【漫画原作】身代わり花嫁は神サマに溺愛される 1話

【あらすじ】
幼い頃に口減らしのために売られた、なな(菜花)、は垣田家で奉公人として暮らしていた。
ななが引き取られた理由は、娘を嫁にもらうというあやかしとの約束から貴美子を守るため。
身代わりになったななは、襲われそうになるが、間一髪のところで美貌の青年、翆が助けてくれた。
悪いあやかしを退治した彼は、帰る場所のないななを屋敷に連れ帰り、落ち着くまで屋敷に滞在していいと言ってくれる。
一方、翠があやかしを退治したことによって没落した垣田家。
夜逃げした垣田家主人には退治したはずのあやかしの怨念が取りついていた。
二つの恨みの念が交わり、その矛先は幸せになった菜花へと向けられたのであった。

【世界観補足・登場人物】
世界 明治末から大正の日本
・なな⇒菜花(なのか)
 寒村出身。幼い頃口減らしのために売られ、以後垣田家で暮らしてきた。
 貴美子の身代わりとしてあやかしの花嫁として育てられ、翆から「菜花」の名をもらう
シナリオでは登場時から菜花と記載。
・翠(すい)
 あやかしを退治した不思議な青年。眉目秀麗。年の頃は二十代前半。
 その正体は強い力を持った風の神様。人の世界とかくり世のはざまに屋敷を持ち住まう。
シナリオでは、青年⇒翆と変化させて記載。
・紅(こう)
 十歳くらいの見た目の童女。神使見習いのきつね。たまに耳と尻尾が出る。思い込みが激しいのが玉に瑕。
 菜花と翠が夫婦になればいいなあ、と考えている
・朔助
 翠の古なじみの神様。人間の世界に精通し、人に化けて商売も行うなどの俗人。二人の仲を見守りつつ、たまに翠のことをつつく。
・垣田家主人
 昔酔って川でおぼれたところをあやかしに助けられ契約を交わした。
 娘の身代わりにするために菜花を引き取る。
 翠に対峙される寸前にあやかしの無念の思念に取りつかれる。以後菜花をつけ狙うことになる。

本編

 日本家屋の屋内にて。一人の少女が機嫌悪そうに口を開く。
貴美子「なな! なな! 早く来て」
菜花「何のご用件でしょうか。貴美子お嬢様」
貴美子「学校で宿題が出たの。あなたわたしの代わりにやっておいてちょうだい」
 貴美子、ぽんと布地を畳に放り投げる。
 菜花、布地を拾い上げる。腕の中に教科書とノートも追加で押し込まれる。
貴美子「それが終わったら国語の宿題もお願いね。終わるまでお夕飯は食べたらだめよ」
菜花「……はい。お嬢様」
 貴美子、襖をパンっと音を立てて閉め、部屋から退出。
 菜花、自室へ。宿題を始める。
モノローグ「北の寒村で生まれたわたしが口減らしのために売られたのは十を数えた年の頃だった」
 これまでの回想。
 大人に手を引かれ、家族から引き離される菜花。
モノローグ「垣田家に引き取られたわたしは、幸運にも学校に通わせてもらえることになった。けれども、喜んだのも束の間。ある噂が流れ始めた」
 垣田家の旦那様、奥様、一人娘貴美子の姿。
 女中や他の奉公人たちが噂する様子。
モノローグ「わたしが旦那様の隠し子だというのだ」
モノローグ「そんなことは絶対にありえないのに、旦那様は否定しなかった。そして奥様は物わかりの良い妻の見本であるかのように過ごしている」
 菜花、終わらせた宿題を持って移動。貴美子のもとへ。
菜花「お嬢様、宿題を終わらせました」
貴美子「遅かったじゃない。あんまりにものんびりしているからてっきり今日はお夕飯要らないのかと思って、下げさせてしまったわよ」
 貴美子が菜花に向かってにんまりと意地悪な笑みを浮かべる。
菜花「っ!」
貴美子「のろまなあんたが悪いんじゃない」
菜花「……」
 菜花は何も言えずに黙ってうつむいたまま。
貴美子「こんなお荷物娘、さっさとどこかに追い出せばいいのに。お母様が可哀そうだわ」
 貴美子がぴしゃりと襖を閉める。
 一人残された菜花はとぼとぼと部屋に帰る。

 別の日。
 昨年女学校を辞めた菜花は日中は女中たちの手伝いをするようになっていた。(一通り礼儀作法は身についたのだからと、旦那様と奥様が判断して辞めさせれれた)
 珍しく仕事を休み家にいる旦那様。会社の部下が急ぎの用件で尋ねてきた。取次のために旦那様の部屋へ向かう。
菜花「旦……」
 座敷からぼそぼそと声が漏れ聞こえてくる。
垣田家主人「……夢に……あの声が」
垣田家妻「この時のために……あの子を……」
菜花(取り込み中かしら?)
 だがこちらも用件があるため、息を吸い襖越しに声をかける。
菜花「旦那様」
 中の声がぴたりとやむ。
 襖が開く。垣田家主人が菜花を無表情に見下ろす。
垣田家主人「何の用だ?」
菜花「あ、あの。旦那様の部下の方がいらっしゃっています」
垣田家主人「分かった」
 垣田家主人が廊下を去っていく。

