どう使える? 労災保険
労災保険(労働者災害補償保険)は、労働者が被った労働災害を補償するための保険制度です。労働者が仕事中や通勤中にケガをしたり病気になったりした場合に適用されます。
会社に勤めて働く方にとっては「転ばぬ先の杖」なのですが、詳しく知らない方が少なくないのではないでしょうか?
労災保険の基本的な仕組みや給付内容などについてお話しします。
1 労災保険の概要
(1)対象者
労災保険は、正社員だけでなく、パートタイムやアルバイトなど、すべての労働者が対象です。
雇用契約にもとづき使用者の指揮命令下に置かれていない人は労働者に該当しないため、原則として労災保険は適用されません。
代表権や業務執行権を有する役員や、業務委託契約を締結しているが指揮命令下にないフリーランスなどです。
ただし、実質的に指揮命令下にあり労働者と同一視できると判断されれば労災保険が適用される可能性があります。
また、特別加入制度により中小事業主や一人親方などが適用される場合もあります。
なお、2024年11月からフリーランスが労災保険の特別加入の対象となります。
(2)加入義務
事業主は、労働者を1人でも雇用している場合、労災保険に加入する義務があります。
(3)保険料
労災保険の保険料は全額事業主が負担します。
(4)健康保険との相違点
健康保険と労災保険は、目的と対象がそれぞれ異なります。
健康保険は、国民全体の健康を保護するための制度で、病気やケガ、出産などの際に必要な医療費を補償します。
私生活での傷病に対して適用され、被保険者とその扶養家族が対象です。
一方、労災保険は、労働者が仕事中や通勤中に起きた事故や疾病に対する保障を目的としています。
労働者が業務上の事由または通勤による負傷、疾病、障害、死亡等に対して保険給付を行います。
仕事中の事故や疾病については、労働基準法で災害補償が定められており、事業主が補償しなければなりません。
労災保険は、事業主の負担を軽減する役割も果たしています。
さらに、事業主に責任がない通勤中の事故や疾病についても、労働者の保護の観点から保険給付を行います。
2 労災保険における業務災害と通勤災害
労災保険の対象となる労働災害には、業務災害と通勤災害があります。
(1)業務災害
業務災害とは、労働者が就業中に業務が原因で負った負傷、疾病、または死亡を指します。
具体的には、つぎのようなケースです。
①業務中の事故
たとえば、工場での作業中に機械に巻き込まれて負傷した場合です。
②業務に関連する疾病
たとえば、長時間のデスクワークによる腰痛や、化学物質を扱う仕事での中毒症状です。
③業務中の死亡
たとえば、建設現場での事故による死亡です。
業務災害が認定されるためには、業務と傷病等との間に一定の因果関係が必要です。
㋐労働者が事業主の指揮命令下で業務を遂行している状態であること(業務遂行性)
㋑ケガや病気が業務に起因して発生したものであること(業務起因性)
つまり、「この仕事をしていなければ、この災害は起きなかった」と言えるような関係が求められます。
(2)通勤災害
通勤災害とは、労働者が通勤中に負った負傷、疾病、または死亡を指します。
通勤とは、つぎのような移動のケースです。
①住居と就業場所との間の往復
たとえば、自宅から会社への通勤途中に交通事故に遭った場合です。
②単身赴任先住居と帰省先住居との間の移動
たとえば、単身赴任先から帰省する途中に事故に遭った場合です。
③就業場所からほかの就業場所への移動
たとえば、出張先から別の仕事場への移動中に事故に遭った場合です。
通勤災害として認定されるためには、合理的な経路および方法での移動が必要です。
途中で日常生活上必要な行為(例:日用品の購入)を最小限度の範囲で行う場合の逸脱または中断の間を除きます。ただし、合理的な経路に復した後は再び通勤となります。
(3)業務災害と通勤災害との相違点
業務災害と通勤災害のおもな違いは、発生場所と時間にあります。
業務災害は職場での業務中に発生し、通勤災害は通勤中に発生します。
また、業務災害の場合、会社には災害補償責任がありますが、通勤災害の場合はその責任がありません
3 労災保険の給付
労災保険の給付にはつぎの種類があります。
(1)療養(補償)給付
業務上または通勤中の事故や病気の治療に必要な医療費を補償するものです。
治療費や入院費などの実費相当額が全額労災保険から支払われ、自己負担はありません。
(2)休業(補償)給付
業務上または通勤中の事故や病気で仕事を休まざるを得ない場合に支給されます。
休業4日目から、平均賃金の60%(特別支給金20%も合わせると80%)が支給されます。
(3)障害(補償)給付
業務上または通勤中の事故や病気が原因で障害が残った場合に支給されます。
認定される障害等級に応じて、年金または一時金が支給されます。
(4)遺族(補償)給付
