円安とは何を意味するのか?
1.円安が再び加速
8月26日に米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長がジャクソンホール会議で金融引き締め継続に強い決意を示しました。その結果、東京外国為替市場では円売り・ドル買いが膨らみ、円相場は一時、7月中旬以来の円安水準となる1ドル=139円台まで下落しました。今回の講演でパウエル議長は引き締めに前向きな「タカ派」ぶりを全面に出す演出に専念し、引き締めに慎重な「ハト派」と解釈されそうな文言を意識的に排除して、異例の短時間のメッセージに絞っていました。
パウエル議長の発言は、市場には、「景気維持よりもインフレ抑制」というメッセージを発信し、FRBは結局、景気に配慮して金融引き締めの手を緩めるのではないかという「誤解」を一掃しました。結果として米国の利上げペースは鈍化するのではという市場の期待はしぼみ、為替の動きが激しくなりました。
FRBは景気を犠牲にしてでも、インフレを抑制することを重視して金利を引き続き上げるということを強調したこととなります。
したがって、当面は円安に傾きやすい状況が続くのではないかと思われます。一時、円安は一服するのではないかという見方もありましたが、今回のパウエル議長の発言で、やはり円安継続ということになるでしょう。
2.実質実効為替レート
現在、報道で出る「円安」とは、対ドルに対して、円安ということがほとんどです。ですが、円の実力を見る場合には、実質実効為替レートも見ておく必要があります。
まず、実質実効為替レートについてみてみましょう。
もう少し、かみ砕いてみていきましょう。
普通、我々が日常で議論する1ドル135円とか、あるいは1ユーロ120円というような数字のことを名目為替レートといいます。しかし、実際の為替の実力を見るためには、物価で調整する必要が出てきます。これを実質為替レートといいます。
例えば、ドル安になったと考えてみましょう。1ドル135円が100円になったとすると、当然その背景には様々な理由があります。産業の構造が変わったり、あるいはマクロ経済の変化が起こったりということです。
その中で、重要な要因として物価の変化があります。つまり、米国で仮に物価が上昇したとすると、賃金も上昇しますが、この場合には、物価上昇を反映してドル安になるということはよくあることです。しかし、この場合には名目ではドル安になりますが、実質ではドル安になったとは言わないのです。
なぜかというと、米国内の物価上昇を反映してドル安になるのですから、実際の米国の企業や競争力や、あるいは貿易に影響を及ぼすような実質的な為替は変化しないからです。
そのため、為替レートの変化から物価の動きを調整して修正するという作業が必要になるわけで、これを実質為替レートといいます。現実に、円ドルレートでみると、実際の為替レートと日本の物価上昇率、それから米国の物価上昇率を調整して実質為替レートを算出します。
平成に入ってから、長く日本はデフレが続きました。デフレが続くということは、日本国内の物価や、あるいは賃金は下がっていくということですから、仮に名目の円レートが変わらないとしても、物価が下がっていく分だけ日本の産業の競争力は高くなるということです。それは、実質為替レートは円安になっていくことを意味します。
したがって、実質レートが円安になるのは、名目の為替自身が円安になる場合にも起きるし、それから日本の物価や賃金が下がっていく、あるいは、その反対側で米国の賃金や物価が上がっていくという場合にも起きるということになるのです。
そこで、実際の為替を見るときには、実質で見ることが非常に大事になるのですが、もう一つ、「実質実効為替レート」という言葉の通り、「実効」も見る必要があります。今の日本の円の真の実力を知りたければ、実質実効為替レートという指標で為替を見ることが大切なのです。
実効レートとはどのような意味を持っているかというと、円ドルだけを見るのではなく、円とユーロ、円と人民元、円と韓国ウォンなど、いろいろな通貨の平均をとるということです。
