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草履のある生活

ずっと、草履を履いている。
ここ2年は季節もなく履き続けている。

草履というものはいい。すぐに履けるし、とにかく楽なのだ。さらには話のきっかけにもなるという優れもの。しかし、それを履いているからという理由で『こいつは変人だ』という判定をもらうこともしばしば。

だが草履を受け入れてくれる人は”しなやかな人”であることが多いので、そこも気に入っている。

ネカフェを渡り歩く

季節は秋。東京のホームレス生活を引き上げ、地元に帰ってきた頃だ。
そのとき僕は東京での生活に打ちのめされ、かなり病んでしまい何もしたくない状態だった。

しかし貯金を使い果たしてしまっていたので、とりあえずアルバイトを始めなければならなかった。それで何をしようか考えていたとき、ふと知り合いが言っていたことを思い出した。

「ネカフェって、お前と一緒で程よいクズしかいないからいいよ。 絶対受かるし」

失礼すぎるのは置いといて、東京ではだいぶお世話になったし、雰囲気もなんとなく分かるからネカフェでバイトしてみるのもいいかもしれない。
しかも絶対受かるらしいし安心だな、と思ってindeedで調べてみる。何個か求人があったのですぐに応募すると、翌日にはメールがあって、スムーズに面接の日程が決まった。

当日、履歴書をざっくり書いて自転車でネカフェへ向かう。店につくとカウンター奥の事務所へ案内されて、黒縁メガネのおじさんとの面接がはじまった。

その面接はわりとうまく行った感触があった。スムーズにいろいろなことを話せたし、なにより僕にはある強みがあった。

「平日も土日も、いつでも入れます!」
「おお、それは助かりますね」

そう、とにかく暇だったから本当にいつでもシフトに入れたのだ。話も弾んでいるし、これは受かっただろう。そう思って面接の終わり側に「結構、受かりそうですか?」と謎の日本語で聞いてみた。

すると相手は笑顔で、
「それが今回応募人数が結構多くて、ちょっとわかんないですね」
と答えてくれた。あれ?

「まあ、シフトたくさん入れる人優先で採用しようと思ってるので。採用の場合、1週間以内に連絡を入れるので、お待ちください」

そして面接は終わった。なんだか面接官のリアクションが微妙だったのがとても気になる。知り合いも絶対受かるって言ってたし、シフトもめちゃくちゃ入れるから大丈夫だとは思うんだけど。
なんだかお腹が痛くなってきて、これが杞憂であることを祈りながら僕はスーパーのトイレに駆け込んだ。

そこから2週間の時が過ぎた。嫌な予感が的中し、待てど暮らせどその連絡はやってこなかった。応募人数が多いっていうの、絶対嘘だったろ。

世の中に絶対なんてないんだなと再認識しつつ、また別のネカフェのアルバイトに応募。その面接もいい感じに話せて、今度こそ受かったと思った。
だが、また落ちてしまった。
もしかしたら僕は、程よくないクズなのかもしれない。

このままだと生活費が尽きる。何かはっきりした原因があるに違いないのだが、自分ではそれがわからなかった。藁にもすがる気持ちで、スタジオにいた音楽仲間に相談してみる。

「なんでこんなに面接落ち続けるんだと思います?」
「わかんないけどさ」
「はい」

相手の視線が足元に落ちる。

「もしかして草履のまま面接受けてる?」
「ああ……」
「それじゃん」

僕はあまりに草履を履くことに慣れすぎていて、そのままバイトの面接にいくことに全く違和感を持てなかったのだ。言われてみればそれはかなりカジュアルな履物に違いなくて、バイトの面接に行くにはどう考えても不適切だった。

そして僕は誓った。次の面接は絶対にスニーカーで行くと。

ネカフェに懲りた僕は、次にコールセンターのアルバイトに応募した。コールセンターは髪色や服装にもそんなに厳しくないと聞く。なにより今度は草履を履いていかない。三度目の正直、今度こそは受かるだろう。
そう思っていた。

がーまるちょばみたいな社長

面接に指定された時間は速かった。当日、寝坊気味で目が覚めて、慌てて家を出たのだが、約束の時間にはなんとか間に合った。ドアから中を覗くと、コールセンターにしては小さな事務所がそこにあった。ギリギリだったがまだ誰もきていないようだ。ひとまず胸を撫でおろす。

そのとき、自分の足元が目に入った。
そこには足の甲と、親指の間から二股に伸びている鼻緒があった。
僕は草履を履いてきていた。

寝坊しかけてバタバタしていたせいで、うっかり普段の履き物で家を出てしまっていたようだ。しまった。とりあえず、バッグで足元を隠しながら誰かが来るのを待った。

しばらくすると、ワックスで短髪をキンキンに立てた男性が現れた。いかにも「営業叩き上げ」といった風貌をしている。
彼はこの会社の社長らしい。軽く挨拶をして、中へ案内された。

