小指だけつないで(2/4)
雨の雫が、傘の上でバラバラと音を立てて跳ねる。
無言で坂を上りながら、足元を用心深く見守った。
五歳の実那にはこの坂は少々きついようで、ふうふう肩で息をしながら懸命に足を持ち上げている。
抱き上げたり背負ってやりたいのは山々だが(その方が自分も早く歩けて楽だ)、残念ながら簡単にそうできない事情が、お互いにあった。
コーヒー豆の販売会社から営業回りで担当のスーパーに顔を出すうちに、そこでパート店員として働いていた綾子と知り合った。付き合いはじめて一年になる。
実那は、綾子の前の夫との間に生まれた娘だ。
二歳の頃に別れた父親をはっきり記憶しているのかどうかはわからないが、実那はおれに対して他人に対するのと同じ警戒心を抱いている。
こちらから手を握ったりすれば全身で拒絶し、この世の終わりかと思うほどの大声で泣き叫ぶ。
結婚前のシミュレーションのつもりで、一緒に住みはじめて三ヵ月。
今も実那にとっておれは赤の他人であり、家の中にいる異物として認識されているようだ。
『すぐに慣れるわよ』と楽観していた綾子も、さすがに最近は深刻に悩んでいる様子だ。
おれは元々、子どもは好きでも嫌いでもなかったが、小さな子どもに嫌われるとそれはそれで深く傷つくものだなと知った。
まるでおれの本質の悪さを見抜いていて、人格そのものを否定されているような気分になる。
小さな家の中で三人の同居人のうち二人が、お互いの存在にビクビクしながら過ごしている、というのは精神衛生上もよろしくない。
正直なところ、おれ自身としても、この状況の打開策がない以上、この親子と家族になることはあきらめなくてはならない、ということを考えていた。
ここ数日は、綾子もおれもなんとなく沈んだ気持ちで過ごし、家での会話は挨拶と最低限必要な単語に留まっていた。
つづく