【想いの強さと多動力を武器に宮野雄弘がNPO未来ラボと共に目指す誰も排除されない社会とは】未来ラボメンバーインタビュー④
マルコメ味噌のキャラクターマルコメ君。彼を見た時に最初に思い浮かべた。
いがぐり坊主頭に人懐っこくニコニコしている彼の表情は、初対面の人でも安心させる親しみがにじんでいる。彼がニコニコしてそこにいるだけで場の空気が和らぐのを感じさせる。
インタビューの事前準備のために彼のことを調べてみて驚いた。彼は2017年大学入学後、半年で休学し、現在は複数の活動をかたちにしようとしている。初対面での印象とは対照的に、多動と言っていいほど活動的だ。
現在の彼の中心的な活動は3つある。
1.ネパールのビーズアクセサリーブランド「Latona」の立ち上げ準備。
2.高校生向けキャリア教育をおこなう「ぼくらの学校」の立ち上げ準備。
3.シェアハウス「アオイエ」の運営
万人に親しまれるキャラクター性をもち、多動力を発揮して活動する彼が、どのような経緯でNPO未来ラボに導かれ、NPO未来ラボにどのように関わっているのか、ワクワクする気持ちを胸にインタビューが始まった。
自分がやりたいこと、取り組むべきことの解像度を深めた出会い
----国際的な社会課題を関心をもつようになったきっかけを教えてください。
宮野:僕は小学生の約4年間を香港で、中学生の約2年間をペルーで過ごしました。香港は発展していましたが、ペルーは発展途上国で日常的にストリートチルドレンを目撃していました。また、信号待ちをしていると、おばちゃんが物乞いにやって来るという環境だったので、社会問題に自然と興味を持つようになりました。
----ネパールでの活動を始めたきっかけと、活動内容について教えてください。
宮野:高校時代は、ビリ争いをするぐらい学業が全く奮わない一方で、高校2年生の夏に校内で国際ボランティア団体を立ち上げ、様々な文化の人たちと共に生きることをボランティアを通して考える国際共生をテーマに活動しました。認定NPO法人ラリグラス・ジャパンの代表が書いた「少女売買」という本を同級生が読んだことをきっかけに、ラリグラス・ジャパンの主催するスタディツアーに参加し、ネパールに行きました。
ネパールで被害にあった子どもや女性に出会う前は、勝手に可哀想な人たちと思っていたのが、一緒に過ごす中で友達になっていって、一人の人間として継続的に彼女たちと一緒に何かやりたいなと思うようになりました。
ラリグラス・ジャパンの活動の一つにネパールの雑貨販売があって、そこに現地の女性が作ったビーズアクセサリーがあったんです。そのアクセサリーが、何の脈絡もなく一般のネパール雑貨に混ざって販売されるのはもったいない!と思って…そこで、いま後輩と一緒にビーズアクセサリーだけを扱ったアクセサリーブランドを立ち上げて、運営を開始するところです。
----今は大学生と聞いてますが、学びながら活動しているのですか?
宮野:僕は、スポーツの中でも特に自転車が好きで、自転車の設計に関わる仕事がしたいと思って理工学部に進学したんです。でも、勉強についていけなかったのもあるけど、勉強したいと思えるような環境が大学になくて。このまま四年間自分の時間と、親のお金を使うのが怖くなって大学を休学しました。
当時は、何かしたいことがあるわけでもなく、大学に行きたくないから休学するという感じでした。本当に大学に行きたくなかったから、休学した夏に海外インターンに参加しました。そこで、その海外インターンを企画したGlowingという会社の代表に声をかけられ、Glowingでインターンを始めました。
----インターン先ではどんな活動をしていたのですか?
宮野:僕は日本の「こうあるべき」という固定概念に囚われた学校教育への違和感と高校時代のネパールでの体験があったので、休学した時から学校外での高校生のキャリア教育に携わりたいなと、漠然と思っていました。
Glowingは無償で大学生を海外インターンに連れて行く事業を行っていたので、そこに高校生を混ぜて、少し年上の大学生と一緒に事業立案をする経験を積んだり、大学生も高校生の柔軟な考え方に触れて刺激になるような企画を始めたいと思ったんです。でも、僕がやりたかったことと会社がやりたいことの方向性が違うことが分かってきて、インターンを辞めることを考えているときに、Glowingのインターンにメンターとして来ていたtaliki(社会課題を解決する人材を輩出するための事業を展開する)の代表中村多伽さんに出会いました。
そこで高校生のキャリア教育に関わりたいという話をしたときに、じゃあうちに来たらって言ってもらえて、talikiでインターンするために京都に行くことになりました。京都ではアオイエというシェアハウスに住み、シェアハウスの運営、talikiでのインターンを通して自分がやりたいことの解像度が上がってきました。今は高校生の生きづらさを解消するために「ぼくらの学校」という団体の活動を始めたいと思っていて、大学生が高校生のメンターを担う進路相談会を計画しています。
NPO未来ラボとの出会い、学びの広がり、共に目指す社会
----NPO未来ラボはどうして知ったのですか?
