
子どもの肥満の治し方-12-コミュニケーション法のヒント
前回は、子どもの肥満の治し方の「肝」である行動療法のうち、行動目標の立て方について解説しました。今回からは、行動療法をやっていくために不可欠なコミュニケーション法について、何回かに分けて解説します。
指導では人は変わらない
私が、小児科医として子どもの肥満に取り組むようになったのは、今から20年ほど前です。佐世保市には、平成4年から小児生活習慣病検診という学校検診システムがあり、夏休みの血液検査で異常があると、病院への受診を勧められます。私は、小児肥満症のことを解説した手製のパンフレットを用いて、食事療法や運動療法を解説・指導していたのですが、ある年、夏休みに診察・検査などに来た子どもたちが、冬休みの経過観察に一人も来なかった年があり、調べてみると肥満も良くなっていませんでした。それで、肥満の子どもさんたちに食事療法や運動療法を説明するだけでなく、それを実行してもらうには、どうしたら良いのか学ぼうと考えたところ、答えは意外に早く見つかりました。行動科学の専門家の間では「指導では人は変わらない」ことなど、私が知らなかっただけで、常識だったのです。
行動を変えられる「強化の原理」
人間を含む動物の行動は、その直後に良いこと(専門用語では正の強化子、好子)が起これば(強化されれば)、次からも起きやすくなります(頻度が増えます)。これを行動分析学では「強化の原理」と言い、動物の調教から人の教育、福祉、医療、ビジネスといった多領域に応用されています。水族館のショーで大ジャンプをしてみせるイルカは、トレーナーから体罰を受けて覚えたのではなく、強化の原理に基づいてパフォーマンスを見せています。犬を飼った事のある人なら、散歩コースで犬に逆らわれないために必要なのは、飼い主が犬に逆らわないことだと知っているでしょう。大切なお子さんを、イルカや犬に例えては失礼かもしれませんが、従順な犬でさえ引っ張られれば抵抗するのですから、人間なら尚のこと、頭ごなしに指導されれば、やる気が失せてしまいます。子どもが立てた目標を共有し、伴走者のように並んで、子どもと一緒に目標を目指します。例えば、肥満の子どもがジュースを飲むのを減らそうとしているのなら、ジュースを飲もうとしている時に叱るのではなく、ジュースの代わりに水を選んだ時に褒める方が、ずっと効果があるのです。

褒めるタイミングにはコツがある
強化の原理には、「60秒ルール」と呼ばれている法則があり、上に述べた正の強化子(好子)は行動の直後、最大でも60秒以内に与えられないと、強化したい行動と強化子との関係が曖昧になり、強化されにくくなります。子どもの望ましい行動に遭遇したら、短くて良いのですぐに褒めてください。言葉だけではなく、態度に表して。子どもの行動への強化は、親から褒められることが最も効果的であり、医者にはそんな影響力はありません。手が空いてからではなく、できるだけ早く、褒めてあげてください。
最後に
今回は、コミュニケーション法のヒントとして、強化の原理のごくごく基礎的な部分について、解説しました。私の目が覚めた一冊を紹介しています。
次回も、コミュニケーション法について書き留めます。
著者について
山田克彦
私は小児科医として30年以上、子どもたちの健康に関わってきました。「子どもの肥満」に悩む多くのご家族のお役に立ちたいと思い、このノートを始めました。