3年間の不登校を抜け出した方法①
約3年間の不登校、登校渋りを克服した長女の話。
長女が、不登校にどっぷりつかっている時は、
「これから、どうなるんだ?」
「いつ、少しは、学校に行けるようになるんだ?」
見えないゴールに、目の前が真っ暗でした。
そんな、長女が不登校を抜け出せたロードマップをご紹介します。
今、悩まれている方のお力添えになれたら幸いです。
(私は、専業主婦なので、働かれている方には参考にならないかもしれません)
不登校中の私
はっきり言って、長女が不登校になって最初の1年は、毎日、イライラ&長女へ八つ当たり。
そんな暴言言っちゃうの???と通報レベルのことも長女には、
面と向かって言っていました。
これは、私にとって一生の償いです。
徐々に、カウンセリングや外部の力を借りるようになってから、
私の視野が広くなりました。
そこからは、「自分のイライラを抑えよう」と意識をかえることに
集中しました。
様子を見る
1番大変でした。これを乗り越える忍耐を私がつけるまでは。
だって、私は、専業主婦なので、常に娘と一緒。
逐一、長女の行動が気になって仕方がない。
起きない、パジャマから着替えない、顔洗わない、歯磨きしない、
だらだらする、髪ももじゃもじゃ、お風呂入らない。
当時長女2年生だったので長い留守は心配だったので、洗濯物干す時や、1時間ほどの買い物以外は、常に寝るまで一緒でした。
おまけに、朝が起きるのが遅かったので、寝るのも深夜0時を過ぎるときも当たり前で…
イライラしすぎて、精神的に疲れて果てていた私には、毎日、夜更かしはつらすぎでした。
夜更かしするから、余計に、次の日もイライラと、悪循環だらけ。
長女用の部屋はあるのですが、一人が嫌だったようで、長女は常にリビングにいました。なので、常に長女が視界に入る状態だったので、気にしないことがとてつもなく大変でした。
でも、そこで思ったんです。
「長女に合わせるから、つらいんだ」と。
少しずつでいいから、自分の時間を使おうと意識をシフトしていきました。
自分の時間を使う
長女を大人扱いして、次の3つを伝えました。
・私の体力が続かないコト
・寝不足で、イライラしてしまうコト
・夜10時までは一緒にいる
当時、長女は、母子分離不安。
寝るまで一緒にいてと、毎日言われていました。
それでも、自分の精神状態を保つためと
長女への悪影響を減らすために、
伝え、実行しました。
私の行動の変化
長女の様子を見るようになって、最初は慣れずに私が、
爆発することもありましたが、
不思議なことに、口出ししないと、長女が自発的に動けるように
なっていきました。
それまでは、だらだらな行動で、ダメだしが多かった会話が、
出来たことを褒めることもできるようになっていき、
少しずつ会話も増加。
ダメだしばかりしていた私は、
毎日、一緒なので会話のネタが無く、何を話せばいいんだろう?と
悩んでいた時期もありました。
でも、今なら、話が無いなら無理して話さなくても、
ただ「そばで、親が好きなことをしている」だけで良かったと、
はっきり言えます。
長女の行動の変化
長女の行動の変化は、大きく5つです。
パジャマでごろごろ、じっとする ⇒パジャマでうろうろ
パジャマで1日を過ごす⇒毎日同じ服だったが着替える(毎日洗濯)
昼近くに起床⇒朝ご飯の時間には起きれるようになり、同じメニ ュー(パン+市販のスープ)を食べるように
多趣味だったが一切しない⇒お絵描きを始めた
ずっとリビング⇒自室でゆっくりすごせる(親から離れられるようになった)
私が一番良かったと思ったのは、朝起きれるようになったことと、
長女が自分の部屋で過ごせるようになったことです。
長女が自分の部屋で過ごしている間、私が1人でリビングでくつろげるように。
長女のことを考えなくていい時間を持てるようになったのは、
本当に大きいことでした。
余裕が大事
私と長女、お互いに心に余裕ができたことで、家の中にあった
「気まずい雰囲気」がグッと減りました。
私は、以前、「長女がいるから、好きなことができない」と
長女のせいにしていました。
そして、八つ当たりも。
長女が家にいてもいなくても、私の考え方を変えればよかったんだと
気づかされました。
そして、長女が家にいるなら、一緒にテレビ見たりするだけも、構わないと。
結局、私は、長女が不登校になって自分と長女を籠の鳥に押し込んでいたと気づかされました。
次回の話は、長女が少しずつ外出できるようになった話です。
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