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2013年9月 東北ドライブ旅行【1】

五年前、東北を男二人、車で旅行したときの記録。以前ブログに載せていたものを加筆修正。しかし基本的な内容は直していない。もともと旅行中のメモを元に構成したものだった。当時訪れた福島県の各地、気仙沼など、震災の痕跡がはっきり残っていたことが思い出される。
また当然のことながら、五年前の私は五年分若かった。同行した地元の友人をハゲだホモだと全編にわたり罵っているので、それを不快に思う方はごめんなさい。おふざけ文章です。しかし奴も結婚して、いまでは子供がいるらしい。希望の持てる話である。毛髪の過疎はさらに進んでいても。私はまだハゲてはいないが、順調に太ってきた。やるせない。

【一日目】 福島県の土湯温泉

思いつきでいきなり福島にいる。ちゃらんぽらん生活の勝利。夏期の観光シーズンも落ちついた平日、高速も空いていた。
観光案内所で問い合わせ、飛び込みの温泉宿。素泊まり利用だけど、部屋の設備や応対やらなにから、凄くちゃんとしてる。そして温泉が最高だった。なんでもメタケイ酸というやつが豊富な泉質らしい。

土湯温泉、とてもイイね!

ところが一緒にいるのは、むさい男。これが残念。とは言え、おれ自身も充分むさいのかもしれない。おれ達二人、どうもホモっとしたカップルに見られてる気がする。意識し過ぎかもしれないが、ここに至るまで立ち寄った高速のパーキングや道の駅で、そんな視線を感じた。いたたまれぬ。

でも気にしないもんね。

湯上がりのビールを部屋で飲み、浴衣で外出。ラーメン屋で鉄板餃子、そこでまたビールを飲んで、宿に帰ってきたところだ。今度は持参したウィスキーを飲みはじめた。すっかりご機嫌だ。きっと我々はもうすぐ酔いつぶれて寝てしまう。まあ酔ったら大概どうでもよくなるものですよ。

差し向かいで飲んでいるのは、地元の友達。遅い夏休みを取った彼の旅行に、おれが便乗した形だった。

「一緒に連れて行け。きっと役に立つぞ」

そうやって駅前の居酒屋で言いくるめた翌日、つまり本日の昼過ぎ、おれは達は車に乗り込んで地元を出発した。
行き先は、ざっくりと東北。おれが提案した。「いいんじゃね。それで」と彼は気軽に賛成した。

彼にはもう長い間、彼女がいなかった。おれもいない。だから休暇とエネルギーを持て余していた。そんなわけでアラサー男二人の東北旅行となったのだった。

……そして、これはとても重要な情報だから、ここでまず言っておく。

彼はハゲている。(ボールドをつけて強調した)

(土湯名産こけしの顔パネル。無邪気にはしゃぐ、こけし男)

おれと同い年なのに、すでにヤバいラインまできている。ちょっと前まで中途半端に髪を伸ばして無毛地帯を隠蔽しようとしていたが、最近になって潔く頭を丸めた。なので現在タコ焼きみたいな形状に仕上がっている。
だが奴の部屋には数種類の育毛剤があった。まだ諦めていないらしい。タコ焼き頭にソースとマヨネーズのようにそれらを塗りたくっている様子がイメージされた。うっかり発見したそれを、おれはそっと元の位置に戻した。優しさだ。

そして身長こそ低い方だが、結構なマッチョ。たくましい。あと胸毛がすごい。さっき一緒に温泉入って、その裸体に衝撃を受けた。

きっと男性ホルモンが旺盛なのだろう。だからハゲるの早くて体毛が濃い。まるで欧米、さしずめイタリアンだとおれは思った。よく見れば顔だって濃い。でも全体的にモテには結びつかない造作に仕上がっている。田舎街でワイナリー経営してそうな。たぶんマーリオとかそんな名前。もしイタリア人なら。マーリオは、隙あらば観光客の若い女に手を出そうと常に狙ってる。だがそういう下心だけのオッサンでもなく、実は裏でマフィアと繋がっていたりする。普段はニコニコして人も良さげだけど、怒らせると怖いイタリアン親父。そういうマーリオ。

さてマーリオは小・中と同じ学校。クラスも何回か一緒になった。しかし高校と大学時代には、ほとんど交遊がなかった。それがここ数年で付き合いが復活した。

ある意味、微妙な距離感といえるかもしれない。

おれは成人男性に仕上がっていく過程の奴を、ほぼ知らない。小学生とか中学生の彼は、もちろんハゲてはいなかった。それにマッチョでもなかったし、胸毛が生い茂ってもいなかったはず。たぶん。

それが、いま目の前にいるこいつはどうだろう。

……まるっきりオッサン、どう見てもオッサンじゃないか!

