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【創作】アダージョ 高校生編 第6話
「大晴、助けてくれ」
部活の後、家に帰る前に大晴の家に寄った。夕飯の時間になってもまだ日が高い、夏になりたての夜だった。
「何なの奏真、ボロ雑巾みたいになって」
「それを言うなら濡れ雑巾じゃないの」
玄関で話していると、大晴の母さんである香織ちゃんがキッチンから出てきた。
「あれ奏真じゃん、久しぶり。何そのしみったれた顔。だっさ!」
デニムに白いTシャツが似合う香織ちゃんは、サバサバした物言いをする。
「香織ちゃん、相変わらずだね」
「夕飯、食べてく?大晴の部屋に運んであげるよ」
「ありがとう香織ちゃん。母さんに伝えとく」
「1食5千円ね」
「高っ!」
「なるほどね。お前やっと気づいたの」
大晴に一部始終を話すと、とうの昔に知っている話を聞いたような反応をされた。
「待てよ。これが本当に、その、恋ってやつなの?何かの病気じゃないのか?俺、苦しいんだけど。こんな苦しい想いを、みんなしているなんて信じられない」
大晴は呆れた顔をしながら冷奴を口に運び、箸で俺を指して偉そうに言った。
「お前、漫画の主人公みたいに鈍感な奴だな。じゃあ俺様が症状を聞いてやろう。一つ。翠を見ると心臓が騒ぐ。イエスかノーか」
「イエス」
「一つ。翠と他の男が話しているのを見ると、そいつを殴りたくなる」
「イエス」
「一つ。気づくと翠のことを考えている」
「イエス」
「一つ。翠とあれとかこれとかしたくなる」
「あれとかこれって何だよ」
「言わなきゃ分かんねえのかよ。キスしたり、服を脱がせて、いろいろ」
「......ちょっと待て。想像したら、俺ちょっと、ヤバい」
俺は思わず箸を置き、行儀悪く肘をテーブルについて片手で額を押さえた。
「オモロイな奏真、間違いなくそれは恋だ」
「嘘だろ」
頭をかかえて打ち消すように、この幼馴染に伝える。
「大晴、大晴も杏に対して、こんなに苦しいの」
「そうだよ。だけど俺は杏と心が通じてるから、同時にとても幸せだ」
「嘘だろ。苦しくて幸せって、何だよ」
下を向いたまま呟く。
「それが恋だ。お前さ、誰よりも早く恋人が出来た割に、そういうところ誰よりも遅いのな」
「どうしたらいいんだ」
「バカじゃねぇの。さっさと告れ」
大晴はそう言って大口で豚カツに食らいついた。香織ちゃんの作った夕食は、母さんの味と違ってまた美味しい。俺たちは暫く食事に集中した。
「大晴、断られたらどうする」
「そんときはそんときだろ。何も動いてねえのに、そんなこと言うな。翠は人気あんだから、ぐずぐずしてると他の奴に取られちまうぞ」
「翠って人気あんの」
中学の頃までは誰にも言われなかったのに、高校生になってからこの話ばかり聞く。
「知らねえのかよ。俺の学年でも可愛いって言ってる奴、何人かいるぞ。今までだって何人も振ってんだろ、翠」
「......クラスの奴も言ってたけど、杏じゃなくて?」
「お前本当、何も知らねえのな。箏とバスケと勉強ばかりやりすぎだ。杏は綺麗だけど、翠は可愛いだろ」
大晴はデザートのさくらんぼを口に放り込んだ。
「告るって、どうしたらいいんだ。花でも持って行くのか」
「バカじゃねえのお前。要はハートだろ。さっさと行け」
「ちょっと待て。今行くのか」
「思い立ったが先日って、知らねえの」
「それを言うなら吉日じゃないの。大晴、成績良いのにさっきから間違いすぎ」
「どうでもいいだろ。もう飯食い終わるんだろ。さっさと電話しろ」
翠は門の前にデニムのジーンズと水色のチュニックでやって来た。普段はスカートのことが多いから、こんなラフな姿は新鮮で目がチカチカする。半袖から露わにされた細い腕が、やけに艶かしい。
「ごめん、急に呼び出して」
「別にいいけど、どうしたの」
「ん、ちょっと。あのさ、翠......ご飯食べた?」
情けないな俺は、本題をつい避けてしまう。
