小淵山観音院の円空仏祭、宝珠花神社・水角神社の富士塚(埼玉県春日部市)【補遺】
前回【後編】からの続き。
今回最後の紹介となるスポットは、水角神社。
江戸川沿いで千葉県に隣接した庄和町から、4号バイパスで東京方面に引き返した先にある。
このエリアまで来ると、さきほどからハナコが言う通り「田舎っていうよりは殺伐として、なにもないっていうか荒涼とした……まさに荒野」という風景になってくる。悔しくもあるが、それは事実。そして荒野地帯に入ってきたということはつまり、我が地元が近づいてきたのだ。
我が故郷は、荒野行動もしくはPUBGの世界なりき
春日部もなかなか広い。同じ市内といっても、例えば宿場町の面影が微かに残る一角、またはガラの悪く薄汚れた駅裏の飲み屋街、野原一家の住む新興住宅地、それから円空仏のあった観音院の辺り、宝珠花神社のある千葉県との県境の田園風景、それぞれ雰囲気が違う。そして私の地元は、関東平野のどこまでも平坦な荒野のなかでも、とくに荒涼とした地域なのである。
例えばスマホゲームの『荒野行動』もしくは『PUBG』の舞台となるフィールドをイメージして欲しい。あんな感じの殺伐さが漂っている。荒野でエンカウントするのは基本的には敵。行きずりの味方から後ろから撃たれても仕方がない。泣くことも許されぬ。ここは荒野なのだから。バトルロイヤル。万人の万人対する戦い。それはリヴァイアサン。なんて言いたくなるのは、やはり私が地元に対して複雑なマイルドヤンキー気分を抱いているからだろう。
(ちなみに写真はPUBG。画像を撮るためにプレイした。なんと勝ってしまった。夕飯はドン勝だ!!)
そして不穏な迷い道
さて目的地である水角神社。4号バイパスのすぐ横にあるとナビは指し示し、その誘導に従おうとはするのだが容易には辿り着けない。まず曲がりづらい反対車線側でバイパスを逸れて大きく迂回、それから一方通行。ぐるぐると遠回りさせられた挙げ句、どうやら道に迷ってしまった。
郊外らしい農道や川の支流の合間、車幅ギリギリの道をしばらくずっと走らされていた。「普段こんな迷うことないよ。磁場とか狂ってるんじゃないの?」なんてハナコが不吉なことを言う。そういえば、この写真の淵などもそうだが雰囲気がどんよりしている。そろそろ日も暮れようという時刻だからか。なんとなく不安な気分にさせられる。
この辺には少年時代、自転車で何度か遠征してきた。たしか郷土史家とも来たことがあったはずだ。あの頃もよく道に迷った。それで冒険や探検気分を味わったものだ。いまは何故か不穏な雰囲気が漂う。
なんとか辿り着いた神社の近く。犬が塀からのぞき見る。
水角神社の富士塚
というわけで水角神社に到着。ちょっと目立たない場所に隠れていた。4号バイパスの横に一本入ったところ、パチンコ屋とラーメン花月の裏手に位置している。すぐ近くまで殺伐とした郊外カルチャーが押し迫っているわけなのだが、ここにも富士塚が残っている。
神社の入り口に並ぶお地蔵様。神仏習合の名残だろうか。ハナコがモノクロで撮影。なんだかホラーぽく仕上がっている。
本殿横を奥に入ると、そこに富士塚があった。
案内によると万延元年(1860年)に築造されたものらしい。ゴツゴツとした岩肌に石碑が生えている。そこに彫られた文言から、築造・修復の年代や寄進者などが確認できる。わりと身近なこのエリアにも、このような民話的スポットが存在していた。現在でも祭典が行われているらしい。もちろん私はまったく知らなかった。
郷土史家はここでも「……これは」「しかし浅間神社がこれだとすると……」などと呟きながら、富士塚の石碑の裏側など、細かい箇所をチェックして回っている。
……どうも彼には何か目的があるようだ。例えば太古の邪神を呼び覚まそうとしてるとか。諸星大二郎のマンガに出てくる怪しい在野の学者みたいに、その行き過ぎた探求心のあまり古代呪術を復活させて……。そんな類いの、何かとんでもないことを企んでいるんじゃないだろうか。きっとそうに違いない。その妄想が段々とリアリティーを持ってきた。
