毎日3時間以上ゲームをしていた息子が汗だくになって毎日公園で遊ぶようになった理由!
毎日3時間以上パソコンでゲームをしていた息子が全くゲームをやらなくなりました。
実は我が家では「ゲームをプレイするのは1日何時間だけ」という制限をしたことがなかったので、さすがに3年目にしてとうとう飽きたようでした。
今ではそのゲームをプレイしていた時間を公園で友だちと遊ぶようになって、学校が終わってから汗だくになって 18:00過ぎになると帰ってくるようになりました。
「今日はどうだった?」
と息子に聞くと、
「鬼ごっこをした」
「誰もいなかったから他の学年の人と遊んだ」
「いじわるされて、寄せてくれなかった」
「棒を見つけたから武器を作った」
「押されて池に落ちた」
などおみやげ話を聞かせてくれます。
その話を聞いていると友だちとの遊びの中で豊かに成長しているなと感じます。
私は自分自身の経験から公園の遊びには子どもの豊かな成長があると思っています。
例えば、公園には最低限の遊具しかなく、自分たちで毎日遊びを考えなければなりません。
自分たちで今日何をして遊ぶか考え、ルールを決めて、昨日よりもっと面白くなるように工夫します。
それは「なければつくる」「もっとおもしろくする」という試行錯誤の中から「考える力」を育てることができます。
友だちと意見のぶつかり合えば、譲ったり、意見を通したり、そこから「相手との距離感」や「交渉力」を学ぶことができます。
雨が降ったり、遊具が使われていたり、いじめっ子がいたりと、公園には予定外のことがたくさんあるので、予定通りならなかったときはどうするか「考えの柔軟性」を育むことができます。
欲しいものや情報が容易に手に入る環境や、自宅や塾、学校を中心に同じルーティンが繰り返される毎日では、公園での同じような経験を積むのは難しいのかと思います。
人格が形成される小学生の間に如何に公園で過ごしてきたかで、もしかしたら大人になったときの心の豊かさや器の大きさが変わってくるのかもしれませんね。
試行錯誤や問題の深掘り、アイデアの創出、人との距離感、交渉、不測の事態の対応など、私自身が社会人になって必要とされたスキルって公園の遊びの応用に思えるときがあります。
実はこれらのスキルは人格が形成される中学生以上になると同じ経験をしても育てるのが難しくなるといわれています。
だから小学生のころに公園で汗だくになって、真っ黒になって、いっぱい転んで、いじわるされて、豊かな経験を積んでくる必要があるのかな思います。
将来、数々の「答えのない問題」に直面していく子どもたちには「知識」だけでなく、本当に必要なことを大人が考え直さないといけないのかもしれませんね。