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【後編】教育を学び、実践するまいこさんが描く理想の社会とは

みらいずworksメンバーのキャリアを紐解く「スタッフインタビュー」🎤
今回は代表理事のまいこさんへのインタビュー、後編です!
前編はこちら↓

頭の中を再構築するきっかけになった大学院での学び


ーーー次はみらいずworksが法人化してからの話も聞きたいなと思います。影響受けた出会いはありますか。

すごくお世話になった方がたくさんいるんだけど、その中でも私が今通っている大学院の恩師である筑波大学教授の藤田照之先生から大きな影響を受けました。

佐渡市のキャリア教育で実施した課題解決型職場体験や「みらい'sノート」をつくっているのを、 当時、文部科学省 国立教育政策研究所教育課程調査官の長田徹先生が見てくれたことがきっかけで、キャリアパスポートの協力者会議に呼んでいただきました。その座長が藤田先生でした。

藤田先生のことは1、2回お会いしたことはあり、お話も聞いてたんだけれども「今修士課程に通っていて、次は博士も考えているんです。」と話したら、「覚悟を持ってくるなら筑波大学でも受け入れるよ。」と言ってもらいました。修士の先生にも相談したら、その先生も筑波大学出身で、筑波大学も藤田先生もいいんじゃないかと推薦されて、研究の門を叩きました。それからはハンマーで頭を殴られたみたいな感じですね。

―――ハンマーで殴られたというと?

私は30歳のときに創業してして以来、上司がいなかったのもあり、久しぶりに今までやってきた経験を全否定されました。自分の考え方をがらっと見つめ直す機会になったと思っています。

言語とか思考も自分の中で癖があるのも気づけず、藤田先生に「あなたは論理が破綻している時がある。」と指導を受けたり、「みらいずworksのファンは声を掛けてくれるかもしれないけど、納得できる論拠がない場合はそれ止まりだよ。誰もが分かる、納得できる論理がないといろいろな人に受け入れてもらえることはできないよ。」と言われたときは結構ショックでした。想いだけで進めてきた中に説得力のある要素はあったものの、それらが一つの形やアウトカムとして整理されていなかったこと、自分のぐちゃぐちゃした考え方を指摘され、40歳になってから頭の再構築をしたような気持ちになりました。

また、研究を通して、自分が言っていることや現在行っている活動にはあまり新規性がないことに気づき、多くの先人たちが築いた基盤の上で自分が立っていることを感じました。学校の先生や地域の方々、まちづくりの先輩たちが汗をかいていたものの上に自分がいることに、改めてアカデミックな世界に行って気づかされました。もっとリスペクトを持つことの必要性や、専門性を向上していくためにも真剣に取り組むもうと感じ、分かった気で話すと、本気で専門性に向き合ってきた今までの先人たちと対峙できていないと反省しました。地に足を付けて、理論も実践も向き合おうと思わせてくれたのは藤田先生であり、研究室での仲間とかゼミでの交流を通して、真摯に研究や学問に取り組む方々から学ばせてもらいました。

―――理論と実践のバランスは難しくはないですか。

そうですね。この数年、自分がソース原理の「ソース」(※)として、ミッションに対するエネルギーが低下していると感じているな。論理に偏り過ぎて、直感やわくわく感、こうありたいという思いとの均衡がバランスを欠いているかもしれないです。今は論理性を獲得しているから、直感がやや鈍っているかもだけど、最終的にはどちらも高めて底上げをしたいです。

※ Source principle(ソース原理)とは、人のあらゆる活動において「特別な役割を担う1人」がいるという考え方です。提唱者であるPeter Koenigは、この1人のことをsource(ソース)と呼んでいます。(出典:ソース原理とはhttps://r3s.jp/magazine/jp/source_principle)

―――そのまま大学院での話を聞かせてください。今はどんなことを学んでいますか。

今はPBL(プロジェクト学習)が、キャリア形成意識や社会参画意識を及ぼす影響や意義を研究しています。 大学の卒業論文で書いたこととほぼ変わっていません。子どもたちが地域にどんどん出てプロジェクト運営していく中で、ロールモデルに出会う。地域づくりをしている大人から社会を学びながら、自分もその役割を担っていることに気づく。自分もいつかに貢献できたらいいなという思いを育んでいく。この過程を目の当たりにしました。それはなぜそうなるのか、要因、環境、きっかけを高校生を対象に研究しています。