宮野:talikiの中村タカさんを通して、高校生の教育支援を行っている今井さんのことを知りました。高校生のキャリア教育に関わる事業を始めたいと思っていた僕と同じ分野で活動してる今井さんのことをもっと知りたいなと思ってTwitterをフォローしていたので、そこでNPO未来ラボのことは知っていました。「ぼくらの学校」の活動を将来法人化したいと思っていたし、NPOのことをもっと知りたいと思っていました。
最後に背中を押してくれたのは、タリキチプロジェクトという、talikiが運営するプログラムに参加していた平井大樹です。先にNPO未来ラボに入って、めっちゃいいコミュニティ、 NPOのいろんなことを知れるし、NPO未来ラボで新しい動きをつくり出していけそうな気がするって言葉を聞いて、じゃあ入ろうと思った時にちょうど増枠してて、気づいたらポチってた感じです。
----NPO未来ラボに入って良かったことは何ですか?
宮野:僕はいろんな人が企画してくださるイベントに積極的に参加するようにしていて、もちろん自分の時間とお財布との兼ね合いですけど、東京にいる時は東京の定例会、京都にいる時は大阪の定例会に参加してます。その中で NPOの代表や近い立ち位置で活動している人の話とかを聞けたのはすごい良かったなと思っています。高知の合宿の時にはラボメン同士が話をしてるのを横で聞いてるだけで、自然にNPOの運営方法、制度や組織についてわかってきて、勉強しようと思って勉強できない僕のスタイルに合ってるなと思いました。SNSから得る情報も増えました。
定例会に来て下さった人のTwitterやFacebookをフォローすると、フォローした人の活動も目に入ってきて、ラボメンの中野さんが企画した今井さんとのトークイベントに参加したり、NPOじゃない社会的活動を知ったりできるので、すごい刺激を受けました。
----これからNPO未来ラボでどのような活動がしたいですか?
宮野:僕がNPO未来ラボに入るきっかけになった平井大樹は、NPO未来ラボに入ってから家庭環境や経済的に恵まれない高校生向けにプログラミング教育をおこなうCLACKという団体を立ち上げたんです。そのCLACKと株式会社ハッシャダイと僕が住んでいるシェアハウスのアオイエでイベントを計画していて、現在立ち上げ準備をている「ぼくらの学校」もゆくゆくは、CLACKや立山さん(インタビュアー)の東京シューレとかコラボ的なイベントをやっていけたらいいなって思っています。
----最後に活動を通してどのような社会課題を解決し、どのような社会にしたいのか教えてください。
宮野:僕は解決したい課題がありすぎて、それを実際に解決する人を増やすために教育をやろうと思ったんです。SNSを通して色んな価値観を取り入れることも、自分はこういう価値観だよって発信することも簡単にできる中で、お前の価値観は間違ってる、俺の価値観が正しいという衝突が生きづらさを生み出していると感じます。
例えば、学校に行くのが正しい、学校休んでるお前は間違ってるとか、学生なら成績が良いことが前提で課外活動するなら成績が良くなってからやれみたいな。僕はそういう考え方もあるよね、俺はこういう考え方だけど、お前のこういう考え方もありだよねという、誰も否定しないし排除もされない社会を目指していきたいと思っています。
NPO未来ラボの活動では、2019年5月にあるラボフェスに未来を感じています。現状では排除されてしまっている人を支援し、その人たちを活かせる社会をつくろうとしているNPOが多いと思っていて、ラボフェスを通してそういうNPOを知るきっかけになってほしいと思います。
NPOとかよく分からないけど、自分も何らかの形で社会貢献したいみたいなことを漠然と思っている人達に対して、NPOを知る機会をどんどん提供していきたい。NPO未来ラボには、noteやTwitterもあるけどフォローしている人にしか届かないので、フェスっていう場に参加することで漠然と社会貢献に興味ある人が、社会から排除されている人たちが活きる社会を目指すNPOを知り、つないでいきたいと思ってます。
彼のインタビューを終えて、私は味噌汁を飲んだ後のホッとした気持ちと、おいしい味噌汁を作ってくれた人への感謝の気持ちに似たような感情が湧いてきた。
インタビューする前は、彼の多動力の高さから、自分がやりたいことに対する明確な目標をもち、それを実現するために前進していく行動力をあわせ持った強い人なのかなと想像していた。しかし、実際の彼は日本での生きづらさを感じながら、目標もはっきりしない状況の中でも、自分の想いに正直に歩んでいいことを伝えてくれているようで、ホッとしたのだ。
マルコメ君のキャラのように万人に親しまれる風貌をまとった彼だが、彼の魅力はそれ以上に、想いの強さにあると知った。様々な活動の話を聞いたが、そこから一貫して聴こえてくるのは、生きづらさを抱える人と共に、その生きづらさを解決していこうとする想い。誰もが排除されず、個が尊重される優しい社会への想い。多動であることとは裏腹の、その一貫した想いが、彼に関わる人たちを巻き込み、彼がやりたいことを、少しずつかたちにしてきたのだ。
2018年11月1日。彼の一つの想いはかたちになった。ブランドを立ち上げネパールのビーズアクセサリーの販売が始まっている。このように原体験の想いを大切にし、活動を続け、優しい社会をかたちにしようとしている彼とNPO未来ラボで出会えたことに感謝している。すぐに優しい社会を実現することは難しいかもしれない。しかし、彼の活動はまだ始まったばかりだ。NPO未来ラボから刺激を受けて、学び、ラボメンとコラボする中で、優しい社会は確実に拡がっていくだろう。
文章:立山剛