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Lycian Way #12 ~不可侵な財産~
登らない訳がない
ユンさんと別れを告げて、キャンプサイトを出発したのは10月7日のこと。
ようやくこのトレイル生活にも終わりが見えてきた。
今日を含め、残り5日でLycian wayの終点に着く。
いつかは終わると思っていたこの生活も、いよいよ現実味を増してきて寂しさを感じていた。
本日の目的地はゲデルメ≺Gedelme≻というこれまた小さな街である。
その小さな町まで距離にして約20㎞、約1500mの登りと同じくらいの下りを歩かなければならない。
それにユンさんが昨夜愚痴をこぼしていたタタリ山も気になっていた。
Lycian wayには正確には含まれていないが、どうせその横を通るなら登ってみたい気持ちも少しあった。
もし面白そうであれば登り、引き込まれる魅力がなければスルーする計画に。
少しハードな日になると予想して9時ごろにキャンプ場を後にした。
本来ならもう1.2時間早く出発したかったが、体がトルコ時間になってしまった僕には到底出発できない時間であった。
9時出発でも頑張ったほうだ。
それに10月に入ったことや、標高800m~1000mにいることもあり気温が低い。
それもあって中々寝袋から出られなくなっていた。
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第一目標地点であるタタリ山の分岐までノンストップで歩く。
距離は6㎞ほどだが、なかなかの急登だ。
その分、すぐに高度感が増してきて歩きごたえのある道であった。
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2時間ほど登ったころ、ようやくタタリ山との分岐に着いた。
ここから下るルートがLycian way、藪道を迂回するとタタリ山へ続く道に出る。
僕はひとまず「タタリ山を見るだけ見てみよう!」と思い藪道を迂回することにした。
そして藪道を迂回した先に広がっていた景色を見て思わず声を漏らしてしまった。
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このトレイル上でこんなにも迫力のある景色があっただろうか。
僕はこの山を前にして、登るべき山だと一瞬にして思わされた。
それほどまでに美しく、体が自然と引き込まれる魅力のある山であった。
このトレイル上で1番の絶景がここにあると思った。
山頂の標高は2366m、現在の標高は1800m。
距離にして3㎞ではあるが標高500mアップの地味にきつい登りである。
興奮してアドレナリンがドバドバの僕は早速登り始める。
しかし、直射日光、ゴロゴロとした地面、傾斜にやられすぐにばててしまった。
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さすがにしんどくなってきた為、バックパックを置いて身軽に登ることにした。
どうせ戻ってくるし、荷物を取る奴なんていないだろうと思った。
バックパックを下ろしてからは軽快。
背中に羽が生えたかのようにすいすい登れた。
「あー最高だ。」
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バックパックを下ろしてから軽快に歩いていると、気づけば山頂も目前に。
ユンさんの言った通り、本当に山頂に建物があった。
ケーブルカーで登って来た観光客が、汗だくで真っ黒の僕を不思議な眼差しで見る。
どうやら、この山頂からパラグライダーを楽しめるらしい。
僕が登って来た山道の反対側には海が広がっていた。
山頂の建物にはスタバがあった。
一杯ひっかけてやろうかと思ったが、値段を見るや否やおとなしく用だけ足して下山を決めた。
無事にバックパックを置いてきた地点まで戻り、その存在を確認できたので一安心。
バックを取られるわけがないと思いながらも不安だったので、下山中に人とすれ違う度に「グレーのバックを見たかい?」とマイベイビーの心配をしていた。
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個人的に思ったことはLycian Wayにはいわゆる壮大な大自然の絶景が少ない。
基本的には海岸沿いの街と街を経由して、古代リュキア人の遺跡を見て回るトレイルだからである。
しかし、このタタリ山は素晴らしい絶景を見せてくれた。
緑の無い、乾いた大地が好みの僕にとってはご褒美であった。
このタタリ山はLycian Wayベスト1の景色だと僕は思っている。
この景色をスルーしようと考えていたなんて、なんと愚かなことか。
改めてユンさんにお礼を申し上げたい。
軽く死にかける
ゲデルメ≺Gedelme≻に着いたのは、17時過ぎ。
タタリ山の分岐に戻り、気持ち良い道をひたすら下った。
道中、クルミを頂いたりトルコ人の暖かさにも触れ心地よい気持ちでキャンプ場へ着いた。
そして、そのまま就寝。
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翌朝、太陽が昇って大地ををまんべんなく温めた頃にゆっくり起床。
そして洗濯物が乾くまでのんびりチャイを飲んだ。
本日の行程は大したことはない。
15㎞ほど山道をのんびり歩くだけである。
そして、特に何事もなく順調に歩き、ある渓谷に入った。
しかし、ここで油断しきっていた僕はあの世へ行きかけたのだ。
問題の場所はここ。
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この丸太がかかった道である。
僕の右手側は奈落の底とまでは言わないがそこそこの高さがある崖。
仮に滑り落ちれば、当たりどころが悪ければ死んでしまうくらいには高さがある。
結論から言うと、足を滑らせこの丸太に尻もちをつくことになる。
丸太を渡っている最中に落ちそうになったわけではなく、丸太を渡る前に滑りそのまま両足で丸太を挟んで止めた形になる。
この時は肝を冷やした。
物理的には摩擦で肝を温めたのだが。
それにしても、なぜこの丸太の写真を取っていたのか。
この写真を撮ってしまったがために起きた事故である可能性も見えてくる。
フラグ回収的な奴だ。
つくづく、この世界はRPGさながらだなと思った。
まぁこの日、記憶に残っていることはこれくらいである。