労働者が業務上または通勤中の事故で死亡した場合に、遺族に対して支給されるものです。
遺族年金または一時金が支給されます。
(5)傷病(補償)年金
業務上または通勤中の事故や病気が1年6カ月経っても治らず、一定の身体障害が残った場合に支給されます。
傷病年金が支給されます。
(6)介護(補償)給付
障害(補償)年金または傷病(補償)年金を受給している者で、一定以上の障害があり介護が必要な場合に支給されます。
(7)葬祭料・葬祭給付
労働者が業務上または通勤中の事故で死亡した場合に、葬儀を行うための費用が支給されます。
(8)二次健康診断等給付
定期健康診断の結果、脳・心臓疾患に関連する異常が認められた場合に、精密検査や治療が受けられるよう支給されます。
4 複数の会社で働く場合の労災保険
働き方の多様化により副業や兼業をする複数事業労働者の増加に対応するため、2020年9月から改正労災保険法が施行されています。
(1)複数事業労働者とは
複数事業労働者とは、同時に複数の事業所で働いている労働者のことを指します。
(2)労災保険の適用
複数の事業所で働いている場合でも、労災保険の適用のポイントはつぎのとおりです。
①保険給付額の算定
労災保険の給付額は、すべての就業先の賃金額を合算して計算されます。
たとえば、A社で月20万円、B社で月10万円の賃金を得ている場合、合計30万円をもとに給付額が算定されます。
②業務上の負荷の総合評価
労災認定においては、各就業先での労働時間やストレスなどの業務上の負荷を総合的に評価します。
1つの事業所だけでは労災認定が難しくても、複数の事業所での負荷を合わせて評価することで認定される場合があります。
③通勤災害の適用
複数の事業所間の移動中に発生した事故も通勤災害として認定される場合があります。
(3)注意点
①労災保険の給付を受けるためには、各就業先の賃金証明書や事故の詳細を記載した書類などが必要です。
②労災事故が発生した事業所がおもに責任を負います。そのため、ほかの事業所での休業は私傷病による休業扱いとなることがあります。
5 在宅勤務、テレワーク、リモートワークにおける労災保険
テレワークやリモートワーク中でも、労災保険は適用されます。
労働基準法にもとづき、労働者が業務中に負ったケガや病気は、業務災害として認定される可能性があります。
(1)労災認定の要件
労災認定を受けるためには、つぎの2つの要件を満たす必要があります。
①労働者が事業主の指揮命令下で業務を遂行している状態であること(業務遂行性)
②ケガや病気が業務に起因して発生したものであること(業務起因性)
(2) 労災認定の具体例
①労災が認められるケース
・仕事用の書類をシュレッダーにかけている際に指を切った場合
・長時間のデスクワークによる腰痛や、業務ストレスによる精神疾患など
②労災が認められにくいケース
・休憩中に昼食を買いに出かけた際の交通事故
・業務時間中に家事をしている際の事故
(3)注意点
テレワーク中の労災認定は、業務時間と私的時間の区別が難しいため、業務遂行性や業務起因性を明確に証明する必要があります。
そのため、勤務時間の記録や業務内容の詳細な記録を残しておくことが重要です。
6 労災保険の給付を受けるための手続き
労災保険給付の申請手続きは、つぎのとおりです。
(1)労働災害の報告
まず、労働者が労働災害に遭った場合、すみやかに会社に報告します。
具体的な状況や発生時刻、場所などを詳細に伝えることが重要です。
(2)請求書の作成
つぎに、労働災害の請求書を作成します。
請求書は労働基準監督署から取り寄せたり、厚生労働省のウェブサイトからダウンロードしたりできます。
請求書には労働災害の発生状況や治療内容などを記載します。
(3)必要書類の提出
請求書と必要書類を労働基準監督署に提出します。
(4)労働基準監督署の調査
提出された書類をもとに、労働基準監督署が調査を行います。
調査の結果、労働災害として認定されると、労災保険の給付が行われます。
(5)申請期限
各給付で定められている申請期限を過ぎると、給付を受ける権利が失効する可能性があるため、早めの申請が重要です。
①療養(補償)給付
労災保険指定医療機関での治療の場合、申請期限はありません。
指定医療機関以外での治療費の請求は、費用を支払った日の翌日から2年以内です。
②休業(補償)給付
賃金を受けなかった日の翌日から2年以内です。
③障害(補償)給付
障害が固定して治癒したと判断された日の翌日から5年以内です。
④遺族(補償)給付
労働者が死亡した日の翌日から5年以内です。
⑤葬祭料等(葬祭給付)
労働者が死亡した日の翌日から2年以内です。
労災保険の給付は、労働者や家族の生活を支えるための重要な制度です。
具体的な手続きや必要書類については、厚生労働省のウェブサイト、労災保険相談ダイヤル(0570-006031)や最寄りの労働基準監督署に問い合わせるとよいでしょう。