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結婚は人生の墓場なのか?
「結婚は人生の墓場」とは、ボードレールが残した格言だそうです。本来の意味は「自由な恋愛ではなく一人の人と深く愛し合い、墓のある教会で結婚しなさい」というものだとか。
私はクリスチャンなので「なるほど」と思いますが……。
日本ではなぜかネガティブな意味で使われました。でもこの調査によれば、現在は85%以上の既婚者が墓場とは思ってないそうです。
日本の終身雇用時代を知る世代としては、「結婚は人生の墓場」と思った人たちの気持ちがちょっとわかります。
一生雇用の保証なんて、今や贅沢に聞こえるかもしれませんが……。男性は既婚でないと昇進に響きました。婚期が遅れると上司などから声がかかって、誰かを紹介されることも普通……。
気の進まない結婚だったケースも結構ありそうです。
ソリの合わない同僚や無能な上司と、定年まで顔をつき合わせていくしかないのは当然。業務に適性がなく他の可能性を試したくても、転職なんて正気の沙汰ではない時代。
辞めればクビになったと思われ、「(親指を立てて)コレですか?(小指を立てて)コレですか?」と訊かれました。親指は会社のカネの使い込み、小指は女性スキャンダル。その二つ以外の理由で会社を去る人はいなかったからです。
「クリスマスケーキ(24歳以上は売れ残り)」と言われたくない一心で渋々結婚した女性は、激務の夫から「誰のおかげで飯が食えるんだ!」と威張られます。ワンオペ育児はもちろんのこと、夫との会話といえば一方的な「飯、風呂、寝る」。
これでは「人生の墓場」というのが妥当かも。いやはや、 明るい時代になりましたね!
……と思ったら、そんな墓場イメージを、なんと今の時代にもひきずっている方たちがいます。
それは未婚の女性たち。SNSでそんな投稿をよく見かけるので気になります。おそらくは終身雇用の親世代と、同年代で育児真っ只中の友人たちをダブルで見ての判断でしょうから、無理もありません。
(独身の特権=昼間からお酒が飲めるとか、好きな時に好きなものを食べられる、友人とゲーセン、ひとり寿司など)
それにしても、誤解があるんですけど……。
私は独身の頃、ジャズピアノを高名なスタジオミュージシャンのM先生に習っていました。バブルでおいそれと家は買えない時代に、成功なさった先生は郊外に新築の大きな家をお持ちでした。
レッスンのために初めてお宅を訪ねた時は衝撃でした。迎えてくださった奥様が、なりふり構わぬ熟練ミュージシャンタイプの先生には似つかわしくない(失礼!)女性だったからです。
モデルかと見まごうような、目鼻立ちくっきりの小顔を活かしたショートカット。白いフェミニンなロングドレスが、髪型との完璧な甘辛バランスを作っています。
その上レッスンが終わると、ホテルのようなセッティングのダイニング・テーブルに、手作りチキンシチューのランチが用意されていました。人気レストランも敵わないほどの至福のお味に、奥様が注いでくださる冷えた白ワインが絶妙です。
「妖精とはこういう姿形なんだろう」と思ったほど愛らしいお嬢さん二人も同席。上のCちゃんは4歳ぐらい、下のYちゃんはまだ赤ちゃんでした。
そんな多忙育児の中、凝ったお料理をお作りくださった奥様は、優しくお嬢さんたちの世話をしながら楽しそうに会話に加わって下さいます。
キラキラに整ったリビングダイニングで、私の「結婚」に対するイメージは大きく上書きされました。
ところが、帰り際に玄関まで見送ってくださった奥様が、寂しげな表情でこうおっしゃったのです。
「自由があっていいですね」
当時の私は、立派な売れ残りケーキ。とはいえ奥様の言葉が既婚者からの皮肉でないのは明らかです。
こんなに羨ましい生活をされているのに、どうして……? 私は割り切れない気持ちで、瀟洒な邸宅を後にしました。
奥様の言葉の意味を理解したのは、その後専業主婦として子育てをしたとき。子どもを持って数年は、母親に自由はありませんね。
だけど、未婚の女性たちが誤解しているのはその後です。たとえモラハラ夫といえども、子どもの手が離れれば妻の行動の自由全部は束縛できないでしょう。未婚女性が「コレができるから独身は最高!」ということのほぼ100%は、工夫次第で既婚でも可能。
私自身、結婚も子どもも要らなかった人間なので、結婚したくない理由が多々あるのはわかります。だけど、「自由がない」っていう理由だけは、除いておいたほうがいいです。
世の中に絶対はありません。もしかして、とんでもない王子さま(お姫さま)が現れちゃった時に、「墓場イメージ」が理由で逃したらアウトでしょう!?
男性の場合はわかりませんが、たぶん女性と同様。「結婚しろ」プレッシャーへの反感は、女性と同じみたいなので……。
私はM先生のおかげで、日本ではメジャーレーベルでアルバムをレコーディングできました。それは当時の目標ではありましたが……。キーボード教室でも全員が私より上手くて、「とても無理」と思いこんでいました。
そこに先生のレッスンで、「レコードを聴くときは、”自分もこの人みたいに弾こう”と思って聴け」と教わったんですね。それを聞いて、アルバム・クレジットの有名人が別世界の人でなくなりました。それで、スタジオの掲示板で見かけた「キーボード募集、レコーディングあり」のオーディションに応募したのです。
大恩人のM先生と、お似合いの奥様。今では都心にスタジオを構えられ、ショパンコンクール優勝のブルース・リウくん愛用で注目された Fazioli のピアノを入れて楽しんでおられます。
結婚も、音楽も、無駄な思い込みがあれば「墓場行き」かもしれませんね!