―――大学の論文がベースなのですね。

実はあまり意識してなかったんです。この間、魚沼市でのCS(コミュニティ・スクール)管理職向け研修に行ったら、私が大学3年生のときの院生の先輩に会って、「小見さんは大学の時の卒論の方向性からずっと一貫しているよね。」と言われて、あとから振り返ったら本当そうだなと。
ちなみに修士論文は、プロジェクト学習とか探究学習をするにはどういう学校(高校)組織だったらそれが取り組みやすいのか、どういう組織要因があると先生たちの協働が生まれてくるのかを研究しました。博士論文ではそれをもう少しテーマを絞って深掘りしてるところです。

「自分から 自分らしく みんなとともに」と「弱さは力なり」

―――まいこさんがすごいのは、高校生で社会教育を知ってから、研究のテーマがぶれていないことだと感じました。

20代のときは結構ぶれていました。「あなたのテーマは何ですか。」と聞かれた場面で「ちょっと迷い中です。」と答えたら、「あなたは大学生の時からずっと教育でしょう。」と師匠に言われました。

―――師匠というのは、誰ですか?

先程も話した、新潟にある印刷会社の先々代社長、清水義晴さんです。
ちなみに、みらいずworksのパーパスである「自分から 自分らしく みんなとともに」は、義晴さんから学んだ言葉です。

19歳で場づくりやまちづくりを学び始めた時に、講演会があるから行こうと大学の仲間に誘われて行きました。そこで、義晴さんが黒板に「自分から 自分らしく みんなとともに」と「弱さは力なり」と書いたんです。そのとき私は「自分から自分らしくも、みんなとともにも生きられてないな」と思いました。 流されて、親に言われるがままに新潟大学に来た自分、みんなとともに何か生み出したいけど、うまくその機会をつくって来れなかった自分にはっと気づかされました。

あと、「強くあることが正しいのかな」「自分は弱い人間なのに、強くあろうとしていたな」と感じました。だから、いろいろな弱さも開いて受容できる場をつくりたい、自分らしく、みんなとともに生きられる社会であり、そう在れる人を育てていきたいと変わっていきました。

義晴さんがつくった研修所、「点塾」で学ばせてほしくて、19歳ぐらいから会社を辞める30歳ぐらいまでの約10年間働いていました。点塾の方針は「教えない教育」で研修のコンセプトは「教えない 命令しない 規程しない」でした。だから自分もなるべくリーダーとしてみんなに教えずに、本人が気づくまで待とう、 命令したり、こうあるべきという枠にはめないことは心がけてきました。

―――このときの経験は今の仕事にも影響していますか。

10年もスタッフしていたので、そうだと思います。

長らくスタッフを務めた点塾で開催した、
みらいずworksの設立記念パーティーの様子。(2012年6月)

―――今だから言える、13年前の自分にアドバイスできるならどんなことを伝えますか?。

最近思っていることが、私はつくる人であって、売る人ではないこと。つくることが好きで、「ツクルbook」、「ファシリテーション入門」、「協働デザイン入門」とかも作ったけど、売ることをあまり考えていないなかったんです。これをたくさんの人に知ってもらって、子どもたちや取り巻く大人たちの学びや幸せ、ウェルビーイングに貢献できたらいいなって思っています。だから13年目の今も収益化についての課題を未だに抱えているわけです。営業、マーケティング、経営をもっと学んでみたらとは言ってみたいかな。

師匠の義晴さんに、「みらいずworksという事業を立ち上げたい。だから、会社を卒業したいと思っている」と伝えたら、「これはすごく社会に必要な事業だから頑張りなさい。」と言ってもらいました。周りの大人たちの多くは「学校支援なんて絶対儲からないし、勇気あるね」という反応がほとんどだったから、義晴さんにそんな風に背中押してもらったのが嬉しかったです。でも稼げる算段がないことは先輩たちにも指摘されていたから、義晴さんに相談しました。そうしたら「社会に必要な事業、求められる事業ならお金は必ずついてくる。パフォーマンスや経営の云々よりも、必要なら金は必ず回る」と言われて。その言葉にちょっと甘えてきちゃったかな。ようやく気づいたかという感じだけど、経営戦略、戦術をしっかり考えようと思います(笑)

