フランス国民議会選「2回投票制」の攻防――はじめの票は心で入れて、2度目の票は頭で入れる
今年6~7月に行われたフランスの国民議会選挙では、議席の過半数をうかがうとみられた極右勢力が、最終的に第3党へ追い込まれるという波乱がおこりました。フランスでは日程をかえて2度の投票を行う「小選挙区2回投票制」が採用されており、1回目を終えて極右の優位が鮮明になると、他の各党はその勢いを止めるべく協力して2回目へと臨み、形勢を逆転させたのです。そこで行われた攻防をデータを使って読み解いてみましょう。
小選挙区2回投票制
フランスの国民議会選挙は小選挙区制であるものの、投票を2回行うという独特なやり方が採用されています。
第1回の投票は、しばしば本選挙の前に行われる予備選に近い意味合いを帯びており、それが担う主な役目は有力候補の選別です。この段階で当選を決めることも可能であるものの、そのためには投じられた票の過半数を一人で得なければならないという高いハードルが課されています。選挙区内の最多得票者でも過半数の票に届かなければ当選は認められません。そして当選者が出なければ各選挙区の上位2人が第2回投票へ進むこととなります。また3位以降の候補でも特定の条件(※)を満たせば2回目に進むことが可能とされています。
第2回投票は第1回投票の1週間後に実施され、各選挙区の最多得票者が当選となります。今回は6月30日に第1回投票が、7月7日に第2回投票が行われました。
577個ある選挙区を、候補者数ごとに分けた結果を次に見てみましょう。まずは今回の第1回投票です(下図1)。
第1回投票には候補者が1~3人の選挙区がなく、どこにも最低4人の候補が擁立されています。5~8人の選挙区が全体の4分の3を占めており、最多は19人でした。
その様相は第2回投票になると大きく変化します(図2)。
第2回投票では候補者が2人(一騎打ち)の選挙区が409と圧倒的多数を占めています。3人(3つどもえ)の選挙区は89個ありました。実際は第2回投票に臨む条件を満たしていた第3の候補は他にもいたのですが、有力候補の一騎打ちにするために、政党間の調整によって多くが撤退しています。
以上から、第1回投票は選択肢の幅が広く、有権者が好きな候補に入れやすいことがうかがえます。他方で第2回投票では狭まった選択肢から最善を選んで投票することが必要になります。第1回投票で敗退したり撤退した候補に入れていた人は、第2回までに次善を探して、最悪の候補が当選することを阻止しなければなりません。こうした仕組みの制度を指してフランスの人たちは次のように言います。
「はじめの票は心で入れて、2度目の票は頭で入れる」
"Au premier tour, on vote avec son cœur. Au deuxième tour, on vote avec sa tête."
これは、選挙を読み解く立場からは次のようにみなすこともできるでしょう。すなわち投票先の選択肢の広い第1回投票からはフランスの多様な世論がわかり、第2回投票からは政党の戦略と人々が出した最終的な結論を知ることができる、というふうに。2回投票制は選挙協力を可視化している制度だといえます。人々の妥協や苦悩を見せているともいえます。そしてそれを精査することは、「選挙協力のある1回投票制」の日本の選挙を考える際にも必ず意味があるはずです。
3つの主な勢力
ここからは様々な勢力が登場しますが、特に重要なのは左派の「新人民戦線」、主に中道の「アンサンブル」、そして極右の「国民連合・極右連合」です。
新人民戦線(略称はUGまたはNFP)は50以上の左派政党の連合で、今回の選挙が近づいた2024年6月10日に結成されました。大きな政党では不服従のフランス(FI)、社会党(PS)、共産党(PCF)、緑の党(LE)などが参加します。世代別では若年層の支持率が高く、都市部に地盤を持っています。
アンサンブル(ENS)は中道左派~中道~中道右派の8つの政党の連合です。エマニュエル・マクロン氏が所属するルネサンス(RE)のほか、民主運動(MoDem)などを中心としており、中高年の世代や比較的裕福な層の支持を集めました。
国民連合・極右連合(RN・UXD)は今のフランスで最大の極右勢力です。極右連合(RXD)は共和党(LR)から分裂した議員らのグループで、今回の選挙では国民連合と協力することになりました。あまり世代に偏らない支持をもっており、地方で強い一方、都市部にはあまり浸透していません。