具体的には、日本とそれぞれの国の間の貿易額の大きさのようなものをウエイトとして、いろいろな通貨との関係を平均的に見る、これが実効レートです。したがって、実質実効為替レートとは、いろいろな通貨と円の為替レートを平均した上で、それを物価で調整したということです。
なぜ、ドル円だけの為替レートではなく、実質実効為替レートを見ているかというと、現在の実質実効為替レートが非常に円安だからです。
上記表が日経新聞で掲載されたのは2022年5月19日でした。記事には以下のようにあります。
2022年7月の実質実効為替レートはさらに下落して、58.7となっています。
少し歴史を振り返ってみます。戦後、日本は一貫して360円という円ドルレートを守っていました。しかし、1971年に金とドルの交換を停止するという、いわゆるニクソンショックによって金本位制が崩れました。日本の円も1ドル360円から380円に為替の引き上げということを決断したのです。これで、1971年、72年と何とか固定相場制を守ったのですが、73年になり、ついにそれが叶わなくなり、日本は変動相場制へと移行したのです。それ以来、基本的には円高ドル安が続いてきました。
実は1971年以来の円の実力ということは、1ドル360円だった固定相場制の時と等しいということです。つまり、日本の実質実効為替レートは極めて低くなっているということです。
3.物価と各国通貨との関係
こうして実質実効為替レートを見ると、いわゆる円ドルレートだけでは見えない部分が二つあることが分かります。一つは日本の物価が、特にこの20年非常に下がったことが円安をもたらしているということ。さらにもう一つは、かつては各国の通貨はドルと固定相場制をしいてきたのですが、近年はいろいろな国の通貨が変動相場制へ移行したことによって、結果的には多くの通貨がドルに対して値段が高くなってきているという事実です。
したがって、円と他の通貨の関係で見ると、円ドルで見ている以上に円は円安になっているのです。この二つの要因から、大幅な円安になっているわけで、言い方を変えれば、今、日本の大安売りになっているといっても過言ではありません。
海外から今、日本を見ると、いわゆる名目の円安ということで日本の物価を安く感じているだけではなく、この10年、20年日本の物価が上がらなかった、あるいは下がったことによって、物価が安いという二重の意味で日本の安さを感じています。あるいは海外で競争している日本の企業にとってみると、円安によって日本の商品を海外に安く売れるだけではなくて、この20年以上のデフレの中で日本の賃金が下がってきているということでも安く売れるという、二重の意味でも大安売りを展開していたのです。
4.日本のインフレはどうなる?
しかし、日本のデフレもようやく、終わりを迎え、物価は上昇し始めました。ただ、日本の物価上昇を考えてみると、景気が上昇しての物価上昇ではないことが分かります。この円安がもたらしたのは、輸入物価指数の上昇です。
(出典:日経ダッシュボード)
そして、輸入物価指数が上昇することによって、本来物価は上昇するはずですが、企業物価指数と消費者物価指数に差が表れています。
(出典:日経ダッシュボード)
国内企業物価指数は対前年比で8.6%上昇しています。
(出典:日経ダッシュボード)
それに対して、消費者物価指数は2.4%しか上昇していません。つまり、企業は輸入物価指数の上昇によって、企業間の取引の価格は上げているが、消費者には転嫁できていないことを意味しています。
今後、日本の消費者物価指数が上がるとすると、消費者には厳しい状況となります。逆に消費者物価指数がそれほど上がらなければ、企業の業績が厳しいこととなります。どちらにしても、円安がもたらす負の作用が出てくることになります。おそらく、企業の消費者への価格転嫁はこの秋から本格的に始まってくるのではないでしょうか。エネルギー価格の上昇のも加わって、本格的なインフラは日本ではこれからな気がします。
まとめ
米国のFRBの金融引き締めの姿勢が鮮明になったことで、円安が加速している。
円安は対ドルに対しての円安だけではなく、実質実効為替レートでも下落している。それは、1971年レベルとなっている。
日本のインフレは円安→輸入物価指数の上昇→企業物価指数の上昇→消費者物価指数の上昇へと向かい、これから本格的になる。
未来創造パートナー 宮野宏樹