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時を超えてでも……(桃多昼灯)

【カテゴリ】小説
【文字数】約6000文字
【あらすじ】
おれたちは殺さねばならない。世界の平和を守るために。大量殺戮や戦争を引き起こす人間を過去に遡って殺害し、歴史を改変する時間防衛組織。そこに所属する殺し屋のアージェスは、とある標的を仕留めるために昭和40年代の日本へとタイムスリップする……。
【著者プロフィール】
桃多昼灯(ももた・あんどん)。小説投稿サイトにて『顎男』の名義で小説を投稿。過去作に『黄金の黒』『稲妻の嘘』『あなたは炎、切札は不燃』『核よりも熱く死ね』など。

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 時を超えてでも殺さなければならない条件というのはいくつかあって、ひとつには戦争を引き起こしたり大量殺人を行ったりということが挙げられる。その線引は賢い連中がエナジードリンクを何本か突っ込んで3日くらいで仕上げたような代物で、とても雑なものだから、結局は現場の人間の裁量に任されることも多い。仕事が終わったら、その仕事が適正なものだったか裁判にかけられる。だいたいは簡単な事情聴取程度のものだが、褒められるよりも先に根掘り葉掘り調べられるこの過程が気に入らないと退職したり、休職したりするやつがあとを絶たない。
 俺はべつに平気だから――人を殺してきたのだから――裁判もカエルの面に小便といったていで、なんなくこなせる。部長はそんな俺がお気に入りらしい。どうしても必要な過程で不要なストレスを感じない適正が、人事部からすると俺が使いやすい理由なんだとか。
 だから俺が仕事の選り好みをするのも、たいして嫌がられはしなかった。その程度の規模の会社だったというのもあるし、結局のところ、時間防衛組織なんてものは腐敗から逃れられない。本当のところ、誰もわからないのだ。時間をいじって、それが正しかったかどうかなんて。ただ記録をファイリングして、いじった範囲を可能な限り限定しておくだけ。そこから先の時空の裏側で何が起きていようと、知ったこっちゃありませんよということだ。それでも戦争は回避しなければならないし、ウイルスが人為的にバラまかれた際などは戦争と同じくらいの数の人間を抹殺しなければならない。
 俺は何度かそういう大量殺戮作戦に参加していて、ミホタルとも何度か組んでいたから、今回もあいつが俺のバディと知って、ほっと一息というところだった。ミホタルは俺の仕事に口を出さない。俺は何が嫌いかって、自分の仕事に横から口を出されることほど嫌いなことはない。一度、時間の波に飛び込んだら、誰と一緒にいようが集中すべきなのは時間の流れのうねりであって、正しいかどうかじゃない。ルールなんて関係ない。時間はそれほど人間の手には負いかねる巨大な対象なのだ。俺の願いはただひとつ。集中させろ、だ。

 タイムマシンのバンカーは水上ジェットスキー乗り場に似ている。二人乗りの小型船舶がエーテルの海にもやい結びで繋がれて、ゆらゆらと揺れている。ミホタルは停泊しているタイムマシンのそばでホログラを展開させながら機器の点検を行っていた。そんなものは技術部の連中に任せておけばいいものを、まじめなことだ。俺は機体に乗り込んで、シートの裏に縫い込んだ俺専用のザブトンの座り心地が変わっていないか確かめた。どんなに時代が進んでも、人間のケツを守るのはせいぜい贅沢なウレタンでしかない。

「アージェス」とミホタルがこちらを見ずに言った。俺はその後ろ姿がとてもセクシーで――時間航行服はボディラインがくっきりと出る素材――あまり集中できなかった。

「前回の作戦で二度の命令違反が記録に残されています。あまり関心しませんね」
「その代わり、俺はミスったゴルトバのぶんまで殺してやった。それで結果相殺とはいかないのかね?」
「そこは好みの問題でしょう。あくまでルールを守るか、破ってでも任務を成功させるか。あなたは後者の人間ですね」
「あんたは前者なのか」

 ミホタルは答えずに、点検結果のホロを俺の顔の前に流してきた。俺はそれをコバエのように振り払う。ホロは壁にあたって消えた。

「俺は技術部の人間を信頼してる。コレゲがいるからな」
「あなたは彼が大好きなんですね」
「俺は自分の仕事しか自分を活かせないと知ってる人間が好きなだけさ」
「確かに彼は『あの』性格では、手に職をつけなければ行く末は分解刑でしょうけど」
「それでもあいつの仕事はしっかりしてる。任せておけば負けはしない。俺はそういう、考えなくても信頼できる相手が好きでね」
「そうですか」

 ミホタルはタイムマシンのエンジンを切った。無論、時を駆ける機械はオットーサイクル(作者注:過去に使用されていたガソリンエンジンのこと。西暦2300年に石油が完全枯渇してから地球では使われていない)を動力にしているわけではなかったが。

「作戦はサイクル10からです。あなたの準備は万全ですか?」
「いつでも」俺はあくびをした。なぜかたまに怒られる。人間はいつだって余裕のない生き物だ。
「この作戦はあまり報酬が高くないが、よくあんたが参加したな。もう少し儲かりそうな仕事の方が好きだと思っていたが」
「そんなふうにわたしのことを思っていたんですか?」ミホタルは少し怒ったようだった。
「わたしは、組んで得になる相手と仕事がしたかっただけです」
「へぇ、それが俺かね?」
「あなたは強いですから。それだけです」
「強ければいいなら、ほかにもいるだろう」
「……あなたの強さは、不思議でもあります」

 ミホタルは背を向けて出ていった。俺はその揺れる尻をぼんやりと眺めていた。
 人間は死を前にすると性欲が増強されるというが、俺はいまだ死んだことがない。

 時間航行前に、渡航者の葬式を挙げる慣習はだいぶ前に廃れた。それだけ時間をいじってからの帰還率が上がったというのもあるし、脳を直接いじって強化された俺たちが過去人に殺される確率なんて手間暇かけてお祈りするほどでもないといつからかみんなが思い始めたからだろうと思う。
 それでもアージェス&ミホタルのペアが日本の昭和40年代に行くとあって、何人か見送り人がバンカーにやってきていた。ミホタルは女友達となにか話している。みやげのまんじゅうでも頼まれているのだろう。女はいつだって甘い菓子が好きだ。
 俺は暇そうにしている、白衣姿のコレゲを見つけて近寄った。コレゲは俺に気づくと肩をすくめた。言葉などいらない。すべておまえの望み通りにしてやったとばかりだ。まったくこれだけお高く止まっていて、粛清されていないのだから恐れ入る。実力さえあれば生きていける。それはコレゲの家の訓戒でもあったろうし、俺の家でもそう教わった。狂人の系譜を帯びたタイムスリッパーでは必ず教わるうんざりするほど冷酷な子守唄だ。力がすべて。ふん。それに対する末裔からのお言葉はくそくらえ、だ。

「アージェス」

 機体に乗り込んでシートベルト(俺はこのガッチリと抱き締められる感覚が好きだ)を締めながら、ミホタルが言った。

「任務中はおとなしく、わたしの言うことを聞くんですよ。いいですね」
「はいはい」
「わたしとの任務で命令違反はさせません」
「わかってるよ」

 俺は気乗りせず答えた。なぜなら出発して数秒もしないうちに、あの時の連鎖をさかのぼる罪の光に飲み込まれた後で、ミホタルは俺がそんなつもりがまったくなかったと気づくと俺は知っていたからだ。

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