ポーランド口承文学 ~『死神』と代母 A-②~
ちなみに、この話は1967年にポーランドの東部で採収されたものです。ということで、原本では代母はKuma (クマ)と呼ばれていますが、現在私が住んでいる地域はドイツ、、、というかハプスブルグですかね?の影響を受けている地域で、この言葉を一度も耳にしたことがありません。旦那さんも「あ~、聞いたことあるけど、東の言葉だよね、それ」と。
ここではゴッド・マザーのポーランド語版、Matka chrzestna(マトカ フジェストゥナ)が一般です。
それでは 第2部の はじまり はじまり~
その子供は大きくなった。『死神』は幾度となくその子供と会い、あれや、これやといろいろ話すこともあったのさ。
「うむ、、、お前はとても働き者なのに、箒をつくるだけの仕事とは、なんとももったいないな。もうお前さんにも子供がいるんだろう。もう少し金持ちになってもいいぐらいだ」
「そうだねぇ、どうしたらいいんだろうね」
「いいかい、よく聞くんだ。お前は医者になって、人々を治すんだよ」
「う~ん、いいけど、できるかな」
「大丈夫だ。必ずいい医者になる。ただ、今から言うことをよく聞くんだ。草原で、いろんな薬草や、役に立ちそうなものを集めるんだ。それを燻して、乾燥させて粉にして飲み物に混ぜ、病人に飲ませるんだよ。こうやって治すのさ。
ただ病人を診るとき、あたしが病人の頭に座っていたら、だめだ。薬も何も効かんよ。どんな医者だって治せないさ。もう死が決まっているんだからね。病人は死ぬだけだ。
その代わり、あたしが足元に座っていたら、病人がどれだけ死にそうに見えても、他の医者がさじを投げててもお前が治すんだ。病人に効きそうな薬草を、ジュニパー(セイヨウネズ)でも樫の木でも、なんでもいいから薬として渡すんだよ。役に立ちそうな薬草はとにかく持っておくんだ。腕のいい医者になるさ」
息子は『死神』に言われた通りに準備をしたのさ。
ある日隣人が病気だという話を耳にしたんだ。それも、町の医者がやってきて診たというんだが、治らなかったんだそうだ。
「それなら、自分がいこう」
息子は隣人を訪ねた。
「奥さん、ご主人の様子はどうだい?」
「よくないね、病気だよ。医者が死んじまうって脅かすんだ。この病は治らないって」
息子は『死神』が足元に座っているのを目にした。
「大丈夫だよ。その医者は脅かしただけだ。ご主人は病気が治ってまた健康になるさ。この薬草がいいかな」
息子は藁のようなものを細かく粉にして、乳脂肪か何かで混ぜたものを病人に塗り込んでやったのさ。
この隣人は数日後、元気になった。
別の隣人が病気になった。
「おい、聞いた話だがよ、あのグジェラックのことだよ。なんでも医者がもう駄目だといったのに、あの若いのが治したって」
「その男を呼んでくれ」
息子はやってきた。
『死神』は頭に座っていたんだ。
「言いにくいんだがさ、もって3日だ」
その隣人は本当に3日後に亡くなった。
この息子の噂は広がり、あちこちからお呼びがかかったのさ。そして誰が健康になるか、誰が死ぬかを言い当てたんだよ。
こうやって立派な医者になり、大きな家を建てて豪華な家具も買いそろえ、富も蓄えたんだ。
最後に『死神』はこの息子の所にやってきた。
彼の番だったのさ。
息子はこんなに信頼して、お互い仲良く暮らしてきたのに、なんでそんなことができるんだ、と言い募った。
「こればかりは見逃せないんだ。ちょっと来てごらん、見せたいものがある。あたしの部屋にどれだけ蝋燭に火がついているのか見てみるがいい」と死神が言った。
「病にかかっている者の蝋燭は燃え尽きるんだ。そして一つ燃え尽きたら、別の長い蝋燭が現れるのさ」
「自分の蝋燭はどれなんだい」と息子が聞くと
「お前さんのは、ほれ、あれだ」
「じゃぁ、その短いやつをとって、長い蝋燭を立ててくれよ。もうすぐ燃え尽きてしまう」
「だめだ。あたしゃ誤魔化すことなどしないのさ、お前さんと一緒でな。燃え尽きてるのはお前さんの蝋燭なんだよ。時間切れだ」
こうやって、息子は死ぬしかなかったんだ。
『死神』は残り、今日もあちこち歩き回って、蝋燭に火をつけているよ。
おしまい
ジュニパーは体を温める作用と抗感染作用があるとかで、今でもこの地域よく聞く薬草の一つですね。
樫の木の皮にも実際に抗菌作用や利尿効果があるのですが、スラブ人は樫の木を神々しくあがめていましたので薬などにも利用されていました。キリスト教が入ってくる前のこの地域の樫の木信仰は結構強いものがあります。
ちなみに今現在、ポーランドでは若い人の間でも薬より薬草、という人が結構います。ま、体のメンテナンスを怠らないという点ではよいのですが、個人的には理由の一つが薬が結構高いってことなんじゃないかと、ひそかに思ってたりするのですがね。