見出し画像

会社を利用する

私は、バブル崩壊後の就職氷河期真っ只中に就職活動をした。文系女子に厳しい社会の荒波をもろかぶりして挫けそうになった頃に、かろうじて内定した小さな印刷会社に入社した。

だから、好景気の日本を知らない。ニュースでしか見たことがない。私の知る限り、日本はずっと景気が悪い。

就職先は、ほんとに小さな会社だった。ボーナスは出る時もあれば、出ないこともあった。
仕事を覚えて半年くらいしたら、残業がどんどん増えていった。お客さんの都合に合わせて夜中まで原稿を待ったこともあるし、朝まで仕事して一度家に帰って3時間寝てまた出勤したりした日もあった。

2年目になってから、30-40代の後輩ができた。同期の友人には50-60代の後輩ができた。昇進したわけじゃないし、なんの役職もないんだけど、その人たちの休暇願いとかにサインしていたから、私たちは上司だったと言える。

そんなふうに、今考えるといろいろおかしなことがあったけど、当時はその職場しか知らなかったから、そんなもんかと思っていた。今ならブラック企業と言われるかもしれないけど、当時はそんな言葉なかったし、これが普通だろうと思っていた。他に行くあてもなかった。

2年目になる前だったと思うけど、一度、退職を考えたことがある。当時Windowsのパソコンが普及して、WordやExcelなどのアプリケーションを誰もが使うようになっていた。社内で私が使っていたのはUNIX系のDTP専門システムで、他の会社、他の業界ではおそらく使うことがない、いわゆる「つぶしがきかない」作業をしてることに私は気付いていた。だから今のうちに専門学校に行ってスキルアップして、他に再就職しようかな、なんて思っていた。

私が退職を考えている、という話が伝わり、常務と面談になった。
(小さい会社なので、いきなり常務ということになる。)

「やめてどうすんの?」
「WordやExcelのスキルあげたいので、
専門学校行こうかなあ、と思って」

私の答えを聞いた常務はあきれた顔をした。

「お前、会社を利用しろよー。
WordやExcelの講習なんて
やりたいなら会社から行かせてやる。
学校なんか行ったって
なんの役にも立たないから」

会社を利用する。そんなこと、考えてもみなかったが、とりあえず、その一言で私の退職話はなくなった。

結果として、私は講習とか学校にはいかなかった。

面談から少しして、それまで使っていたシステムの上位機種が導入された時、そのシステムはWindowsの中で動くものになっていて、WordやExcelを使う機会が突然、やってきた。お客様のデータ入稿が増えたので、それに対応するシステムになっていた。

私は新機種の担当になり、WordやExcelの古いバージョンから最新バージョンまで、お客様が入稿してくるさまざまな原稿に対応するうちに、自分で調べたり研究して、誰かに習わなくても、いつのまにか充分使えるようになっていた。


入社から3年半で、私はその会社を退職した。
その後は、派遣社員として事務職で働いたのだけど、身につけたPCのスキルが役に立った。そこから(就職活動でまともに試験を受けたらおそらく書類で落ちるくらいの)大手企業で正社員にもしてもらったけど、それも、そのスキルのおかげ。

印刷会社を辞める時、そこでのキャリアは他の業界では役に立たないだろうと思っていたけれど、それは間違いで。
わらしべ長者みたいに、私のキャリアは次のステップからさらに先に繋がっていった。

本当に私は、会社を利用させてもらった。
その時、その場所で、できることをできる限りがんばることは、絶対にむだにならない。そのことを教えてもらった。

ちなみに、一度だけ、派遣会社の準備してくれたパソコン講習に参加したことがあるけど、10分も目を覚ましていられなかった。私には細々とやり方の説明を受けるより、実地でやっていくのが性に合うらしい。
常務にそういうの、見抜かれてたかな。


#社会人1年目の私へ