おれだって片足くらいはその領域に突っ込んでるけど、こいつは男らしく頭からそこに飛び込んでいる

ああ時の流れの無情さよ。彼を見ることによって、自分も確実に歳をとっていることに否応なく気がつかされる。アラサー突入、やり切れぬ。

そんな地元の友達マーリオとおれ。この先しばらくずっと男同士、二人きりのドライブ旅行。

それはどういうことだろう。ここで改めて考えてみる。

……こういうことか!

差し向かいの胸毛マッチョハゲ、隣り合わせマッチョ胸毛ハゲ、イタリアン風味。源泉掛け流し貸切家族風呂で間近に見るハゲ胸毛マッチョ。二つ並んだ布団を近づける、浴衣の袂から覗くハゲマッチョ胸毛。朝には二つに並んだマグカップでモーニング珈琲マッチョハゲ胸毛、エスプレッソかな?

ちょっと辛い。すこし苦しい。大分やるせない。そんな男同士の旅路だ。

可愛いあの娘は、もうどこにもいない。

おれはマーリオの湯呑みにウィスキーをどんどん注いで、別れた彼女の話を聞き出していた。
ハゲは語る、その愛のすれ違いを。おれは思う、一つずつは少しも似てはいないが根本的には一緒くたな愛や恋だのメロドラマティック。彼のエピソードに重ねて、自分のそれを思い返す。

ああ、それにしても、どうして自分は此処に、こいつと? ……可愛い彼女が、もういないからだ。

おれも思ったその事を、きっと彼も思ったことだろう。しかしその思いをアルコールと一緒に飲み込んで「折角だから」と貸し切り家族風呂にも二人で入った。胸毛はやっぱり濃かった。ちょっと引っ張ってみたりした。よく石けんが泡立ちそうな剛毛だった。

ああ、男の世界よ……!

しばらくはホモ話がはびこりそうな予感だ。

あるいは、これが自分にとっても転機となるのか。アイムノッキンオンニュードアー。エスケープフロムリアリティ。

明日、しまむらに立ち寄って、お揃いのタンクトップを買おう。

そんなことをツラツラ考えるうち目蓋が落ちてきた。就寝の時間だ。それぞれ布団に入って電気を消した。

「……ねえ、一緒のお布団で寝よっか? 折角だから」

暗闇のなかの声。それを発したのは彼なのか、おれ自身であったのか。

酔いと闇と旅の高揚に記憶が溶け込んで、いまはもう分からない……。


【二日目】 福島県 浄土平〜山形県 米沢市〜秋田県 湯沢市街

早朝、土湯温泉を出発。浄土平に向かった

浄土平のシンボルは吾妻小富士。駐車場からすぐに登頂路がある。十分ほど登れば火口壁だ。火口はすり鉢状になっていて、そのふちを一周ぐるりと歩いて回る。お鉢巡りというやつだ。大変に御利益があるっぽい。

火口が間近に見下ろせる。しかし風向きで霧が濃くなると、数メートル先も見えなくなる。砂利で足元がおぼつかない。ここで道を踏み外したら、たちまち底へ転げ落ちるだろう。横風も強い。おれは体力もないし高所恐怖症でもある。へっぴり腰で進む。

道のあちこちに石が積んである。「浄土平」という名前の通り、あの世の景色のようにも思えた。おれは少し前に大きな病気をしていた。運がなければ、そのまま死んでいた可能性が高い。そういった考えにふと捕らわれる。