伝奇的な郷土史家
そこで彼を脳内キュレーションすることにした。これは彼という人間を再定義しようという試みである。
彼は私の幼なじみだ。初めて会ったのは小学校3年生、最初の登校日だったはず。1つ前の席に座っていた彼の背中を、注意欠陥多動気味な児童だった私はいきなりバンバンと叩いた。新学期でテンションが上がっていたのかもしれない。振り向いた彼と話してみると家も近くで、その日は一緒に下校した。それから放課後もよく遊ぶようになったとメモリーされている。彼はその頃から遠慮深く大人しい性格で、いつも私ばかりが喋っていたように思う。それから中学、高校と同じところに進んで大学は別。私は文学部で主に怠惰を、彼は美大で写真を学んだ。あまり顔を合わせない時期もあったが、交流はずっと続いていた。
以上が彼との関係性だ。もう付き合いも長い。これまで一緒に遊んだ想い出も、数多くある。
……しかし本当は、彼のことをよく知らないのではないか。
よく考えてみれば、彼個人の情報があまり出てこない。幼い頃から彼は物静かで、自分のことをあまりしゃべらなかった。そういえば彼の家にも遊びに行ったことがない。たしか父親が修験道などで用いられる特殊な道具を細工する職人で、家には子供が触れては危険なものがあるとかで……いや違うな……代々一族が高野山から極秘の依頼を受け……いや、それも……。
私のなかで、彼に関する情報が不自然なくらいに不確定で、どこか不穏な雰囲気を孕んでいることに気がつかされた。
いよいよ日が落ちてきた神社の境内、100年以上前から残されている富士塚の前で、思わず私は考え込んだ。あまり考えすぎない方がいいと、脳のアラート機能が微かに鳴っている。しかし疑念は止まらない。
……いま目の前にいる彼は、一体どんな人間なのだろうか?
私の視線に気がついたのか、彼は隣にやって来て、囁くように言った。
「こういう場所には、残されてる」
「……残されてる?」
「手掛かりが色々とね。こういう古いところから、少しずつ見つかる」
だから手掛かりって、それは何の……? 釈然としない私をじっと見つめ、物静かな彼としては珍しく二の句を継ぐ。
「西行って知ってるよね。『撰集抄』にも記録があるんだけど、彼は高野山に籠もっている時期に人造人間を作ったといわれてる」
「え、人造人間?」
「その秘伝は古代中国から脈々と連なるもので、現代の日本のあらゆるところにも、その痕跡が残されてる。例えば円空仏の全国分布、いまでも残されている富士塚、古い歴史のあるものは全部、一見無関係でもリンクする。元を辿れば、それは神代より語り継がれた……」
私の幼なじみは、熱に浮かされたように語り続ける。これまで見たことのない彼の様子に、私はうろたえていた。
「ああ、西行のホムンクルス。西行の造ったのは失敗作で、結局は山奥に打ち捨てたんだったね」
富士塚の写真を撮っていたハナコが、こちらに来て話に入ってくる。
「さすがによく知ってるね。でも西行の他にも製造元は沢山あった。それに西行に捨てられた、その失敗作だって……」
「うん。生き残っていても、おかしくはないね」
私を蚊帳の外に、奇妙な方向で話が盛り上がる郷土史家とハナコ。日も暮れかけて薄暗い境内、二人の目が奇妙に赤く光っているように見えた。どうやら私は少し疲れているようだった。
それから神社の敷地に残されたこの落書きを発見。軽く笑えると同時に、ややげんなりとする。GLAY、B’zって、おい。誰がなんでこんな落書きした。好きなのか? まあ私も嫌いじゃないけど。
ロードサイド喫茶OB 憩いの一杯は、たっぷりと。
水角神社を後にして、バイパス沿いにある喫茶店OBに入った。ここは埼玉に点在するチェーン喫茶で、かなりの独自路線を貫いている。
