パパのオレ、オレになる?! 第16話
第16話 着岸
式場のロビーで、もうすぐ着くという拓海を待っていると、「よお!」とこう声が聞こえた。拓海だ。「おー!」と挨拶をした。拓海は、胸に白いポケットチーフを差して、少し光沢のある細身のスーツを着こなし、洗練された感じでいつもの男前がさらに際立って見える。
「あと15分くらいか?」
「そうだな。」
「他の奴らはまだ?」
「まだ見てない。」
「あいつら遅くない?」
「まあ、いつものことだろ。」
俺は、他の奴らが来る前に、拓海にあの時のことを聞いてみようと思った。
「そうそう、実は俺さ、仕事辞めたんだよ。」
「まじで?!いつ?この間飲んだ時は全然だったよな?」
「そうなんだよ。スピード退職。」
「今どうしてるの?」
「求職中。」
「お前、すごいな。子供いるんだろ?」
「まあな。」
「いやまあ、なんかあったんだろうけど、驚いたわ。」
「そうだろ、俺も驚いてる。それでさ、あの時、俺に昇進したいんだろって言ったの覚えてる?」
拓海は少し右上に視線を動かしながら、「あー、言ったかも。」また少しどこかを見つめて、「言ったわ言った!」と答えた。
「そう言った理由って覚えてる?」
「そう言った理由?」と言って拓海は腕組みをし、足を広げて仁王立ち状態になって考え始めた。昔から拓海はわりと物事をはっきりさせたいタイプで、物もはっきり言うし、今みたいに「分からないこと」が気持ち悪いらしく、必死に考える癖がある。そして、そのモードに入ってしまったら長くなる。
自分で拓海に聞いたもののだんだんと、結婚式場のロビーで仁王立ちで必死に悩んでいるイケメンと周囲の雰囲気とのギャップが、おかしく思えてきた。
すると、「よお!」と大学時代の研究室が同じだった広瀬が来た。俺も「よお!」と挨拶を返したが、広瀬は俺のことはさほど気にせず、遠くから仁王立ちの拓海を見ていたようで、「拓海、何やってんの?」と言った。
すると、そのタイミングで拓海はやっと答えが出たらしく、「お前、言葉では今が一番いい、みたいなこと言って物わかりのいい大人ぶってたけど、自分への言い訳のためにそれを並べてたって感じがしたんだよな。」と言った。
見抜かれてたのか、と思うと同時に、ちょうどそのタイミングで、学部時代からよく絡んでいた祐二も合流した。時間も近づいてきたし、これ以上この話を続ける感じでもなくなった俺たちは、「そろそろ行くか」と、チャペルに向かった。
新郎新婦の入場から、誓いのキス、讃美歌と退場まで、挙式はつつがなく執り行われた。
それから俺たちは4人で披露宴会場に入り、席次を見て祐二、拓海、俺、広瀬で一つのテーブルに座った。真柴から事前に本当に仲のいい人しか呼ばないと聞いてはいたが、誰もが和気あいあいと話すような雰囲気のアットホームな空間だった。
「へー、起業したの!すごいな!」
俺が広瀬の子どもの写真を見せられている間に、隣から少しボリュームの大きくなった拓海の声が聴こえてきた。その声に、俺と広瀬も拓海と祐二の会話に合流する。
「いや、そんなんじゃないよ。俺一人でやってるし。」と、祐二が答える。
「あれ?GWに集まった時そんなこと言ってたっけ?」広瀬が会話に参加する。
「俺、参加してないんだよGWの会。その頃、記憶がないくらい大変な時期で。」
起業ってそんなに大変なんだ、と思っていると、広瀬がさらに質問を重ねた。「で、何やってるの?」
「主に父親と子ども向けの、親子留学みたいなやつ。」
それを聞いて、俺は固まった。
「へ~。普通の留学と違うの?」広瀬が畳みかける。
「会社を辞めた人がさ、次の転職までに親子で旅に出ちゃおうぜってやつ。」祐二が答える。
「へえ~。」と拓海と祐二が声をそろえる。
俺の中の時が止まった。
「たとえばどんな感じよ。」広瀬がぐいぐい攻める。
「次の会社が始まるまでの2週間を、父親が子どもと二人で田舎にホームステイして、農作業を手伝うとか。子どもはその期間だけ森のようちえんに受け入れてもらって、親は瞑想するとか。プランによっていろいろだけどな。」
聞けば聞くほど鳥肌が立ってきた。
「それ、需要あるの?」
完全に広瀬がインタビュアーと化している。
「それが意外とあるんだよ。結構ロマンがあるというか、冒険心を満たせるというか、そういうところがいいっぽい。それに、こういうタイミングじゃないと長期間子どもと旅行とか出来ないじゃん?あと、やってみて分かったんだけど、結構奥さんにも評判いいんだよね。奥さんが家に残って、一人で羽を伸ばすのにもいいらしくてさ。」
俺の思い描いていた通りの世界がそこに広がっていて、驚きすぎて俺はもう頭の中が真っ白になっている。
「いいねそれ!俺も行きたくなってきたわ。」ノリノリの広瀬に対して、今度は拓海が冷静に「それ、儲かるの?」と尋ねた。
「それが、やってみると意外といけててさ。主に、プランニングとか斡旋だから、箱代がいらないのがデカいけどな。」
「なるほどね。」拓海が納得する。
「おかげさまで事業拡大したいんだけど、俺一人ではもう手いっぱいでさ。誰かいたら紹介してくれよな。」祐二が言うと、すかさず拓海が言った。
「仕事内容は?」
「お客さんの希望を聞いてプランの組み立て。現地との調整、新しい現地サービスを見つけてきてコネクションをつくるとか。まあでも、結構信念持ってやってるから、実際はそれに合う人が欲しい。」
「信念ってなんだよ。」再び拓海が祐二に聞く。
「一言でいえば、自分とのつながりを持てる旅にするってこと。大人も子供も関係なく、社会的にアリとかナシとかじゃなく、その人が童心に帰れるというか、少なくともその時間は他のことを何も考えずに目の前の新しい体験をしながらイキイキとすごせるとか、まあその辺はサイトに詳しく書いてある。」と、祐二が答えた。
「ふーん。なるほどね。俺、はまりそうなやつ紹介できるぜ。」
「さすが拓海!まじで頼むわ!」
祐二の返事を聞いた拓海が俺を見て「何か言えよ。」と言ってきた。
正直なところ俺はもう、目の前で起こっていることに対して頭の中で追いつくだけで精一杯だった。
「え?篤人?」と祐二が、拓海と俺の顔を交互に見て、拓海に問いかける。
「まじで篤人だったら最高だけど、篤人仕事は?」祐二が聞いた。
そして俺は、この半年のことを話し始めた。