とにかく霧で視界が真っ白だ。気がついたら、そこを歩いているのはおれたちだけ。いまさら引き返すにも遅いところに来ている。

「このまま死後の世界に迷い込んでしまうんじゃないか」

そんな不安感も芽生える。折角病気も治ったというのに。しかし同時に神秘的な雰囲気にも浸っていた。なるほど、ここが古くから修験道の聖地であったというのも頷ける。この試練を乗り越えたとき、おれはさらに……。

「うひゃ〜、やっばいな。すげー眺めじゃん。てかさ、お前、体力なさ過ぎじゃね? 大丈夫かよ。普段から運動とかしとけって」

マーリオの脳天気でバカでかい声が、すべての風情を打ち払った。そして奴は霧の中を無神経にズンズン突き進んでいく。

彼のタコ焼き、あるいはマリモのような後頭部をじっと眺め、おれは息を切らして歩き続けた。

そんなこんなで、なんとか一周して戻ってこられた。

車に乗り込み、浄土平を後にする。途中の道も霧が濃かった。

やがて福島を過ぎ、山形県に入る

昼飯は米沢で米沢牛。有名店らしい。A4だA5だと肉にうるさいマーリオが、事前に調べていた店だ。ランチは割とお得感があった。腹がパンパンになる。

日も暮れる頃、秋田県へ突入。

流石に疲れていた。マーリオはスマホ至上主義者で「いやいやスマホがあれば、なんでも出来ちゃうから!」と言ってカーナビを導入していないので、助手席にいて大変疲れる。スマホのナビだって優秀かもしれないが、田舎道を走ってりゃすぐ電波が切れてそのたびに接続し直しとか、なんか色々面倒くさいに決まってる。

そうは言っても、運転しっぱなしのマーリオが一番疲れているのだろうが、マッチョで胸毛も生えているハゲは恐ろしいほどタフだった。こいつは素晴らしく優秀な男性ホルモンの化身かもしれない。

湯沢市内、温泉というよりは24時間営業の銭湯というような施設に素泊まり。スマホで検索、そのまま電話予約した。

基本的に宿泊地などはノープラン。その場で決める。いざとなれば野宿か、車で寝ればいい。男同士、そういうところは気楽でよかった。

さていよいよ明日は日本のルルド、玉川温泉へ。

今回メインとなる目的地だ。知る人ぞ知る秘湯、にしてはあまりにも有名なスポット。なんというか、もはや信仰の地にまでなっているような……。

詳しくは↓のリンクをクリック。または各自で検索。色々出てくる。湯治療法の聖地でありながら闇も深そうな。

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/308.html

玉川温泉、じつに興味深い。ずっと来てみたかった場所だ。風呂上がり、ベッドに寝転んで明日の下調べをする。

しかし東北って、そこら中に温泉が沸いている。名湯・秘湯も数知れず。それに地獄とかあの世とか、そういう風景やスポットが多い。なんでだろうか。もし可能ならば、青森まで足を伸ばして恐山にも行きたいところである。霊場巡りなんてのも面白そうだ。

ところで前日から引き続きの愚痴を、ここでも垂れ流す。

……とにかくずっと一緒なんだ。

胸毛ハゲマッチョと。基本的には密室で二人きり。

いや実際いい奴なんだ。でも、ふと虚しくなる瞬間はある。

福島の路上で桃を買ったんだけど、そこのオッサンに「……野郎二人かい」ってボソリと言われた。

そうだよな。男二人、いい歳して。おまけに片方は毛深くてよ。「地元じゃ愛し合う場所がなくて……」とでも答えておけばよかったかな。

しかし人生は居直り、開き直りで歩んでいくもの。

それに「あるもので済ます」という考えもある。「もうお前でいいや!」みたいな。実際のところ刑務所とか男子校とか相撲部屋とか、そんなものかもしんない。ある意味、エコだね。

おれとしてもマッチョハゲが次第に愛らしく、頼もしい存在に思えてきたという自覚がある。オッサンの愛?

今日も一緒に風呂に入った。その胸毛に、早くも親しみを覚えはじめている。……試しにキスくらいなら。おっと、なにを言ってるのだ、おれは。隣のベッドでマーリオはすでにイビキをかいている。別に目覚めないなら目覚めないままでいいA感覚。稲垣足穂か……。そんな想念渦巻きつつ、おれも眠りに落ちていく。

【2】へ続く


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