まず飲み物のサイズがデカい。ブレンドは特大マグカップ、アイスティーやジュースは金魚鉢で出てくる。マジで。写真はアイスカフェモカ。瓶のような容器で出てきた。パフェなんか笑っちゃうくらいに巨大にそそり立っている。そんな面白ロードサイド喫茶。このエリアに来たときには立ち寄ってみるのもオススメだ。
実家のすぐ近くということもあるが、私はこのOBを大変気に入っている。建物はログハウスでかなり広い。天井も高い。席の間隔も十分に開き、一人席のキングサイズソファの座り心地がいい。そして何より放って置かれるような感じが落ち着く。私にとっては1つの理想系の喫茶店かもしれない。
(いつもの一人用ソファに座ると、この置物と対座する。このニューオリンズ的な爺さんと同じように、ダラダラと果てしなくリラックスできる)
このOBはバイパス沿いのロードサイド店舗で駐車場が広く、車で訪れる客がほとんどだ。ステーションワゴンとか軽自動車がよく停まっている。しかし基本的に自転車移動で地元の荒野に馴染めない私にも、この店は数少ない憩いの場。実家に戻ったときには、ほぼ必ず訪れる。ここで郷土史家と落ち合うことも多い。
「関東平野は将門の地だからね。少し足をのばせば、その史跡も沢山ある」
「いいね。次はそれにしようか」
ハナコと郷土史家は今回が初対面だったのだが、かなり話が合うようだ。いまも私を置いてけぼりにして歴史的、というよりは伝奇的な話題で盛り上がっている。
また、この近辺にも「一村一社運動で合祀された後で祟りをなして慌てて元の位置に戻された神社」「古代豪族の古墳と考えられる小山」など、地元の人間にも知られていない民話的スポットがまだ残されているそうだ。
そのような力場にこそ手掛かりが残されている。調査することで、また一歩それに近づける。郷土史家はまたも語った。
「……しかし最近のホムンクルスは、随分とアップデートされてるんだね。ちょっと驚いたよ」
会計前、ハナコがトイレに行っている間に、彼はさも関心した様子でそう言った。それから店を出て、OBの駐車場で解散となった。私とハナコはそのまま都内へ、彼はこの荒野のさらに奥へと帰るのだ。
郷土史家は数年前から親戚の持ち家を一軒借りて、そこをアトリエもしくは研究所のように改修して住んでいる。私も幾度か訪れたことがあるが、決して立ち入らせてもらえないゾーンがあった。「きっとあそこに幼女を監禁しているのだ」という不謹慎な噂が立った、というか私が無責任に言いふらした(誰も信じなかった)こともあるが、そういうわけでもなさそうだ。では一体そこで彼はなにをやっているのだ。その謎はいつか明かされる日が来るのだろうか。
「じゃあ、また」
伝奇なのかSFなのか設定が渾然とした余韻を残し、郷土史家は夕闇の荒野へ去った。
再び、極私的カスカベ 怨歌2018
「ほら、あのテナント、前は2階にゲームショップ、それから1階は古本屋だった。すげえ通った」
「この交差点で冬の夜、オールドスタイル暴走族と接近遭遇して」
「あそこのラーメン屋、調子こいて注文した激辛100倍を、店出た途端に吐き戻した奴がいた。かなり笑えた」
「友達の葬式の帰り、この先の公園で噴水に落ちた」
「お、このエアガンショップは榎木と来た。懐かしいなー」
「この古本屋はちょっと遠いけど品揃えが割と良くて」
すっかり夜になった帰り道の4号線、通り過ぎていく私的な想い出スポットの数々。それをいちいち彼女に説明した。その場所が近づくと勝手に溢れ出すOMOIDE IN MY HEAD。
「すごいね。この景色も、君の口から出てくるワードも『ザ郊外』って感じする」
「……いまちょっと、おれは気を悪くしたよ」
しかし殺伐としたこの風景、春日部の外れから越谷の外れの境目、典型的なベッドタウンの郊外エリア。まるで平坦な荒野のような環境で、私は生まれ育った。それに間違いはない。
「でも逆に、なにかのウリになりそうではあるね」
「ウリになるって、なんのだよ」
