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戸口に立ってる雪女はジーンズ姿でハローと言った。

 玄関ドアを開けたら雪女が立ってた。彼女はジーンズ姿でTシャツを着てた。
 雪女って、真夏はまるで怖くない。なんかちょっと弱々しいし、目にも力がない。
 とりあえず上がってもらって、冷たいカルピス作ってあげたら、「おいしい」って笑う。
 「このところ酷暑でしょ」氷を噛み砕きながら彼女が言う。「夏を乗り切るだけで精一杯になっちゃって、冬もおとなしくしてんのよ」 
 そういや最近音沙汰ないなと思ってた、とワタシが言うと、「まあ、冬山登山客くらいかな。あたしもあんまり派手なことしたくないし」
 生活は大丈夫なの、とおせっかいながら聞いてみる。「最近はね、国から助成金が出るの。まああたしたちみたいなのは、お金があっても宝の持ち腐れなんだけど。でも、あればあったでこうして山を下りて新幹線乗って、あなたに会いにもこれるしね」新幹線乗るんだ。「乗るよ。あれ、結構快適ね。仲間で、ハマっちゃって鉄ちゃんになっちゃったヤツもいる」へえ。雪女の世界も色々変化してるんだ。
「そいつは雪男だけどね。スマホで旅日記アップしたりしてるみたい」えっ!雪男がSNSを!?
「今はね、情報公開の時代だからって、公開アカウント立ち上げる話まであんのよ」雪女ドットコム。「そうそう。ツイートで雪山なう。とかやろうって」今はXだよ。それにしてもすごいね。なんか神秘性がなくなるなあ。「そんなもん、とっくにナイわよ。国から助成金出るのだって、雪山の天候の詳細を気象庁と連携して情報共有したい、ってことなんだから」
 へえ、人間界に寄与してるじゃん。どしたん、変わったね。昔は遭難した人間をとり殺してたんじゃ…「人聞き悪いわねー。違うわよ、あたしたちはとり殺してなんかいない。冬山で出会う遭難者は吹雪の中で凍えちゃって、もう助からないの。あたしたちはそんな人たちに、最後に夢を見せてあげるの。あたしたちを見て、母親だと思う人もいれば、彼女や妻、娘を見る人もいる。その人がいちばん会いたい人になるの」そうなんだ。なんかいい話に思えてきたわ。
「あたしたちだって、その人の残り少ないエナジーを頂くわけだから、対価は必要でしょ。」はあ、なるほどねえ。取り引きなんだ。
「当たり前でしょ。生きてるんだから。あたしだって」そうだよねー。生きて関わるは命懸け、命のやりとりをしてるんだよね。
「そうよー忘れがちだけどね。相手がこっちに向かってくるのはあたしの命を欲してる。あたしも相手の命を奪いにいく。そこからなのよ、関係は」愛は惜しみなく奪う。愛は甘くない。だけど愛を与えることもできる。
「相手もあたしもマジになって、本気でお互いを求めあうことよね。奪い合うことよね。」
 うーん、深いなあ!雪女。今夜はあんたが持ってきてくれた越後鶴亀で、夜通し語り合おうじゃないの!「のぞむところよ」🍶






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