Lycian Way #7 ~会者定離~
対野良犬の手解き
バトゥ達と別れた僕は、パタラビーチ東側にある遺跡近くのキャンプ場を目指して歩き出した。
2日前いたパタラビーチは西側にあたる。
ビーチ沿いには進まず、山道を迂回しビーチの東端を目指す。
誰かとずっといると一人になった時、いつも以上に寂しさを感じる。
大げさに言うなら失恋に似た感覚だろう。
ずっと大切に思っていた人が次の日には自分と全く関係のない日々を送る。
その寂しさも結局は時間が解決してくれるのだが。
徒歩旅行でもそうだ。
1時間も一人で歩けば、その寂しさは次第に薄まっていく。
何かに集中している時、余計な情報が脳に入ってこないそんな感覚だ。
だから悩める失恋者はさっさと今この瞬間に集中すべきである。
そうすればそのうち忘れるだろう。
薄情と言われたらそれまでだが、元恋人が別の世界を歩き出したのだ。
いつまでもその世界に居たって仕方ないだろう。
話は変わるが、ホーリーアローの一件を境に野良犬と遭遇する確率が格段に増えた。
この日も例に漏れず沢山の野良犬と遭遇した。
街の近くを歩いているからなのか。
あの犬の執拗な恨みが他の野良犬にも伝播しているからなのか。
野良犬の咆哮を沢山浴びせられた。
しかし、今の僕はいくら野良犬が束になって襲ってきたとしても怖気づく様な男ではなくなっていた。
野良犬撃退に対する圧倒的自信に満ちていた。
それはいきなりカウチサーフィンのバトゥから秘策を教えてもらっていたからだ。
彼は「野良犬が吠えて近づいてきたら、小石を拾って投げるフリをすれば良い」と言った。
そうすれば犬は尻尾を巻いて逃げいていくらしい。
実際、この日に僕らの近くに寄ってきた野良犬は彼がすべて蹴散らしていた。
その一連の動きを近くで見ていた僕も、彼をマネて犬を撃退することに成功した。
この恐るべき力の前に犬は成す術がない。
この方法をもっと早く知っていたら “ホーリーアロー” の力を借りるまでもなく犬たちを撃退出来ていただろう。
犬の祖先は人間に小石でも当てられ、いたぶられた過去でもあるのか。
遺伝子レベルでその恐怖を感じているようだ。
あくまで自己責任にはなるが、野良犬にてこずっている旅人はぜひ参考にしていただきたい。
小石を拾って本気で投げるフリをするだけ。
ただそれだけだ。
ホーリーアロー、いきなりカウチサーフィンについてはこちらをご覧ください。↓
トレイルに蔓延る危険植物
Lycian Way上にはいくつかの危険植物が存在する。
危険植物と言っても毒を持っているようなものではなく、物理的にダメージを負わせてくるものだ。
それが ”トゲトゲ植物” 達だ。
僕が見てきたトゲトゲ植物は主に4種類。
レベル別に紹介していく。
レベル1
クリスマスモドキ(仮名)
クリスマスの葉っぱに似ているという理由でクリスマスモドキと命名。
ちなみにクリスマスの葉は「セイヨウヒイラギ」と言うらしい。
トレイル序盤から登場していた植物。
ポケモン ルビー&サファイアで言うとジグザグマ程度。
攻撃力は低めだが、慣れないうちは痛い。
基本的にどこにでも生えている。
レベル2
裁縫針草(仮名)
無数の裁縫針のような葉を蓄えている。
一本一本しっかりとした硬い棘を持つ。
まずまずの攻撃力。
痛みとしては裁縫の針で皮膚を刺された時の痛みに似ている。
慣れればさほど気にならない。
余談になるが、僕が小学校中学年か高学年の頃の話だ。
昔家庭科室として使われていた教室の掃除をしていた時、床の隙間に潜んでいた古くサビたミシン針が手のひらに刺さった。
猛スピードで床の乾拭きをしていた時だ。
右手にずしんと痛みが走った。
あまりの衝撃でひっくり返った。
表面に見えていた木の棘のようなものだけは抜いた記憶がある。
しかし痛みが引かず、病院に行きレントゲンを撮ってもらった。
すると、立派なミシン針が右手の親指と小指を90℃にした時の直角部分に入り込んでいた。
小さな病院のお医者さんが局所麻酔で右手を切開し、取ろうと試みるも叶わず。
後日、大きな総合病院で全身麻酔を使った手術まですることになった。
この棘を見てその頃を少し思い出した。
家庭科室を乾拭きする際はくれぐれも気を付けた方が良い。
どこに裁縫針が落ちているかわかったもんじゃない。
これはもうじき26歳を迎える放浪者からの小学生に向けた唯一の贈る言葉である。
レベル3
ハチ寄せ草(仮名)
花に蜜があるのか、多くのハチを寄せ付ける草。
ハチを寄せ付けるだけでなく、自身の棘の攻撃力も高いため非常に厄介だ。
