ネットのアンケートは世論調査の名に値しない
世論調査の結果が政権にとって厳しくなってくるにつれて、ますますネットではそれに反発した「内閣支持率アンケート」が熱気を帯びています。そうした世論調査を否定したい人たちの憩いの場を侵害するつもりは毛頭ないのですが、それを見て誤った認識を持つ人がでないようにネットのアンケートは世論調査の名に値しないと書いておくことにします。
「時として10万人規模の回答数となるネット調査だと、安倍政権の支持率は8割を超える。旧来的な電話調査は信頼性に疑問がある」と記事に書いてしまったケント・ギルバート氏のように、ネットのアンケートをとりあげる人たちは「回答数の多さ」を持ち出します。しかしケント・ギルバート氏にもぜひ知ってもらいたい話なのですが、実は日本の有権者約1憶人を対象にして内閣支持率を調査する目的では10万人規模の回答を集める必要はありません。多ければいいというわけではないのです。それはスープの味見をするときに寸胴鍋を持ち上げてゴクゴク飲んだら精妙な味の加減がわかるのではないかと思っているくらいおかしな間違いで、全く無駄な話であるため、新聞社はそこにコストをかけたりはしません。
世論調査で最も重要なのは「質問をかける対象者を有権者全体の中からランダムに選ぶ」というプロセスで「無作為抽出」といいます。公表されている定例世論調査には全てこの無作為抽出のプロセスがあります。
無作為抽出が行われていれば回答数は誤差に対応します。つまり基本的に誤差さえ許容するのなら回答数は何人でも構わないということになるので、集める回答数は知りたい事柄によって決めるべきものです。例としていくつか計算してみました。
例:回答者の中で4割の人が内閣を支持すると回答した場合
①回答数が10人なら 誤差±30.4pt 内閣支持率は 9.6~70.4%
②回答数が100人なら 誤差±9.6pt 内閣支持率は 30.4~49.6%
③回答数が1000人なら 誤差±3.0pt 内閣支持率は 37.0~43.0%
④回答数が10000人なら 誤差±1.0pt 内閣支持率は 39.0~41.0%
⑤回答数が100000人なら誤差±0.3pt 内閣支持率は 39.7~40.3%
表は信頼水準95%のもとで計算したものですが、この例では①から⑤にかけて内閣支持率が40%に収束していっていることがわかると思います。つまり回答数を多くするということは誤差を小さくすることに相当するだけなのです。その誤差が毎月の定例世論調査なら±3.0pt(ポイント)くらいで我慢しようというのが回答数1000の考え方というわけです。
ここで、各社の世論調査の内閣支持率はもっと差があるという疑問もあると思います。それは別の問題になるのですが少し触れておくと、最新の調査の内閣支持率は読売新聞で39%、産経新聞で38.3%、毎日新聞で30%、報道ステーションで29.0%となっています。各社の偏りは±5ポイント程度におさまるわけですね。この各社の偏りは上で例に挙げた誤差とは異なるもので、質問文や回答の選択肢によります。例えば毎日新聞は支持・不支持だけでなく「関心がない」という第三の選択肢があるので内閣支持率は低く出るというような傾向です。しかしそれでもなお、各社の内閣支持率は全くバラバラな値が出ているわけでないことは明白で、補正をかければ各社を統一したトレンドを見ることだって可能になるわけです。
さて、そうすれば、「時として10万人規模の回答数となるネット調査だと、安倍政権の支持率は8割を超える」という話はどこから来るのでしょう。もうお分かりだと思いますが、無作為抽出でないからになりますよね。
突然、世論調査で携帯電話が鳴ったり戸別訪問が来るのとは違って、ネットのアンケートでは人から人への拡散が行われます。また、回答したい人だけが群がって回答することになるので、ランダムとは程遠い状況です。このため内閣支持率8割なんて言わず、90%の調査もあれば5%を切るものだってあります。どういう人たちの間で広まるかによるということですね。
いま、高い「支持率」を出しているネットのアンケートが目立つのは、そういうものがそういうものを好む人たちの間で拡散されているからにすぎません。新聞社やテレビ局のきちんとした世論調査が内閣支持率の下落を明らかにしているので、それに対する反発がそのような行動を呼んでいるのでしょう。