【日経新聞から学ぶ】独政府、ロシア国営石油子会社を管理下に~ロシアの石油戦略に嵌っていたドイツは脱出できるのか~
1.ドイツ政府、ロシア国有石油子会社
ドイツは、ロシアに石油の輸入を依存してきました。この依存度の高さがドイツをはじめとしたヨーロッパ諸国を苦しめています。
しかし、それは、プーチンの外国戦略でした。この戦略に最も嵌っていた国の一つがドイツであり、その戦略から脱出しようとするための手段が今回の措置ですが、果たして脱出できるのか。
プーチンの石油資源をバックにした外交戦略はどのような経緯だったのかを見ておきましょう。
2.プーチンの石油戦略
現在のロシアの原油のほとんどが西シベリアで生産されています。ソビエト連邦後半のロシアの石油産業は衰退の一途をたどっていました。原油生産設備は荒れ放題で、生産量はソビエト連邦の崩壊まで減少し続けていました。その後も経済的、政治的混乱が続き、事態が好転することはありませんでした。
その後、プーチンが権力の頂点を極めたころ、生産はようやく増加に転じました。プーチンは石油増産のために、合併を進めました。2007年以降にも石油産業寡占化に1600億ドルが投じられました。その結果、生産量は大幅に増加。1998年には日産600万バーレルだったのが、10年後の2008年には日産1000万バーレルとなったのです。翌2009年には、サウジアラビアを抜き、世界最大の石油生産国となるまでの変貌を遂げました。現在は、石油生産は世界一位が米国、二位がサウジアラビア、三位がロシアですが、世界でもトップ3に位置しています。
2020年の生産量は日産1149万バーレルとなっています。一方で、国内消費量は増えておらず、2019年のデータですが、370万バーレル/日なので、約700万バーレルを輸出に振り向けることができるのです。2021年の原油の輸出ではサウジアラビアに次いで二位の原油輸出大国がロシアです。2021年の輸出額は141,126百万ドルとなっています。また、埋蔵量では世界の6.2%のシェアを占めています。
この世界有数の産油国であるロシアの最良顧客がヨーロッパ諸国です。ヨーロッパの域内では石油の生産はほとんどありません。わずかに北海油田(ノルウェーと英国)があるだけです。しかも北海油田の埋蔵量は減り続けています。
ロシアの膨大な石油資源を前にして、ヨーロッパ各国のロシア依存は高くなっていました。ヨーロッパ諸国にすれば隣国ロシアからパイプラインによって石油を入手する方が中東からの輸入より効率的です。中東の不安定さを考慮すると、なおさらロシア依存が高まっていました。EUは2020年の段階で原油の29%、石油製品の37%をロシアに依存していました。
プーチンはヨーロッパ諸国に対する影響力を着々と高めてきました。どの国もプーチンの進める外交に逆行して石油供給を不安定にしたくないという思惑がありました。これがプーチンの外交の力の源泉となっていきました。戦略的にプーチンはエネルギーを武器に影響力を広げていったのです。
もちろん、ヨーロッパ諸国も過度なロシア依存は危険だと考えていたはずです。しかし、ヨーロッパ諸国にできることは限られています。ヨーロッパ域内での油田開発は難しく、ヨーロッパ以外の国々、特に中国、インドとの競争からロシア以外の代替国から安く原油を輸入する方法は手にできなかったのです。
3.プーチンの石油戦略の核であるロスネフチ社
プーチンの石油戦略の核はロスネフチ社です。プーチンはこの会社を戦略的に使いました。もともと小さな赤字会社でしたが、少数株主の株を強制的に買い上げさせた上で、政府プロジェクトをこの会社に任せました。生産量の一部が会社のものになるよう保証してキャッシュフローを担保させました(プロダクション・シェアリング)。国内生産基盤を確実にしたロスネフチ社は海外プロジェクトも積極的に進めました。
2004年、プーチンはイーゴリ・セーチン(現副首相、ロスネフチ社会長)に経営を託しました。セーチンとプーチンのコンビがロスネフチ社を一気に世界的プレーヤーに変身させました。このセーチンはプーチンの忠臣であるサンクトペテルブルク・ボーイズの一人です。
かつてプーチンはサンクトペテルブルク市で国際問題担当の市長付きアドバイザーでした。プーチンはこの頃に強力な支援者グループを創り上げています。プーチンに絶対的忠誠を誓うグループであり、プーチンが最も信頼している仲間、それがサンクトペテルブルク・ボーイズと呼ばれる仲間です。