スリムで地面の色と似ているボディの為、気づかず攻撃を受けてしまう。
棘にあたると「っつsぅー。」と声が漏れる。
こいつの攻撃は何回受けても適応できなかった。
レベル4
ステルスローズウィップ(仮名)
一番厄介な植物。
今まで紹介したトゲトゲ植物は皮膚の表面を刺したり、引っ掻くタイプであった。
しかしこいつは鞭のようにしなる為、棘に引っかかると皮膚に入り込む。
勢いでそのまま足を進めてしまうと激痛に襲われ、思わず声を上げてしまう。
さらに、注意深く見ないと気づかないほどの驚くべきステルススキルも併せ持つ。
足元にはびこっていることが多いが、たまに目線の高さにぶら下がっていることもあるため目の保護としてサングラスは必須だ。
以上、主にこの4種類の危険植物が常に僕の行く手を阻んでいた。
藪漕ぎのような道も少なくなかった為、基本的にはレベルの低い方に体を寄せてHPの消費を最小限に抑えるように歩いていた。
伝統的な飲み物「アイラン」
パタラビーチ東端のキャンプ場で一泊した僕は、反時計回りに半島を回り、カルカン≺Kaıkan≻という町の宿に宿泊した。
この日は炎天下と断崖絶壁の海沿いを登っては下り、体力をかなり消耗したしていた。
そのため宿でしっかり体力を回復させようと一人部屋のホステルに宿泊。
その翌日には15㎞先のサルビラン≺Sarıbelen≻付近の野営地で一泊した。
そこで二人のスウェーデン人ハイカーと出会った。
さらにその翌日。
24㎞先の野営地を目指して歩き始めた。
順調に黙々と歩き続けた。
この日は近くの野営地で泊まっていたスウェーデン人ハイカーを追い抜いたり、追い抜かされたりとさながら鬼ごっこのように歩いた。
途中、ある一軒の民家の横を通りかかった。
すると、テラスの上からおばあちゃんが声を掛けてきた。
トルコ語で話しかけられたので正確には分からないが、「まぁ寄ってけ。」という感じだろう。
僕は何かを期待しつつも、お金を払わなければいけない状況を恐れていた。
おばあさん宅の門をくぐり、僕が荷物を下ろし椅子に腰かけると、
おばあさんは「◎△$♪×¥●&%#?!?」と言う。
僕は良く分からないまま「Evet」。
トルコ語で「はい」と言った。
するとタライの中に布をかけ、ミルクのようなものを濾し、それを持って部屋の中へ消えていった。
おばあさん宅にはかつてこの家を訪れたハイカーの写真がアルバムに収められていた。
僕はそのアルバムをめくりながらおばあさんが戻るのを待った。
しばらくすると、おばあさんが白い飲み物を持って戻ってきた。
おばあさんはそれを「アイラン」と言った。
僕はトルコの情報を事前に調べていなかった為、トルコ料理はケバブくらいしか知らなかった。
そのため、アイランと言われてもなんのこっちゃ分からなかった。
恐る恐る白い飲み物を口に運ぶ。
感想としては、少し塩っぱい飲むヨーグルト。
ドロッとしてほんのりチーズ感のある味わいだった。
後に調べた情報だが、アイランとはヨーグルトに水と塩を混ぜたトルコの伝統的な飲み物らしい。
ケバブなどの肉料理と併せて飲むのが一般的らしい。
そういえばパタラビーチ西側を歩いていた時に寄った、僕が赤ちゃんに弾き語りを披露したレストランの昼食にもこんな飲み物が提供されていたのを思い出した。
個人的にはあんまり好きな味ではなかった。
「甘さがあれば完璧なのに。」と心の中で呟いた。
日本の飲むヨーグルトの感覚で飲むとそのギャップに衝撃を受ける。
今回のアイランはあの時の物よりもっと癖が強かった。
僕は若干のアイラン恐怖症になった。
しかし、頂いたものなのでしっかり飲み干した。
その後、トルコ人のカップルハイカーや同じペースで歩いているスウェーデン人ハイカー二人もおばあさん宅に招かれた。
彼らとしばし談笑。
おばあさんは英語が喋れないため、僕たちの会話を正月に孫や息子娘夫妻が一堂に会す時のように、微笑みながらその会話を眺めていた。
ほどなくしておばあさんの娘、お孫さんであろう方がヤギの移動をし始めた。
おばあさんもお手伝いに向かう。
その前におばあさんにお気持ちのトルコリラを渡し、先へ進んだ。
後の話にはなるが、僕は帰国直前、イスタンブールに滞在していた際にもう一度アイランを頼んでみることにした。
何故ならこのLycian Wayの旅路の中でアイランは美味しい、肉と相性が良いということをかなり耳にしたからだ。
あるケバブ屋さんでケバブとアイランを注文し、頬張る。
美味い。
ケバブとの相性は最高だ。
コーヒーと芋けんぴくらいの相性の良さだ。