参考までに第1回投票の直前に行われた世論調査から、年齢別と月収別の投票先をまとめました。
年齢別の投票先を見ると、新人民戦線は下の世代に、アンサンブルは上の世代に支持されていたことがわかります。月収別のほうを見ると、新人民戦線は低く、アンサンブルは高い層で多くなっています(収入と年齢に関係があることへの留意は必要です)。新人民戦線とアンサンブルには相補的な(一方が強いとき他方が弱い)性格があり、第1回投票までは苛烈な批判の応酬も行われてきました。
獲得議席数
第1回投票の結果を議席数で見てみましょう。次の図5では、過半数の票を得て当選が確定した議席を塗りつぶしの丸(●)で、優勢であるものの票が過半数に到達せず、決着が第2回投票に持ち越されたものを白丸(〇)で示しました。
集計の結果、第1回投票の段階で国民連合・極右連合の当選が確定した議席と優勢であった議席の合計は294にのぼり、過半数に到達していたことがわかりました。もしもこれが最終的な結果であったなら、マクロン氏は国民連合の中から首相を選ばざるを得ず、極右政権が生まれていたわけです。
しかしこの第1回投票が行われた6月30日の夜、マクロン氏は国民連合に過半数を与えないことが優先であるとして左派との協力を宣言し、新人民戦線もそれに応じました。
先に図3や図4で見たように、新人民戦線とアンサンブルの支持者には相補的な性格がうかがえます。それらがお互いを補完して共闘した時の効果にはすさまじいものがありました。第2回投票の結果、国民連合・極右連合は第3党となったのです。
もっとも2022年の前回選挙と比べると、アンサンブルが減らした議席(95減)を新人民戦線(47増)と国民連合・極右連合(53増)が分け合った格好で、アンサンブルは敗北し、極右はなおも伸びています。こうした選挙の結果を受けて内閣は総辞職を選びました。議会は3つの勢力に分割されており、混迷が続くこととなりそうです。
票と議席の詳細
各勢力がフランス全体で得た票と議席の詳細を見てみましょう。
この表のデータはフランス内務省の集計にもとづきます(出典:Publication des candidatures et des résultats aux élections Législatives 2024)。スペクトル(政治的スペクトル)については、基本的には内務省がExtrême(極)droite(右)と表記していれば「極右」としていますが、著者(三春)が判断しているものもあり、フランス政治の専門家から意見があればそれに従うべきものです。
新人民戦線、アンサンブル、国民連合・極右連合の得票数を見ると、第1回投票と第2回投票で大きな違いはなく、新人民戦線に関してはむしろ票を減らしていることが読み取れます。しかしこれは第1回から第2回にかけて候補者が絞り込まれたことに由来するため、実態は大きく異なります。アンサンブルも同様で、得票数の合計はほとんど変わらないものの、第2回に臨んだ選挙区では「反極右」で結集した膨大な票が搭載されています。
その全貌を見ていくために、コミューン(地方自治体の最小単位)を基本とするフランス本土の3万4498区画について地域分析を試みました。
第1回投票の結果
第1回投票の投票率は全国集計で66.71%でした。前回から19.20ポイント上昇しており、関心の高さがうかがえます。
その地理的な分布を図7に示しました。ただしパリ市、リヨン市、マルセイユ市に関しては、処理の都合上、それぞれ全域を1つの値で代表させています。
投票率が総じて高い水準にあるのは南部でした。これは後に見るように新人民戦線の地盤とも重なる地域であり、南部の高い投票率が新人民戦線の集票を支えていたことが示唆されます(図8参照)。
北東部のあり方は興味深く、投票率が高い地域と低い地域が細かく混在しています。ここは国民連合・極右連合が強い地域です(図10参照)。北東の縁にあたるベルギーやルクセンブルクとの国境付近で低いのは、移民の多さと関係があるのかもしれません(図13参照)。
また、大都市の中心部では、投票率にやや低い傾向があることが確認されました。
おもしろいことに、投票率の低い溝のようなものがローヌ川付近(南東部のリヨン・マルセイユ間)に見られます。ただし河川に沿って投票率が落ちる傾向は、他の4大河川であるセーヌ河、ロワール河、ガロンヌ河では見られませんでした。この溝は川沿いの人口の多さか、あるいは新人民戦線の票の分布に由来するのかもしれません(図8参照)。