 それから数日後、菜花は垣田家夫妻に呼ばれる。
 夫妻揃ってにこやかな表情。
 いったいどうしたのだろうと、困惑する菜花。
垣田家主人「なな、おまえの祝言が決まった」
菜花「え?」
垣田家主人「私の古い知り合いなのだが。以前この屋敷を訪れた際、おまえのことを見初めたというのだよ」
垣田家妻「とてもいい話じゃない。帝都からは離れた土地だけれど、鉄道駅ができて、ずいぶんにぎやかになったそうよ」
垣田家主人「ほら、おまえのためにと花嫁衣装も用意したんだ。この家から嫁に出すことになるからな。このくらいはしてやらないと」
垣田家妻「まあまあ。こんなにも立派な花嫁衣装を準備してもらって」
 菜花の返事も聞かずに二人はまくし立てる。
 室内の衣桁には白無垢がかけられている。
菜花(わたしが結婚……誰かの妻になる……?)
 旦那様の紹介を断れるはずもなく、菜花の婚姻が決まってしまう。
 祝いだとばかりに垣田家夫妻と一緒に食事を取ることになる菜花。豪勢な食事を前に、何も言えるはずもなく、結婚が決定。
 祝いだと喜ぶ垣田家主人が酒を飲み、妻もにこにこ笑っている中、貴美子だけが面白くなさそうに菜花を睨みつける。

モノローグ「明日、わたしは結婚する。顔も見たことがない、旦那様の古なじみの男性と」
 暗い室内で布団にくるまる菜花だが、翌日のことを考えて寝付けずにいる。
 ごろんと寝返りを打つ。
 部屋の襖が開く。人の気配にハッとなる菜花。
 貴美子が登場。無言で部屋に入り込み、菜花の枕元に座る。
 菜花は突然のことに驚きつつ、身を起こす。
貴美子「ねえ、いいことを教えてあげる」
 貴美子がにんまりと意地の悪い笑みを浮かべる。
貴美子「お父様とお母様に聞いたの。どうしてあんたのためにあんなにも上等な白無垢を用意したのかって」
 貴美子の顔がすっと菜花に近付く。
貴美子「あなた、生贄になるのよ。わたしの身代わりに」

 帝都から汽車に乗り到着した街。
 白無垢姿の菜花。垣田家主人と荷物持ちの男も一緒。
 菜花は人力車に乗せられている。
 菜花、昨夜貴美子から聞かされた話を回想。
モノローグ「それは今から八年ほど前のこと。旦那様がこの街で旧友と酒を酌み交わした帰り道。酔っぱらって足を踏み外した旦那様は川へ落ち溺れた」
 水の中で苦しみもがく垣田家主人。
モノローグ「死にかけた旦那様の耳元で声が聞こえたそうだ」
正体不明の声「助けてほしいか?」
 必死になって頷く垣田家主人。
 靄のように実体のない何かはさらに垣田家主人の耳元で尋ねる。
正体不明の声「おまえに娘はいるか?」
 つい正直に頷く垣田家主人。
 次の瞬間、垣田家主人は川岸に四つん這いになり、荒い呼吸を繰り返していた。
 月の明るい夜の出来事。地面に誰かの気配を感じた。
正体不明の声「おまえを助けてやった。礼におまえの娘をもらおう」
垣田家主人「待ってくれ! 俺の娘はまだ十も数えていない!」
正体不明の声「では年頃になるまで待ってやろう。ああ、それから。娘がよく育つよう、金回りを良くしてやる」
モノローグ「旦那様はこの出来事を夢だと思ったそうだ」
モノローグ「けれども、数か月が経ったある日の晩。夢を見たそうだ。ねっとりとしたその聞き覚えのある声はこう言った」
正体不明の声「約束を忘れるな」
 飛び起きる垣田家主人。
 焦り、どうしようかと思案。
モノローグ「旦那様は、自分の娘を得体のしれない声の主の嫁にしないために身代わりを立てることを思いついた」
 回想終了。
 とある民家の前で人力車が停止する。
菜花(わたしは今から誰かも分からぬ人の妻として差し出される)
 ごくりと喉を鳴らす菜花。
 傍らに立つ垣田家主人。彼に背中を押されて民家の敷地内に入る。
 空気が澱んだような、靄がかかったかのように周囲の気配が曖昧になる。
正体不明の声「待っていたぞ。儂の花嫁殿だ」
 唐突に聞こえた声に驚く間もなく腕を引かれる菜花。
 強引なそれに角隠しがばさりと地面に落ちる。
垣田家主人「お約束通り、娘を連れて来たぞ」
 菜花、上を見上げる。
 正体不明の声の主の顔を見る。二十後半から三十くらいの男。
 男がにやりと笑う。瞳の中で瞳孔がギラリと光る。縦に長いそれに、菜花の背筋が怖気立つ。
菜花「離して!」
 思わずといった体で菜花が身じろぎをして、男の胸を押す。
 その拍子にバランスを崩し尻もちをつく。同時に地面に転がっていた小石に手をひっかけ、擦り傷ができ、うっすら血がにじむ。
 男がすんすんと匂いを嗅ぐ。
正体不明の声「おまえの血の匂い……これは垣田家の血縁ではないな!」
 その声にびくりとする菜花と垣田家主人。
 男の形相がみるみるうちに凶暴なものへと変化する。
正体不明の声「おまえたち! この儂を謀ったな!」

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