事務所は薄暗くて、外より少し肌寒かった。電気はつけないまま、衝立てに仕切られた小さなスペースに案内され、面接が始まる。椅子に座ってからも足元にバッグを置いて草履を隠そうと試みたが、たぶんバレているか、すぐにバレてしまうだろう。これはもう落ちただろうな。

彼は受け取った履歴書をじっと見つめていた。そして僕にこう質問した。

「この履歴書、自己PR書いてないけど、どうして?」

終わった。草履を履いてきていて、書面にも不備がある。これは落ちてしまったに違いない。僕は若干開き直りながらこう言った。

「特に思いつけなくて。でも、話せば伝わるかもと思ってそのままで来ました」

とは言ってもノープランである。履歴書はスカスカだし、社長も渋い顔をしているし、話を続けるにはこちらから仕掛けるしかない。
そう思った僕は、沈黙を破り逆にいろいろなことを社長に質問し始めた。

「この会社いつからあるんですか?」や、「これをする前は何をしてたんですか?」など、僕が気になることを聞いてみたのだ。

するとだんだん、社長の表情がほぐれてきて、なんなら前のめりになって話をしはじめた。受かることを諦めていたから、結構リラックスして話せたおかげかもしれない。僕の方からも色々なことを取り繕わずに答えた。

いま知らないおじさんの所有している家の二階に住んでいるという事や、東京でホームレスをしていた時のことも話したし、社長はそれを面白がってくれた。

こうして会話はかなり盛り上がり、かなりいい感じに面接は進んだ。しかしすぐに草履のことを思い出す。これは結構致命傷らしいから、今回もやはりダメなのだろう。そしてついに、草履について突っこまれてしまった。

「そういえばさ、なんで草履なの? 普通履いてこないでしょ」

やはりバレていたようだ。普通に間違えましたと言っても落ちるだろうし、そろそろバイトを始めたかった焦りもあって、僕はそこで半分くらいは嘘でできた口から出まかせをぶちかました。

「この草履はお守りみたいな物で」

「はい?」

頭をフル回転させる。

「この草履から話が盛り上がることもあるし、なにより」

社長は真剣な目をして、この話を聞いていた。
僕は続ける。

「自分と話が合う人を引き寄せる装置になっているというか。 これを許してくれる人、波長が合う人と繋がれるので、 だから履いてきてます」

「……なるほど」社長はまた難しい顔をしている。
面接に草履を履いてきた上に、よくわからない言い訳を堂々とぶちかましてしまった。さすがにこれはもう落ちただろう。

そう確信した瞬間、僕は色々なことがどうでもよくなってきてしまった。

しばらく面接はいいかな。
生きるのってめんどくさい。働くのとか社会とかめんどくさい。
なんかもう適当な田舎に移住してえ。
それで田舎のコミュニティで養われたい。

面接という空間を飛び越えて意味のわからない方向に荒み始めたそのとき、しかめ面をしていた社長が、おもむろに話し始めた。

「君なりの何か法則みたいなものがあるんだね。 うん。採用」

「え?」受かってしまった。
なんなら社長の熱量がじわじわとすごい。

「いつから来れる?」
「正社員とか興味ないの?」
「沖縄にも支店作ろうと思ってて。一緒に行こうよ」

僕は途中で落ちたと思っていたから熱量の差がものすごい。

「いや、それはちょっと大丈夫です……」

落ちたと思っていたどころか、コールセンターとは思えないほど事務所が狭いし、暗いし、やっぱり働きたくないかもなと思っていたところだった。
しかし受かってしまったのならば、生活があるので断るわけにも行かない。

「2週間後から、よろしくお願いします」

悩んだ結果、僕は謎に働き始めるまで時間をあけてしまった。

パンで膨張した袋

そうして僕は、コールセンターのバイトでしばらく食いつなぐことができた。履歴書もスカスカで面接に草履でやってきた僕を雇ってくれた、あの社長にはとても感謝している。

面接が終わり、予想外の展開に呆気に取られながら僕の足は公園へ向かっていた。すると尋常ではない量の鳩に囲まれたベンチが目に飛び込んでくる。
その中心にはパンパンになったコンビニ袋の中に手を突っ込んでニコニコしているおじさんがいた。

話を聞くと、コンビニのバイトで出た廃棄を鳩にあげているらしい。というかそのためのコンビニバイトで、廃棄が出た時は毎回大量に持ち帰っているそうだ。

「あんたも歳を取ったら鳩の気持ちがわかるようになるのよ」

そうなのかもしれないなぁ。

剥き出しの足の甲に糞を落とされないように気をつけながら、僕はその公園を後にした。

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