第1回投票で、新人民戦線はほぼ全ての選挙区に候補者を立てました(地図上で白色となっているのは擁立しなかった地域です)。図8からは、北部はパリなどの人口密集地で票を得ていることが読み取れます。これは左派政党にありがちな都市型の集票です。
しかしそればかりではありません。南部は都市と地方の両方で支持が厚く、それはピレネー山脈(南西の縁)やアルプス山脈(南東の内陸部)のふもとに及んでいることがうかがえます。
アンサンブルは与党であるものの、2017年の最盛期の面影はなく、第1回投票から擁立しなかった選挙区が多く見られました。
国民連合・極右連合は全ての選挙区を住み分けました。図10の空白部分にも、また別の極右(EXD)が候補者を立てています。
広い地域で強いように見えますが、パリで陥没しているのが特徴的であるように、人口が密集する都市部では票の多くを得られてはいません。強固な地盤は北東に分布しています。
各勢力を総合した傾向
第1回投票は選択肢の幅が広く、多様な世論を把握するのに向いています。ここまで3つの勢力に限って票の分布を見てきましたが、表1に示したように、第1回投票に臨んだ勢力は数多くあるのでした。それらすべての票を総合した傾向を描いてみることにしましょう。
なお、各勢力の個別の図表は非常に多いため、記事を分けて掲載しておきました。必要に応じて以下を参照してください。
表1には、各勢力について「左翼」や「右翼」といった分類を記載しておきました。それぞれの勢力が得た絶対得票率について、極左は3、左翼は2、中道左派は1、中道と様々な議員が混在する場合は0、中道右派は-1、右翼は-2、極右は-3の係数を掛け、全てを合計するとどうなるのでしょうか。そのスコアは高いほど左派寄りになり、低いほど右派寄りとなります(図11)。
これを人口密度(図12)や、人口に占める移民の割合(図13)と比較してみましょう。
図11と図12からは、人口密度の高い都市部で左派色が強いことが明らかです。また図11と図13を比べると、左派色の強い地域と移民の割合が大きい地域には一定の重なりがあることがうかがえます。
図11のスコアが特に低いのは極右政党(≒排外主義的な政党)が強い地域ですが、図13から、そうした地域には移民が少ないことがわかります。
移民との接触が多い地域は、心理的にも好感を抱きやすく、また共同体の中で生起する課題をそのつど解決した経験を持っています。ですから移民が身近に多くいる地域は移民に対して寛容であり、身近にあまりいない地域こそ排外主義が広がりうると考えられるのです。
人々が共に生きてきたところに排外主義が持ち込まれること、特に政治がそれを加速するようなことは深刻な問題です。
左派諸島と右派大陸
図11について、スコアが0のところを海水面と定めてマイナスの地域を海底に沈めた地図を描きました(図14)。陸地は左派色が強まるにつれて低地、高地、山岳と、標高地形図の凡例にならって緑色から茶色の配色で塗っています。
このようにして現れる「左派諸島」は、面積は狭いものの、大都市などの人口密集地を点々と含みます。
配色を反転させたものも描きました。
この「右派大陸」には人口の少ない地方の自治体が多く含まれます。北東の極右の地盤は山脈になりました。パリは湖で、南部は沼地が広がります。
これは、もちろん一つの計算の結果にすぎません。票をそのまま表しているのではなく、あくまで係数をかけたスコアであることへの留意も必要です。極左は3倍、極右は-3倍するなどして求めているものの、実際は一人一票です。ですからこれは現在のフランスの世論のいち断面を切り取ったものとお考えください。
ここまでで見てきた第1回投票は、選択の幅が広く、有権者が比較的自由に投票先を選べるというものでした。それでは非常に限られた選択肢をつきつけられたら、結果はどのように変化するのでしょうか。ここからは第2回投票の選挙協力と人々が出した最後の結論――極右か否かという「票の分水嶺」を見ていきます。
みちしるべでは様々なデータの検討を通じて、今の社会はどのように見えるのか、何をすれば変わるのかといったことを模索していきます。今後も様々な発見を共有できるように取り組んでいくので、応援していただけたら幸いです。