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かごめかごめ 「私は何者か」
おはようございます
今日は、願いを叶える準備編(^^♪
私は〇〇です。
すぐに答えられますか?
私は、毎度、困ります。
私を一人称で語るとき、
なんと、答えるでしょう
私は、、私を指さす。
あなたは、あなた自身を
少なくとも死ぬまで見ることはないですよね
鏡越しに、私を観察するほかないのです。
『私は何者か』
孤独で、だけど、全てで、、
一生では語りつくせないほどの私がいると思います。
私と対峙すればするほど、
『これが私である』と思い込んでいた
私がいました。
そして、そう思っている私がいて、
またまた、そう思っていた私がいる。
あらゆる願いを叶えるには、4つの覚悟が必要です。
(覚悟は、ほかの回で)
『私』が、どのような願いを叶えたいと思っているのか。
まず、ひとつめは、
『私』が、何者なのかを知ることが大切です。
しかし、私と対峙する覚悟ができると、
写し鏡のように、
エンドレスに私がいることに気づき、
私なぞ無いことに気づきます。
どういうことかというと、
まず、世界が広がるにつれて、
親の前の私、友達の前、仕事の時、先輩の前、
後輩の前、母の時、、
さらに、様々な経験を重ねるにつれ、
距離をとってみたり、対応変えたり。
受け取り方も、年とともに変わっていたり。
もう、数えきれない顔の自分がいませんか?
ひとは、傷つかないように、失敗しないように、
本当の自分を隠してしまうんです。
心は、とってもデリケート。
危険が高まると、感じないように、
自分を隠してしまいます。
本人も気づかないほど、深いところにです。
経験則の思い込みから離れ、希望に満ち満ちた時
人生に無駄はひとつもない。
全ては想い通りになっていたと真実に気づきます。
とはいえ、、自分も気づかないほどの感情が
不具合を起こしていて、
さらに、不足感から求めないって、
難しいですよね。
だって、贅沢もしていないし、ないんだもん。
ないないない! 何年も葛藤しました。
天にお願いするときに、
〇〇しました。ありがとうございます。
過去形にしても、心では無いと思ってませんか
安易に、目の前の物象による一時的なしあわせを求めると、
執着などがうまれやすく、今世に生まれてきた真の想いを知る方が、はるかにパワフルになります。 それは、宇宙全体が味方についたような感覚
想い方がちょっとだけ違っていたことに気づくだけなんです。
一時的なしあわせだと、満足感が続かないので、
私は何をするために生まれてきたのだろう??と
また、悩むことが始まります。
それでは、私はいったいどんな人間なんでしょう
「かごめかごめ」
かーごめかごめ♪
ひと昔前、どこかに、宝が隠されているとかで、
特番組まれた時代もありましたね。。
(懐かしい~ で、歳バレるw)
昔から、伝承されてきたこの唄、解釈としては、諸説あるようですが、
『私』はどんな人で、
何をするために生まれてきたのか
かごめかごめの唄は、宝のありか
私の命が、最も尊く素晴らしいのではないでしょうか お釈迦さまが、天上天下唯我独尊!とおっしゃったように つまり、私は何者か。を指しているのでは?
か~ごめかごめ
かごの中の鳥は
いついつでやる
夜明けの晩に
つると亀がすべった
うしろの正面だあれ
篭目
篭の目、六芒星になっていて、イスラエルの国旗のようですね。
伊勢神宮にあると言われている三種の神器の一つ 「八咫の鏡」の裏に、ヘブライ語で以下のように書かれているそうです。 明治天皇が目にした後、
天皇すら見ることは許されないとしたので、
真実はわかりませんが、複数の証言から、
以下のように書かれているそうです。
「エイェ・エシュル・エイェ」
「我は在りて在る者なり」 (出エジプト記 3:14)
旧約聖書では、モーセが神に、
その名を問いた時の神の返事!
何かありそうな予感!
ヘブライ語訳も、さまざま出てますので、気になる方は検索してくださいね
さとりにいたるまでに、気づきが起きて感じること
私は私ではなく。
これが私だと思う私でした。
そう気づいたとき、
まるで、部屋の中から、
窓越しに現実をみていたかのように
すべてが幻影をみていた感覚になり、
これまでみてきた色とは、明らかに違って、鮮やかに綺麗に見えます
私たちは、過去からの思い込みによって、
実態のないものを、あるかのようにみています。
大して話したこともない人に、あの人は嫌だとか、勝手に決めてませんか これでは、経験もしていない未来の可能性を狭めてしまいます。
皆と同じものを観ていたと思っていたのに、
こんなにも違うものを観ていた。
そして、魂の覚醒が起きた時、
五感も鋭敏になり、
これまでに使わなかった眼で、
ものごとをみるようになります。
まるで、ヒナが卵の殻を破って、誕生して新しい世界をみたかのよう
今世、生まれた世界では、鏡のように、
自分の内面が他者に映し出されています。
これまでの時間の概念からはなれ、
今、ここがすべてと感じ、
この世の事象は、
未来がそこにあったかのように 反対に成立。
混沌とした世を必死に生きるのか、
可能性の溢れる世界を生きるのか、
問われているかのように感じます。
かごめかごめの話に戻り、
子供たちは、先入観なしに、
誰とでも、仲良くなろうとします。
それぞれが仲良く遊ぶ姿は、調和のとれた世界
大人になると、日々の暮らしにいっぱいで、
欲に目がいき、楽しむことすら忘れてしまう
囲まれた空間から、篭の魂はいつ出てくるのだろう
夜明けが近づく混沌とした時間、
天と地がひとつに統べった世界
目隠しをした私は見つける、、
投影された本当の『私』を世界にみる
遊びながら、しっかり、観てね!
後ろの正面に真如があると、メッセージ性を感じてしまうのです。
何か、ひとつでも、心に届いたら嬉しいです。
今日も素敵な一日をお過ごしください