「うん。......奏真、病気?顔赤くない?」
「違うんだ。翠。俺。あのさ、えっと、翠、付き合ってる人いるの」
「え?いないけど」
翠は本題が見えずに困った顔で答えた。
「片岡とか」
「片岡くんは友達だよ。私のこと犬だと思ってるみたい」
「犬?そっか。あのさ、翠」
「本当に、どうしたの」
「俺、翠に嫌なことたくさんしたけど、翠。良かったら付き合って」
俺が勇気を振り絞って伝えた言葉を、翠は少し考えたような顔をして、それから不思議そうに尋ねた。
「......こんな遅くにどこまで行くの」
「何このお約束。違うんだ、俺」
翠は訝しげな眼で俺を見ている。夜に呼び出しておいて、まるで俺は不審者だ。ああもう、どうにでもなれ。
「翠が好きなんだ。俺の恋人になって欲しい」
翠は大きな眼を丸くして暫く絶句し、パクパクと音にならないまま口を開いて、それからようやく声を出した。
「は?......嘘」
「嘘でこんなこと言わないよ」
「......私、私、胸ないけど!」
興奮した翠は、おかしなことを口走る。
「何でそこ?」
「だって、だって奏真の恋人はみんな、胸がじゃーん!って大きい人ばかりだったから!」
「......そうだっけ。別にそれで選んでないよ」
翠は俺の言ったことが信じられないようで、まだ口をパクパクさせ、あちこちを見回してから西洋人みたいに大きな手振りをして言った。
「......私のお父さん、怖いけど!」
「普通、こんなすぐ聞くとこ?それ」
「だって奏真、狙われてるじゃん!」
「そうだけど」
翠の興奮は収まらず、捕まった魚みたいにバタバタしている。
「翠」
俺は翠の肩に手を置き、眼を見つめて言った。緊張して声がかすれてしまう。
「俺じゃダメ?」
身動きが出来なくなった翠は、観念したように上目遣いで俺の眼を見た。
「ダメじゃないよ、ただ、信じられなくて」
「それって、OKってこと?」
心臓がうるさいくらいに鳴っている。1秒が、やけに長く感じた後、ようやく翠が口を開いた。
「はい。私も、奏真のことずっと好きだった」
耳が、この声を、このセリフを、一生忘れないだろう。下を向いてしまった翠が可愛くて、愛おしくて、確認するように言った。
「本当」
「うん」
俺は翠を抱きしめた。こんな奇跡があるんだろうか。翠が俺を好きでいてくれるなんて。苦しくて幸せって、こういうことか。
「良かった、翠。好きだよ。病気になったと思うくらい、好きなんだ」
「うん、私も。奏真が好き」
俺は抱きしめた手に力を入れ、その手を翠の髪にやって撫ぜながら言った。
「翠。キスしていい?」
「あ、ちょっと、待って奏真」
「嫌だ。俺、ずっと待ったんだ。もう待てない」
こんな時に恥ずかしがらないで欲しい。本当に翠は可愛い。
「そうじゃなくて、奏真!」
急に俺の首に後ろから太い腕が巻きついた。
「こんな夜に俺の可愛い娘を外に出して、何をしようとしてるのかな、山田ジュニア。どうやら感想文が書き足りなかったようだな」
「こ、晃輝先生!何で足音しないんですか!」
「片岡!」
次の日の朝、登校したら下駄箱に片岡がいるのを見つけて呼びかけた。
「上手く行った?」
片岡は上履きを履くのに集中しながら、和かに俺に問いかける。
「お前のお陰だよ、ありがとう本当に」
「.......良かったじゃん」
下駄箱に靴を仕舞い込み、穏やかな姿勢を崩さないまま、片岡は俺を見ないで言った。
「片岡......お前」
「何」
「いや......。いい奴だな」
「今更分かったか」
「うん、それでさ」
「何」
「成功報酬、どうしたらいい?俺、契約書とか持ってないんだけど」
そこで初めて俺に眼を合わせて、まるで見たことのない爬虫類に遭遇したような顔で言った。
「......ねえ、川崎流の奴らってさ、どうなっちゃってんのほんと」
続きはこちら。
前回のお話はこちら。
第1話はこちら。
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