【フリーテキスト】飛ばない
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「私の背中に羽が生えてたらそれって何色だと思う?」
いつもの帰り道。何の前触れもなく突然そんなことを聞かれた。
彼女の背景にはオレンジと紫のグラデーションが広がっていて、いつも以上に幻想的で、まあ前触れだとしたらこれがそうかもしれないな、なんて思った。
「…羽?」
「そう、羽。私の背中に生えてるかもしれない羽」
彼女は私の前に一歩踏み出して背中を少し反らせてみせる。
トン、と軽い足音が鼓膜を揺らして、脳にくらりと響いた。
「白かな」
「大きさは?」
「小さすぎなくて…でも前からは見えないぐらいの大きさ」
言いながら当たり障りのない答えだなと少し嫌悪する。
「そっか。私は黒い羽だと思ってるよ。手のひらぐらいの黒い羽。見えない?」
荷物を背負うみたいに、彼女は羽をはばたかせた。
トン、と音がして、今度は一瞬の眩暈。それとほぼ同時に聞こえた一羽のカラスの鳴き声にはっと顔を上げる。
陽がすっかり落ちたのか、濃藍(こいあい)が世界にあふれていた。
目の前にいたはずの彼女は気が付けばその色に紛れて居なくなっていた。