都内への通勤客を吸い込んでは吐き出す駅の前には、空漠としたチェーン店が連なっている。バイト代は都内より一段安い。もちろん客筋はよくない。団地、マンション、建て売り住宅、地盤沈下が激しい母校は老朽化して建て替え。駅前を離れれば泥のような川、カーディーラー、無機質な工場、合間に残った田畑の休耕。それらを突っ切る国道4号で暴走するのは同級生。そうはならずともブルース・スプリングスティーン気分は加速する思春期は暴走だ。明日なき郊外。文化もない。ただ荒涼としている。
そんな荒野が、心象深くに原風景としてインストールされている。
「この荒涼さ加減って、他所に類を見ないかも。意外に」
そう指摘されて褒められている気はあまりしない。しかし自分でも、この荒涼感だったりベッドタウンの空虚さのなかに育ったことを、一つのウリにしようという心積もりはあった。少し前に東大の院生が、北海道の釧路で生まれ育った出自から「地域による文化格差」をちょっとオーバーに書いて、それが話題になっていた。その感覚に近いようで、また少し違った思いを、我が地元に抱いている。例えば思春期の頃、自分の親や仲が良い友人達を相手に、散々喚いてきた。
「田舎なら田舎、都会なら都会。どっちかなら、どっちかなりの何かがある。ここには何もない」
「ある意味で『トレスポ』のエディンバラだ。ロンドンは東京で、ここはエディンバラ。必然的に若者はねじ曲がる」
それらの主張は時折は通じたような、しかし大抵「はいはい、そうね」と流された。この街の多くの世帯は、交通や家賃、地価などの利便性から移住してきたのだ。私の家もそうだ。暮らしやすい環境ではあるのかもしれない。でもなにもない。出て行きたい奴は出て行く。私もそうした。……ああカラオケで浜田省吾が歌いたくなってきた。ほら『MONEY』とか。世代も世界観もちょっと違うけどな。
「……ほんとうは、あるんだよね。荒野なら荒野なりに、文化も歴史だってある。でもそれに気がつかないというか、ほとんど顧みられない。下手をしたら打ち捨てられてる。それで不必要なくらいにマンションだったりチェーン店の看板ばかりが道の脇に生えてきて、さらに風景が荒んでいく」
たしかに文化はある。チェーン店だって、ヤンキーだってロードサイドの文化として成立する。そういう箱のなかに、自分が好きなものも幾つかはある。それを否定したりはしない。
そして私の地元にだって、よく探せば古い神社や寺はある。幼なじみの郷土史家は、それを知っていた。例えば今回巡ってきたスポットには、間違いなく歴史的な文化を感じた。
歴史的文化や民話的スポットが、この荒野にも点在する。
当たり前のことだ。
ただそれは、むかしの自分には見えにくかった。例えば中学に上がると急にヤンキーぶって「そんな不良のおれイケてる」という何の根拠もないマウンティングに精を出し始める類型的な同級生や、シンナーで歯が溶けた強面の先輩(80年代の話ではありませんぞ)への侮蔑や何かに目がくらんでいたのかもしれない。
まるで類型的で、テンプレートのように見える風景や物事、人々の振るまいが、その頃の自分にはすべて気に食わなかった。それから家の出自や生まれ育った土地に、明確な歴史だったり意味が、すなわち物語が伴わないことに大きな不満と不安があった。ベッドタウンで生まれ育つというのは、そういうことだ。そこに劣等感があった。
ところが、そんな煩悶を微塵も感じさせず、ただその環境を享受して、せいぜい楽しもうというテンプレ(のようにしか見えなかった)タイプの人間が周囲には多くいる。どうしたって彼らとは話が合わなくなる。だから常に苛立っていた。
つまり私はそうやって思春期に自意識を持て余す中産階級のテンプレという沼や荒野に、自らはまり込んでいったわけだ。それがいまでもバッチリ尾を引いている。
このカスカベという街に生まれ育った私は、そうやって文化や歴史というものに飢えていたのだ。本当は色々、ここにだってあったのに。(大塚家具だってあるわけだし)