何より、紙パックで売られれているアイランは独特な癖も無くシンプルな甘くない飲むヨーグルト。
チーズっぽさも無ければ、サラッとしている。
この時、僕はアイランを好きになった。
日本人の僕にはこれくらいあっさり、さっぱりとしていた方が口に合うようだ。
現地の方の自家製アイランを飲めたことは貴重な体験ではあるが、僕の舌には既製品で十分であった。
青かびで熟成されたブルーチーズより6Pチーズの方が好きっていう感覚...?それはまた別か?。
トルコに来た際は、是非ケバブと一緒にアイランも飲んでいただきたい。
連想ゲーム
9月27日。
アイランを頂いたおばさん宅を出た僕は、チュクルバグ≺Çukurbağ≻という町の10km手前の野営地で一泊し、カシュ≺Kaş≻というリゾート地を少し進んだキャンプ場でさらに一泊を過ごし、計2日が経った。
Lycian Wayを歩き始めてから13日目である。
そのせいか、いい加減この生活スタイルにも体が慣れてきた。
本日の目的地はカシュのビーチから一山超えた先のビーチ、アペライ≺Aperlai≻のキャンプ場。
アペライまでは24㎞ほどだ。
アップダウンはあれどこの地に体が順応してきた今、難しい距離ではない。
僕はなかば早足で目的のキャンプ場へ向かっていた。
アペライまで7km手前にあるボアジュク≺Boğazcık≻と言う町からさらに数キロ手前の山道で一人の男性と出会った。
彼の名はメソト。
彼は僕を見るや否や「ワンロスト、ワンホース」と言い出した。
僕はそれを聞いて、一頭の馬に乗ってこの道を歩いてい際、なんかの拍子に馬が逃げてしまったと解釈した。
OMGと相槌を打つがどうすることも出来ない。
一旦その場で詳しい事情を聞く。
すると、彼の言う「ホース」と言う言葉が「馬」ではない可能性が見えてきた。
例えば、「ボアジュク、ワンホース、メイビー」というものだ。
「ボアジュク(次の街)、馬一頭、多分」これでは意味がわからない。
ここでのホースに違和感を感じた僕は、ようやく彼の状況を理解した。
彼の英語は僕と似たようなレベル。
必死に繋げた単語を何とか相手に汲み取ってもらうもの。
偶然にも第二言語が英語にあたる日本人には、言葉の意味を汲み取りやすい言い回しになっていた。
結論、彼の言うホースは「hours」、時間の複数形だ。
僕の考えていたホースは「horse」、馬である。
小学生の頃、国語の授業で登場した「スーホの白い馬」。
このスーホを逆から読むと「ホース」つまり馬になる。
僕と同じ世代の人の大半は、この時に馬の英単語を知ることになったはずだ。
ようやくメソトが言った、「ワンロスト、ワンホース」の本当の意味を理解することが出来た。
それは「道に迷って、一時間失った。」である。
トレイルマークの少し分かりづらいLycian Wayで道に迷っていたのだ。
地図は持っているがコンパスやGPSは無さそうだ。
そのため現在地がわからなくなっていたのだろう。
この際、単数か複数形かなんてのはどうでもよい。
伝わればよいのだ。
彼の英語の癖は特殊で、単語を見ればその言葉の意味を理解できる。
しかし、発音はローマ字読みになるというものだ。
例えば、「パラセ」。
彼は、「グッドパラセ、10ミニッツブレイク」と言う。
僕はこの「パラセ」をパラソルだと考えていた。
つまり、僕は「良い感じの日陰で10分休もう」と解釈していた。
日陰は「shade」だが、もはや連想ゲームをするほかなかった。
しかし、日陰でもないところでメソトは「グッドパラセ!」と言った。
その時、頭の中で並べた「パラセ」のスペルが「place」である。つまり場所。
彼は「良い場所があれば10分休もう」と言っていたのだ。
まぁトレイル上で休憩に良い場所となると必然的に日陰になる為、結果的に意思疎通はできていたのかもしれない。
彼と出会ったのが、英語を第一言語とするハイカーであればこの連想ゲームを解くのは容易ではなかっただろう。
奇跡的に英語レベルが近しい人間に出会ったのだ。
そして僕はこれから一週間ほど彼と苦楽を共にすることとなる。
▼活動写真
2023年9月23日 East Patara → Kaıkan
2023年9月24日 Kaıkan → Sarıbelen
2023年9月25日 Sarıbelen → Near the Dereköy
2023年9月26日 Near the Dereköy → Kaş
2023年9月27日 Kaş → メソトと会う
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