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私が理屈っぽい、その理由。

私の書くことを読んで

理屈っぽいな、とか、
難しく考えすぎ、とか、

感じる方も多いと思うんですね。


私もそう思います (笑)


けれど実は、
これは幼少期からずっと。


何をするにも

なんで?
どうして?
どうしたらそうなるの?

というのを知りたがる子供でしたし、
今もそうです。


最近よく耳にするようになってきましたが、
私はいわゆるHSPです。
(そしてHSSでもある。)

HSP Highly sensitive person

簡単に言えば、繊細な感覚の持ち主。

生得的な特性として、高度な感覚処理感受性(あるいは生得的感受性)を持つ人のこと。テッド・ゼフの著書「The Highly Sensitive Person's Companion」による定義では「産まれたときから幼少期に渡り説明のつかない体験を繰り返し、HSPではなく生まれた人より五感が鋭く、精密な中枢神経系を持ち、良い刺激にも、悪い刺激にも強く反応する感受性の強い人達」とされる。

(引用:Wikipedia)


なんだかカッコいい感じがしますけれども、
同時に生きづらさもたくさんありました。


人間関係では特に、
「面倒くさい奴だ」と思われがちだったため、

そう思われないように抑圧してきたこと

というのが、
たくさんあったんだなと気付いてきました。


それに気づかせてくれたきっかけとなったのが、
私が今シェアしているAFPだったのです。

AFP Art of Feminine Presence

繊細で微細に感じ取っているもの。

それを話したときに、
耳を傾け、温かく受け取ってくれる人たちがいる。

私のことをわかってくれる人たちがいた。

「私は、このまま生きていて大丈夫なんだ。」


大げさに聞こえるかもしれませんが、
私にとってはようやく心身ともに安心できる、
そんな場所を見つけられたということ。

それは自分自身を生きていく土台として、
大きな大きな安らぎをもたらしてくれました。


そして、
仲間たちと語り合うことを重ねていく中で、

私自身が、
自分が感じ取っていることや、思っていることに、
ようやく耳を傾けられるようになったのでした。


そして何よりも、

このHSPでありHSSでもあるという、
私自身のこの資質が、

大きな大きなギフトであるということに気づき、
それを生かす段階に来ているように思うのです。


繊細さを持ち合わせているからこそ感じ取れる、
物事の根底を流れる本質や真理。

それは見えないものだけれど、
確実に存在するもの。

それは世にあふれるスピリチュアルというより、
spiritualityという崇高な領域。

見える、見えない
聞こえる、聞こえない
知っている、知らない
できている、できていない

よりも

「感じ取っていること」

それが私にとっての真実なんだと。

AFPを通してその確信を深めながら、
その自分を表現していく。

2020年はそんなスタートを切っていく。

きっとそのタイミングだろうと、思っています。


いままで、
常識や、世間体や、経験値など
外からどう見られるか?みたいなことに
囚われていたことがたくさんあったし、
もちろん今だってあるけれど、

それも踏まえたうえで、

今私が感じていることが
「私にとっての真実である」という真実を、
より私自身が信頼していきたい。

だから、
それらを素直に言葉で表していくことにも、
素直でありたいと思っています。


今日はそれを言葉にしたい。

そんな気持ちで一気に書いてみました。

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