用されていた。それほどリシア大流行の時代があった。当時YouTubeがあったなら、リシア動画さえアップロードしておけばかなりのアクセスを稼げたと思う。
この20年で、リシアに何があったのだろうか。と、不思議に思う一方で、思い当たる節はずっと私にはあった。
水草レイアウト水槽では基本的に、前景-中景-後景の水草を配置してレイアウトを決めていく。
リシアは前景でよく用いられる。リシアの特徴は、キメの細かい緑の絨毯を表現できることが最大の特徴である。前景で、芝生や絨毯のような表現ができる水草は他にも、ショートヘアグラスやパールグラスなども挙げられるのだが、それぞれに特徴があり、それぞれ良い表現を持っている。
ところで、実はリシアは浮草である。
では、どうして浮かないで前景の水草としてレイアウトさせているのか。
なんのことはなく、おもりで固定し、沈めているのだ。水草の中には石に根を張るような強者も中にはいるのだが、リシアはそんなことしない。出来ることなら浮いて、誰にも遮られず太陽光と大気の空気を貪りたいのだ。
リシアの緑の絨毯はとても素敵なのだけれど、以前から、この沈まないことに少なからず抵抗があった。
自然の生態系を再現する水草レイアウト水槽やその概念のことを「ネイチャーアクアリウム」というのだが、本来、沈まない浮草を沈ませるのは自然ではないから人工的だと感じていた。
もしかしたらこのことが、ネイチャーアクアリウム全盛である現在において、一時期の盛り上がりに欠ける要因なのではないかと感じている。
しかし、人工的と感じるのも人間の勝手である。自然の河中では、もしかしたら石とか岩とか、何らかの重しの仕業でリシアが浮かずに、カーペットのように浮かずに群生している可能性だってあるかもしれない。リシアが、その水槽内で生育している。この事実は動かしようがなく、それは自然なことなのだと思う。
結局、私はリシアが何らかの仕組みで前景や水槽一面にレイアウトされていることに美しさを感じている。そこに人工的な匂いを感じようがいまいが、リシアが表現できるポテンシャルこそが大事なのだ。
リシアを沈めるかどうかは何を大事にするかによることなのだ。私は私の考えで持ち家に足場を置き、リシアは緑の絨毯を敷き詰めるために沈む。リシアは沈めないことには美しく水槽の底面を飾ることができないのだ。
しかし、何はともあれリシアの緑の絨毯は美しい。育成にはかなり強めの光と、多くの二酸化炭素を水槽に用意する必要があり、そこそこ難易度の高い水草であることもその魅力を嵩上げしている、と私は感じる。もはや、人工的であることとは天秤に釣り合っていない。
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最初に設置する水槽はリシアを底面に敷き詰め、そこにひとつ、大きな石をアクセントとして配置し、日本庭園のようなシンプルなレイアウトを作成しようと考えている。
そこを泳ぐ魚にも凝りたい。メダカの仲間で癖のないような種類の魚を数匹泳がせるのがよいか、それとも鮮やかな赤色の小さなエビの仲間もリシアの緑とのコントラストが美しい。
しかしながら、妻の許可が未だ出ない。