みらいずworks立ち上げ当初。

未来や社会は自分でつくっていける そんなキャリア意識を育んでいきたい

―――最後になりますが、まいこさんにとっての理想のキャリア教育、理想の社会はどんなものですか。

名古屋市で、中学校、高校に1校につき1人のキャリアカウンセラーが配置されたけど、それが広まってほしいです。

キャリア教育を各教科の教育課程や活動に組み込もうという方向性は2011年から始まって、文部科学省の中央教育審議会でキャリア教育が定められました。2020年からキャリアパスポートもスタートし、小中高の学びの軌跡を記録し蓄積できていることが、当たり前になりつつあります。
それに加えて、キャリアカウンセラーやキャリア教育コーディネーターがいることで、今あるキャリア教育活動がより価値づけられるはずなので、子どもたちにはキャリア教育という視点からも、多様な大人との出会いをつくっていきたいです。

今もうすでにコーディネーターが地域や学校活動に参加しているけど、もう少しキャリア教育の視点でも、子どもたちの学びをこれから社会とともにつくるという意味で、子どもと地域の活動をつないでいけたらいいです。 そのための方法として、専門家を配置するのも1つの方法だし、せっかくのキャリアパスポートをきちんと小中高と繋いでいくことも必要ですね。

あとは、キャリア教育は学校だけでやるものじゃないと思います。
家庭や企業も一緒になってキャリア教育はつくっていくものだから、キャリア教育の概念をもう少し広げていきたいです。その子どもたちの自律をどうやって学校だけじゃなく多様な人たちで担っていくのか。キャリア教育の範囲を、学校教育だけじゃなくて、家庭教育や社会教育、そして社会全体に広げていけたらいいなと思っているし、その啓発をしていきたいです。

―――出会いの数だけ自分のキャリアは大きく変わるはずなので、学校だけで終わらせるのはもったいないと思います。

出会いの数もだし、濃さも大事かなと思います。

理想の社会は、子どもたちが学校とか家庭だけじゃない、いろいろな人との関わりの中で育っていく社会です。第三の居場所、子ども食堂だったり、社会教育施設だったり、近所のお家だったりどこでもいいけれども、安心して自分を表現できる、自分自身も周りの人からも認められて自己肯定感を高めることができながら学べること、その先に自分の未来をワクワク描けていけていることが大事になります。自分が好き、今の自分がいいと思えないと、未来をワクワク描けないと思うので、未来は自分でつくっていけるという希望やキャリア意識を育むことも重要です。

最近では、自己と社会のウェルビーイングが注目されているけど、 社会を構成していくのは、子どもたち一人ひとりや私たち一人ひとり。「あなたも社会や周りの環境をよくすることができる一人なんだよ」って思ってほしいです。そういう自分が市民であり、つくり手であると意識し、周りのことを諦めず、日本は無理だと言わず、自分が良くしてかないと何にも良くなっていかないんだよって。できるところから始めて、そう思える市民が育っていったら嬉しいです。その方が楽しいしね。
いろいろな人に出会えたり、認められたり、賞賛してもらったり、ぶつかったり、うまくいかないこともあるけどそれも肥やしになって、その人を成長させてくれると思います。

編集後記

いかかでしたでしょうか。
私は特に、「今の自分がいいと思わないと、未来をワクワク描けないと思うので、未来は自分でつくっていけるという希望やキャリア意識を育むことが重要」という部分に共感しました。ここが、みらいずworksのパーパス「自分は自分らしく みんなとともに 社会をつくる人を育てる」に繋がっているのだなと解釈しました。

みなさんは前編と後編を通して、共感したところはありますか?
ぜひ、コメント欄やSNSで感想を教えてください。

ここまで読んでくださったみなさんありがとうございました。
次回もお楽しみに☆彡


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執筆担当:今泉理子/学生インターン
新潟県新潟市出身 通信制大学経営学部在学中。高校時代に不登校を経験し、不登校支援に携わりたいと考える。また、大学で問題解決思考を学び、重要性を実感してから、小中高の探究学習に関心を持ち、みらいずworkにインターン生として従事。主に「総合的な探究の時間」の支援をしている。不登校×探究学習の可能性や、学校がつらい子どもたちのための居場所とは何かなど、自分がしたい不登校支援を探究中。


 

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