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【小説】雨の音。窓を打つ。①

この台本は他の作品とは違い、フリーテキストではないため、
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「雨の音。窓を打つ。」
 

一.


朝が来るのが憂鬱だと思っていた。
 
私は耳元で騒ぐ携帯のアラームを止めて重たい体を起こす。
「たま~?起きてるの?」
扉の向こうから母親の声がした。
「…起きてるよ」
ぼやけた扉に向かって声を放つ。
棚の上に適当に置かれた眼鏡。カーテンの隙間から零れる光は薄暗かった。
ああ、今日はそういえば雨だって言ってたような、気がする。
 
私の部屋は本の海だ。
大好きな言葉で溢れかえったこの部屋のことは決して嫌いじゃない。好きだ。
でもそこから一歩外に出ると水の中から出たみたいに体が重たくなるから、外のことはそんなに好きじゃない。
だけれど、それは朝だけ。夜は別に重たくない。
むしろ風の冷たさが背中を押してくれる気さえする。寒いのは大嫌い。でも、冷たさは嫌いじゃない。
 
そんなことを考えながら私は着替えを済まして洗面台へと向かった。
日に日にやつれた気がする自分の顔。あんまり眠れていないせいだろう。
私には朝に眠って夜に起きている生活のほうがきっと向いているのだ、と思う。
 
朝は本当に憂鬱だ。
 
居間に行けば家族がいる。私は顔に冷たい水をぶつけた。
 
「おはよう」
思ったより声のトーンが低かった。間違えたな、と思う。
心配をかけることが嫌なんじゃない。不良品だと思われるのが嫌なだけ。それだけなのだ。
気にしすぎであることは分かっている。私はきっと、本当は見られていない。そう思う。
それでもやっぱり不安で、ぱぱっと朝ご飯を済まして早々に家を出た。
 
外は雨が降っていた。灰色と形容しがたい空の色。朝の雨雲はなんだかいろんなものを含んでいるような気がする。
雲が落とした涙。なんて、雨を詩的に表現してみて、それがありきたりすぎて一人で笑った。
足音に交じって、ぴちゃ、と音がするのがなんだか楽しくて、私はわざとらしく足を前に出しながら歩く。
こんな何でもないことが楽しいと思えるから、きっとまだ大丈夫なのだろう、なんて取り留めのないことを考えた。
きっとこうしてなんとなくで生きているのが私なのだ。だから今日も一歩ずつ歩けるのだ。
 
そんなことを考えているとあっという間に学校に着いた。
教室の廊下に近い前の席。とっても微妙な席。ここが私の居場所である。
別に友達はゼロじゃないし、話しかけてくれる人も話しかける相手もいる。孤独ってことがなんだか分からない。
私はそんな立ち位置でなんとなくで生きている。やっぱり、なんとなく。
 
この日までの私はこんな生き方。
こうやって生きていたし、こうやって生きていくものだと思ってた。
特別な行事って残酷。日常を崩すんだから、本当によくない。
 
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二.


「それじゃあ、一人ずつ必ず発表するように。内容によっちゃあグループを組んでもいいぞ。」
教室がどよめく。えぇーという声が溢れかえる。私は黙って黒板を眺めていた。
 
『文化祭の出し物 作品発表会』
 
普通こういうのって、出店とか、お化け屋敷とか、そういうのじゃないのかな。でも普通、ってなんだろう。
私の考える普通と先生の考える普通は違うのだ。
それはきっとクラスメイトも同じで、話し合いで解決できない権力みたいなものが強いか弱いか、それだけなのだ。
だから私は別に気にしないし、何が来ても受け入れる。普通がこれなんだろう、仕方がない、それで終わる。
私は本が好きだから、本に関係する何かがいいな。読書感想文でも書こうか。読む読まないは自由なのだし。
考えを巡らせていたら、先生は一言付けたした。
 
「飾るだけとかは無しな。プログラムを組むから、それぞれ発表するように」
 
それを聞いてまた教室がどよめく。言葉が響いて揺れて崩れちゃうんじゃないかなんて思う。
置いておくだけはダメ。じゃあどうしようかな。感想文を読み上げようか。それとも何か楽しめるものがいいのかな。
色々と考えながら、授業を受けていたから、今日の勉強はあまりいいものじゃなかった。
 
多分全員が同じで、文句で溢れかえっていた教室は休み時間になると、友達同士でアレをするか、これをするか、なんて盛り上がっていた。
劇、ダンス、歌、料理を振舞おうなんて意見も聞こえた。
結局、皆やる気に満ち溢れちゃうんだ。ちょっとだけがっかりした。そんな中で温度の低いものをやったら、不良品になってしまうかもしれない。それだけは避けないと。
 
