ミャンマー人のやさしさ
とある事から、10年前にミャンマー人と仕事をしていたことを思い出した。
以前の職場で、ミャンマー人を相手にリモートで仕事をしていた。
最初、彼女彼らは私に対してとても警戒していた。言われることをソツなくこなす、だか自分たちの意見は言わない。質問はリーダー格の人しか言わない。
するとリーダーとしかわたしは意思疎通が出来なくなると思い、質問したり意見を言った人が偉いんだということを、私は彼女たちに伝え示していた。
ある日一人が意見をポツリと言った。ここで意見を言ったあなたは凄い、素晴らしい、チームの役に立ったとものすごく褒めた。それから意見を言ってもいいんだという流れになり、ぽつりぽつりとまた意見を出してくれるようになった。丁寧になるべく一人一人の言葉を尊重する。そして何ヶ月後か経ったある日、私が病欠で休んだ日、別の人がミャンマー人に指示。しかしミャンマー人は私の指示でないと動かないというようなことをやらかした。
これはマズイ。
私の代わりをした人と彼らとのチャットを見ると、その方の指示の英語は翻訳英語まんまコピペしているので、きっと分からなかったのだろう。誇り高きミャンマー人はそれを見透かしているはずだ。
ミャンマー人は日本人と同じぐらいの読み書き率である。彼らは自国のアイデンティティを大切にしていると感じている。
そして、我々も日本人であるからという奢りはどこかあり、ミャンマー人の彼らはそれをとても敏感に感じるのだ。日本人がリーダーになるのは多いため、日本人にもその辺を理解してもらうよう伝えた。
その当時、ミャンマーとの国交で政府が国の援助でミャンマー人を雇う法人に対して日本で働く奨学金制度を実施していた。日本語検定などをクリアしている条件などもある。
その時ヒアリングした日本人スタッフが
彼らの事情をちゃんとヒアリングせず、彼らに対して金銭的な負担をさせた人がいた。今は調べないと分からないけど、10年前の当時、彼れらの数ヶ月分の給与ぐらいの負担を彼ら家族がしていた。たった1人の日本人リーダーの手配漏れにより、彼らは何も言わず困っていた。金銭的なことで困っている雰囲気が漂うので、詳しく聞いてみるときちんとその奨学金が支払われていないことが判明。私はその人に、被害になったミャンマー人に謝るように詰め寄ったことがある。これがいいか分からない。ただの正義感振りかざしかもしれない。
私自身、海外で苦労した事があるから異国での彼らの負担心配がとても気にかかり過ぎたのかもしれない。
その会社のCEOはいつも不在で、頼りにならなかった。私がそのスタッフに詰め寄った日に副社長がいて、多分CEOに伝わったのだろう。その後、彼らの生活費は問題なく受け取れるように速攻手配したと伝えられた。
私の転職か決まって、彼らになかなか伝えられなかった。とても頼りにされていたからだ。
伝えられる前に、日本の冬に必要な衣類を買いに行ったり隅田川の川下りのお船に乗った。今も彼女達の可愛さが心に残っている。
困っているのに我慢していたり、一昔の人達を見るようでいじらしいのだ。
そしてなんと言っても優しい。
ミャンマーという国自体もあれから随分変わってしまったと思う。
屈託のない笑顔はそのままだろうか。
日本語を今も勉強しているかな。