まあ同じ市内でも、うちの地元の景色は特別に荒涼としている。これはいかんともしがたい事実ですけれどもね。
ところで、この街のアイコンである野原しんのすけ。彼もリアルタイムで生きていれば、私と同じか少し上くらいの年齢だ。ミラクル天才児であった彼だって、いずれかのテンプレにカテゴライズされる苦悩の荒野を歩んでいたかもしれない。それがカスカベで生きる若者の宿命なのだから。
今回のまとめ
さて、俳優のARATAは『日曜美術館』が終わり、それでも相変わらず円空を求め全国を彷徨っているかもしれない。小淵山観音院なんかは、すでにもう訪れている恐れがある。そして文化や史跡を愛する彼のことだから、富士講にも興味を持っているに違いない。
つまり何が言いたいのか。
それは、今回我々が訪れたようなスポット、このカスカベの地で、いつかあなたも「文化の申し子」ARATA改め井浦新に出くわす可能性が十分にある。そういうことである。
でもよく見ると、それはARATAの物真似をしている私かもしれない。そういうことなのだよ。
我ながら、よく分からないまとめ方になってきている。疲れてきた。
そして、ブレードランナー 2018(ファイナル・カット)
「お、またブックオフ。あそこの100円コーナーで、初めてフィリップ・K・ディック買ったんだ。あとラブクラフト。どっちも創元文庫だったな」
帰りの車は、すでに私の地元エリアから離れつつあった。しかしこの大型古本チェーン辺りまでは、まだまだ私のシマだったのだ。中学生の頃から、チャリで来た。あらゆる古本屋で面白そうな文庫本を買い漁り、映画のビデオやDVDを片っ端からレンタルした。100円コーナーで発掘したそれら「文化の結晶」は私の血となり肉となっている。教養文化が全体的に希薄なこの土地で、まるで砂金粒を探すように私は私を面白くアップデートしてくれるものを拾い集めてきたのだ。いまでもその集積が実家の部屋に積み重なって、雪崩を起こしている。
「……まあ君も、この環境に生まれ育って、よく私の存在まで辿り着けたね。褒めてあげてもいいよ」
悠久の時を超えてきたらしい世田谷レプリカントが言い放った。彼女はいつも度を超えた上から目線だ。私はそれを高天原目線と呼んでいる。
しかし本当に偉いのは私ではないか。そうやって、ここまで成り上がってきたのだ。世間的には格別にBIGにもYAZAWAにもなっていないから、ハウトゥー自伝など書けないが。
「あの郷土史家の友達も、なかなか面白かったね」
一見して彼女は愛想も人当たりも良いのだが、ときとして(それは基本的に私にしか見せない表情なのかもしれないが)とんでもなく尊大に聞こえる物言いをする。それは彼女の生まれや育った環境に関係しているのだろう。
「でもあの人、ホムンクルスだよね。かなり古いタイプの人造人間」
昼間からずっと運転しっぱなしだったハナコは、さすがに疲れているようだった。早く帰って休ませてやりたい。
「自分で少しずつ改修して生き残ってきたのかな。それで同類とか製造元を探してるんだろうなあ。私、すぐ分かったよ」
よく見ると細かいところの制御も乱れてきた様子だ。音声と口の動きに、ほんの少しズレが生じている。表情筋の使い方もぎこちない。まっすぐ前方を見つめる彼女の目の奥が、微かに赤く発光している。
「最近のホムンクルスは、随分とアップデートされてる」
さっきの郷土史家の言葉を思い出していた。もう間もなく都内に入る。さすがに運転機能に支障は出ないだろうが、やはり早く休ませてやりたい。念のためにソフトウェアのアップデートも確認した方が良さそうだ。
「君だって疲れてるんじゃない。……目が赤くなってるよ」
頭部を90度傾けて私を見て、ハナコが言った。
了
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