賃貸住宅の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」
独立行政法人国民生活センター「賃貸住宅の原状回復トラブル」(2024年7月30日更新)から引用します。
賃貸住宅の敷金や原状回復をめぐるトラブルの相談件数は、2023年度は13,247件(前年比102.8%)と増加しています。
代表的事例としてつぎのようなトラブルが示されています。
・退去時に、ペットが傷をつけたとクロス張替え費用を請求されたが、ペットが付けた傷と断定できず納得できない。
・入居時に「退去時のルームクリーニング代は不要」と言われたのに、退去時に請求され納得できない。
・退去後、原状回復費用の清算書が届いたが、入居時から傷があった床等の原状回復も求められ納得いかない。
・10年以上住んで退去したらクロスの張替えなど高額な原状回復費を請求されたが、全額支払う必要があるのか。
そうした賃貸住宅における退去時のトラブルを未然に防ぐための指針が策定されています。
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(以下、ガイドライン)です。
1 ガイドラインの概要
ガイドラインは、1998年に旧建設省が取りまとめ、2004年および2011年に改訂されています。
原状回復は、退去時だけでなく、入居時の問題でもあるとし、トラブルを未然に防ぐための具体的な対策を示しています。
そして、退去時における原状回復の費用負担のあり方について一般的な基準を示すガイドラインとして位置付けられているのです。
原状回復をめぐるトラブルの未然防止のため、賃貸借契約締結時において参考にできます。
ただし、強制力はなく、契約自由の原則から、最終的には個別に判断、決定されるべきものとされています。
2 物件の確認の徹底
入居時と退去時に、損耗等の有無などの物件の確認が不十分なために原状回復をめぐりトラブルになることが多いです。
そこで、当事者が立ち会って損耗等の箇所や程度について確認し、チェックリストを作成することが必要としています。
合わせて平面図への書き込みや写真などで記録を残すことを推奨しています。
ガイドラインに掲載されている「入退去時の物件状況及び原状回復確認リスト(例)」が参考になるでしょう。
3 原状回復に関する契約条件等の開示
賃貸借契約締結時に、原状回復に関する条件を明確にし、双方が納得したうえで契約を結ぶことを推奨しています。
賃貸人・賃借人の修繕負担、賃借人の負担範囲、原状回復工事施工目安単価などです。
4 原状回復の定義
(1)建物の損耗等の区分
建物の損耗等を建物価値の減少と位置づけ、3つに区分しています。
①建物・設備等の自然的な劣化・損耗等(経年変化)
②賃借人の通常の使用により生ずる損耗等(通常損耗)
③賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗等
(2)原状回復の定義
このうち③については賃借人が負担すべきとして原状回復をつぎのように定義しています。
「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」
原状回復とは賃借人が借りた当時の状態に戻すことではないと明確化しました。
5 建物の損耗
(1) 損耗・既存事例の区分
前章の①~③をそれぞれ定義することは困難です。
そこで、具体的な事例をつぎのように区分して、賃貸人と賃借人の負担の考え方を明確にしています。
A : 賃借人が通常の住まい方、使い方をしていても、発生すると考えられるもの
B : 賃借人の住まい方、使い方次第で発生したり、しなかったりすると考えられるもの(明らかに通常の使用等による結果とは言えないもの)
A(+B) : 基本的にはAであるが、その後の手入れ等賃借人の管理が悪く、損耗等が発生または拡大したと考えられるもの
A(+G) : 基本的にはAであるが、建物価値を増大させる要素が含まれているもの
⇒このうち、B及びA(+B)については賃借人に原状回復義務があるとしました。
(2)経過年数の考慮
BやA(+B)の場合であっても、経年変化や通常損耗が含まれており、賃借人はその分を賃料として支払っています。
賃借人が修繕費用のすべてを負担することとなると、契約当事者間の費用配分の合理性を欠くなどの問題があります。
そのため、賃借人の負担については、建物や設備の経過年数を考慮し、年数が多いほど負担割合を減少させる考え方を採用しています。
(3)施工単位
原状回復は毀損部分に限定すべきですが、フローリングや壁紙などは広範囲で色あわせ、模様あわせが必要です。
そのため、既存部分に限定せず全体を張り替えることが多くなります。
そこで、施工単位を、たとえば壁や床は㎡単位、ふすまや畳は1面単位といった最小限度とすることを基本としています。
しかし、賃借人の故意・過失や全館義務違反の場合は、賃借人に壁一面など面単位で負担させられるとしています。経過年数による減価割合を考慮すれば不当とはならないとしています。
6 具体的事例
ガイドラインには、賃借人と賃貸人の費用負担の具体例も示されています。
7 その他
(1)トラブルの迅速な解決にかかる制度
次の制度が掲載されています。
①少額訴訟手続
トラブルが発生した場合に迅速に解決するための手続きです。
②裁判外紛争処理制度
調停や仲裁などの方法でトラブルを解決する手段です。
(2)原状回復にかかる判例の動向
過去の判例をもとに、どのようなケースでどのような判断が下されたかを紹介しています。
(3)参考資料
賃貸住宅標準契約書などが掲載されています。
賃貸住宅の敷金や原状回復をめぐるトラブルが生じては賃貸人も賃借人も大変です。
ガイドラインを参考にして契約・入居時にお互いにしっかり確認することが何よりも重要なのです。