わすれんぼうメアリー

こちらのテキストは朗読や音声表現など、非営利目的でご利用いただけるフリーテキストです。

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忘れんぼうのメアリーは言いました。
「私はどうやら形が残るものしか信じることが出来ないみたいだわ。」
彼女にとって”もの”とは記憶を呼び出すスイッチのようなもの。
どれだけ好きだと思いを伝えても彼女は暫くしたら忘れてしまうのです。
ルーカスはなんだかとても苦しくなりました。
「…メアリーの記憶を助けたい」
精一杯の言葉は少し震えていました。
「嬉しいわ、だけれど、私はきっと現実のぬくもりしか信じることが出来ないの」
メアリーにとっての記憶は信じられないもの。
いくら記憶を呼び戻しても、その記憶自体を信じることが出来ないのです。

そして、メアリーがメアリーの名前を忘れてしまうのは、彼女自身がメアリーを信じていないから。


その夜、ルーカスは夜空を見上げながら静かに泣きました。
「ああ、どうしたらメアリーは記憶を持ち続けてくれるのだろう。普通の恋がしたかった」
ルーカスの恋心はいつからか救済に置き換わっていて、本当のところ、どうしてこんなに頑張っているのか分らなくなってしまいました。
星のひとつが言いました。
「君はメアリーに恋をしているのかい?」
ルーカスは少し考えて「恋しているよ」と答えました。
星はまた言います。
「それじゃあその恋には形があるのかい?」
「目には見えないけれど、確かにこのあたりにあるんだ」
ルーカスは胸のあたりをゆっくりさすってみせました。
「暖かかったり、チクチクとしたり、そういうのがこの辺にあるよ」
星のまたたきはだんだんと暖かい色に変わって行きます。
「きっとメアリーも同じものを持っているはずだよ」
「…同じもの?…ねえ、お星さま、それメアリーは信じるのかな」
聞き返してみましたが、星はだまって瞬いているばかり。
それっきりルーカスの問いに返事が来ることは無く、空の色は段々と薄くなっていくのでした。

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