セーチンは剛腕で秘密主義の人物として知られています。ソビエト時代はアフリカ担当のスパイであり、ラテンアメリカや中東諸国への武器輸出にも関与していました。セーチンはクレムリン内のシロヴェキ派の実質的首領です。シロヴェキ派は国家主義者の一群であり、旧KGB(国家保安委員会)、旧GRU(国防省参謀本部情報部)あるいはFSBなどの組織を経験してきたメンバーで構成されています。彼らのセーチンに対する忠誠心は高く、これがプーチンへの強い影響力の所以となっています。
セーチンは政治力もあります。彼は第二次プーチン内閣でも副首相を務めています。しかし、彼の経済分野における貢献は政治分野の比ではありません。セーチンがロスネフチ社のCEOに就いてから(2004年7月)の成長は著しいものがあります。
セーチンは同社株を2006年7月にロンドン市場で公開しました。公開された株は同社の4分の1です。残りは実質ロシア政府の所有です。つまり、プーチンのコントロール下にあります。重要な点はこの株式公開で、既存株主は急激に富を得たことです。プーチンとセーチンが同社株を多く所有していることは公然の秘密です。
ロスネフチ社は競合会社を買収することで成長しました。中でもTNK-BP社の買収は画期的でした。この会社は垂直統合ができ上った優良石油会社で、2012年まではBP(英国石油)とロシア投資組合AARの所有でした。一時期はロシア第二位、世界でも十位以内の生産量を誇っていました。
TNK-BP社は高額配当を実施し、投資家にとってはいわゆる「おいしい会社」の代表格でした。しかし、その一方で、権力争いが絶えない会社でもありました。2008年には当時のCEOボブ・ダドリーがロシアから逃げ出しました。(ロシア政府は同社の2人の英国人幹部を逮捕している)。2011年には同社子会社の最高幹部(CEO、AAR側の人物)が退陣しました。BPとAARの対立は御しがたいものになっていました。
投資家の間では、AARの持ち分を誰かが買い上げることになるのではとの噂が絶えませんでした。買収できるのはロスネフチ社以外には考えられませんでした。この買収によってロスネフチ社は世界最大の石油会社となりました。
(2022年2月27日、BPがロシアによるウクライナ侵攻に抗議する形で保有する株式17.5%を売却するほか、ロシア国内での合弁事業もすべて解消する意向を表明しました)
ロスネフチ社はプーチンが後ろについた「国営企業」と見なせる存在です。資金調達にも有利な立場となり、何があっても大きすぎて潰せないカテゴリーに入った会社となりました。
実質国営企業のようなものですが、上場企業としての経営も求められています。それが堅実経営の担保となり、ロシア政府のバックアップと重なって会社の強みとなりました。
ロスネフチ社を支配するプーチンは世界の石油産業の生殺与奪の力を持ったのです。生産調整によって価格への影響力を行使できます。エネルギーを必要とする国にプレッシャーをかけることも容易です。ヨーロッパ諸国にとっては唯一安定的エネルギー供給減がロシアでした。ロシアにとって有利な条件で長期供給契約を結べる環境を創り上げたのがプーチンだったのです。
このように、ドイツをはじめとするヨーロッパ諸国は原油の輸入をロシアに頼り、プーチンの戦略に嵌っていたのです。
4.ドイツをはじめとしたヨーロッパ諸国の今後は?
果たしてロシア抜きにヨーロッパ諸国はエネルギーを確保できるのでしょうか。また、EU加盟国の中でもロシアへのエネルギー依存度は違い、対ロシア政策は一枚岩ではありません。
フィナンシャルタイムズの報道にシュルツ首相の発言がありましたが、苦悩がにじみ出ているように感じるのは私だけでしょうか。
全文訳はこちら↓
ヨーロッパ諸国のエネルギー戦略は大きな転換に迫られていることは間違いありません。ウクライナ戦争の行方どうなるかにかかわらず、ロシアへの依存度の高さが国家安全保障上のリスクであることは間違いありません。
容易に代替調達先は見つかりそうもありません。ヨーロッパ経済の苦境は続きます。そして、国民も不安、不満も高まり、今後は政治的にも不安定になる可能性があります。
ドイツのシュルツ首相、フランスのマクロン大統領などに対する批判も高まっています。経済的にも、政治的にも不安定なヨーロッパが続きそうです。
未来創造パートナー 宮野宏樹