文字の海
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僕の恋人は病気だ。
彼女自身がそう言っていた。けれども僕からするとそれは「不思議な力」みたいなものに思えた。
彼女はよく言葉を紡ぐ。
そして紡ぎ終えたあとに深い眠りにつくのだ。長い時には2日以上目覚めない。
「言葉を紡いでいると、海の中に沈んでいくみたいになるの。言葉とか文字が沢山降り掛かってきて、どんどん底に沈んで行く。だからとても疲れちゃうんだよね」
先に話してなくてごめんね、と彼女は苦笑いをした。
初めて何日間も目覚めないのを見た日は心配で仕方なかった。もう二度と目を覚まさないのではないかと思った。しかし彼女はとても気持ちよさそうに眠っていた。
そうなることを知っていて、それが病気であると分かっても、彼女から言葉を紡ぐことを奪うことは出来ない。その姿に僕は見惚れたのだ。
彼女の周りを文字が泳ぐように、漂っているような、そんな気配を纏う彼女は美しかった。