帰り道は雨が上がっていた。
地面も乾き始めていて、つまらないいつもの帰り道のようだ。こんな時はちょっとだけ寄り道をしちゃおう。
心の中でくるくると踊って、私は大好きな空間へ飛び込む。本のプールで少し泳いで帰っちゃおう。
 
そこは街一番の大きな図書館。
 
カバンの中から借りていた本を取り出して、ポストに返しながら、そういえば出し物はどうしようか、と現実に引き戻された。
こういう時は司書さんに聞くのがいい。司書さんはいつも私の話を聞いて、考えもつかないことを教えてくれる。
ずっと本の中で暮らしている人とは、波長が合うし、考えが深くていいものなのだ。
 
私は一番大好きな司書さんを探して、声をかけた。そうして今日の出来事を話した。
 
「それなら、朗読とかしてみたらいいんじゃないかな。感想文を読むのはちょっと恥ずかしいけど、好きな作品を読むのは楽しいんじゃないかな。」
 
朗読、と聞いてあまりピンとこなかった。音読と違う単語。でも、似ている。
私がぼんやりしていたからなのか、司書さんは笑いながらAVコーナーの地図を出した。
 
「ここの棚にね、朗読のCDが置いてあるから、聞くといいよ。たまちゃんの好きな作品もあったと思う。」
 
私は言われた場所に向かって、棚の中を探した。普段は本ばかりを見ているから、新鮮だった。
耳で作品を聞く。ちょっとだけ楽しそうだなと思う。
「あった」
思った以上にたくさんある。その中から大好きな作家さんの本を読んだCDを見つけて、さっそく再生コーナーで聞いてみた。
 
耳から世界が広がる。私の描いていた映像が立体的になっていく。
 
不思議な感覚。なんだろう、これ。楽しい。楽しそう。
これが出来たらどれだけ素晴らしいことか。きっとすごいことだ。これをしたい。でもちょっとだけお芝居みたいで、私には難しいかも。
だけど、今はこの空間に浸っていたい。そう思って夢中になって何本か聞いていたら、すっかり暗くなってしまった。
 
閉館間際にバタバタと図書館を飛び出し、私は帰路についた。
  
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三.


朗読。やってみたい。でも家だと家族が居るし…なんて思っていたら、先生が発表会のために教室をいくつか借りてきてくれていた。
黒板にぶら下げられた予約表に名前を書いて、大きく深呼吸をした。私は試しに短い作品を読んでみることにしたのだ。
あれから繰り返し図書館に行っては朗読を聞いて、私ならこう読むという想像を広げていた。
 
そうして緊張しながら放課後を迎えた。教室には私一人。すっと息を吸って声を出してみた。
「ある日の暮方のことである」
音程がバラバラ。声も震えてる。教室で一人立たされて読まされてるんじゃないんだから。落ち着いて。
もう一回深呼吸をして頭の中に描いている音を、リズムを、世界を思う。
「一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた」
ああ、思ったよりも。
「広い門の下には、この男のほかに誰もいない」
描いていたよりも下手だけど。
「ただ、所々丹塗りの剥げた、大きな丸柱に、きりぎりすが一匹とまっている」
上手に息継ぎもできないけど。
「楽しい…」
 
序文だけを読み終えて私はしゃがみこんだ。
思った以上に疲れる。緊張のせいもあるだろうけど、手汗がすごい。
だけど、私じゃない誰かに、私が変ったみたいで、どうしようもなくワクワクとした気持ちがあふれてくる。
時計をちらと見て、タイムリミットを確認した。
いろんな読み方を試したい。今度は落ち着いて読める気がする。
すっと息を吸い込み、深く吐き出す。目を閉じてもう一回、頭の中に世界を広げる。
「ある日の暮方のことである。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた」
ちょっとだけ上手に読めている気がする。プロの人とは違うけど、きっとこれはこれで味がある。私の世界。私だけの物語。
つながっていく。綴られていく。言葉が、声が、文字が教室中に溢れて、綺麗な水の中に…
 
私は夢中で、下校のチャイムが鳴るまでとにかく読み続けた。
終わるころには緊張も解けて、体が軽くなっていた。
 
「ねえ!」
突然教室の扉があいた。
先生だろうか、と思ってすみませんを言いかけた瞬間、声の主は私の目の前にいた。
 
「あなたの声を貸して!」
私の手を取り、距離感のつかめない大声で問いかけられ、困惑どころの騒ぎではない。
「えっと…どちら様でしょう、か…」

続く。

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