大げさなタイトルをつけてしまったが大したことはない。
さぁ翌日へ進もう。
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キャンプ場を求めて
軽く死にかけた日の翌朝、久しぶりの野営で夜を過ごした体は「早くシャワーを浴びたい!」と歩みを急がせていた。
本日は≺Göynük≻と言う街を目指す。
発音の仕方が分からないのでカタカナ表記は控える。
ほんの8㎞くらいでこの街に出る。
この日ものんびり歩き、街に向かった。
街に出る手前にはGöynük Canyonという観光地がある。
僕が歩いてきた渓谷のハイライトである。
ここでは渓谷の中の洞窟を目指すボートツアーがあるらしく沢山の観光客の姿があった。
四駆の車が歩きやすい山道を砂埃を上げて行き交う。
勿論乗客のテンションはぶち上がっている。
例に漏れず、この時の僕もテンションがぶち上っていた。
なぜなら、キンキンに冷えたジュースをぐびぐび飲める街がすぐそこにあったからだ。
ちなみに、ここの売店でジュースを買おうと試みるもマーケットの3倍もしたため諦めた。
たかがジュース一本だが店員さんに値段を聞き、5分ほど葛藤した。
さながら大学生がバイト代を握りしめて少し値の張るブランド物を購入するか否か悩むように。
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道中、しつこい生絞りジュース売りのおっちゃんに声を掛けられ早々にジュースを飲むことに。
ただ、全く冷えてはいない。
心の底から飲みたくもなかった為、値段は忘れたがごっつい値切りをした。
おっちゃんと一服し、また歩き出す。
1時間ほど歩きようやく街に出た。
Göynük Canyonから街まではバスもタクシーもあるが、この日は余裕があったため歩くことにした。
僕の前には女性二人組のハイカーがいた。
彼女らとは昨日から追い付き追い越しを繰り返していた。
結局最終日までそんな感じで歩いた。
そして街に着き、目星のつけていたキャンプ場へ向かった。
そのキャンプ場に着き、受付で料金やシステムを聞くも料金が高い。
外観からして高そうではあったが、格安で隅っこに一張だけ張らせてもらえればなーという甘い考えでいたがあっさり断られる。
中庭にはプールもあり、フルーツがお城のように盛られていたりと、住む世界が違う人たちが泊まりに来るようなキャンプ場であった。
否、ここはキャンプ場ではない。
テントの一張りも無かった記憶がある。
グーグルマップにはキャンプ場と表記されていた為、まんまと引っかかってしまった。
僕は次のキャンプ場を目指した。
次こそは騙されないようにしようと、グーグルマップを航空画像に切り替えキャンプ場であることを衛星様の目をお借りして確認する。
今回は大丈夫そうだ。
そしてメインストリートに近いキャンプ場に到着した。
ここは正真正銘のキャンプ場だった。
失礼な話だが、お客さんと思しき人たちの身なりは僕に近い物があったからだ。
安心して鉄格子のゲートをくぐりチェックインを済ませた。
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チャイは無料で飲め、おまけにウォーターサーバーもある。
素晴らしい。
メインストリートで食料の補給。
そして、追加のウェアを購入することにした。
と言うのも、僕はこの旅の計画で標高に対しての気温変化を想定しないでいた。
なんと馬鹿なことを。
標高が100m上がるごとに気温は約0.6℃下がる。
これは山を登っている人ならある程度常識的な知識だが、そんなことすら考えていなかった。
なんか寒いなと思ったら、標高が数百m上がっていた。
そんな感じで気温差に気づいたのである。
これが真夏以外のシーズンでは死活問題になっていただろう。
大いに反省すべき点である。
そんなこんなで少し暖かそうなウェアを探したが、全く見つからなかった。
そのため、今後は出来る限り標高を下げたところをテン場にすることにした。
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終点へ
翌朝、キャンプ場を出発した僕はタクシーでGöynük Canyonまで向かった。
昨日は歩いたが、今日は歩く必要もないのでトレイルまで快適に移動。
本日は、昨日歩いたGöynük Canyonを北上しヒサルチャンドゥル≺Hisarçandır≻を目指す。
約20㎞、1800mのUPと1000mのdownがある。
ヒサルチャンドゥルまでは一山超えて一気に下るような道だった。
少し分かりづらい道もあった。
ヒサルチャンドゥルに着いた頃には17時を回っており、かなりのカロリーを消費したためか、お腹もペコペコ。
たまたま、開いていた小さな商店でパンとツナを購入。
この時のツナサンドが今まで食べてきたツナサンドの中で一番美味しかった。
空腹は最高のスパイスである。
腹いっぱい食べたところで寝床を探しながら先へ進む。
ぼちぼち日も暮れてきていた為、早めにテントを張りたいがテントを張れそうな平らな地面が中々見当たらない。
40分ほど歩いてようやくテントを張れそうな場所を発見。
多少の傾斜はあるが贅沢は言ってられない。
テントを張り、早々に横になった。
明日でトレイルが終わる寂しさと、ここまで歩いてきたという興奮が入り混じった変な気持ちだ。
そんな心情を無視するほど、体は疲れ切っていたのかすぐに眠りに落ちた。
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翌朝、ついに最終日を迎えた。
昨日と同じような距離と標高差を歩けばLycian Wayのゴールに着く。
トレイルを早く歩ききりたい気持ちと、まだ終わらせたくない気持ちが半々の中歩き出す。
本日も中々ワイルドな道を歩く。
三日前から同じようなペースで歩いていた女性二人組のハイカーとも再開。
彼女たちは明日ゴールを踏む計画のようだ。
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トレイル上で出会った人達に思いを馳せて歩き、トレイルのエンドポイントへ。
ゴール感のないゴールである。
と言うのもここは、ある人からすれば始まりの地であるからだ。
全線540㎞を歩き切った時の気持ちは、ゲームで勝った「っしゃー!!」という喜びより、心が「ほわーん」と満たされる感覚だった。
ここまで無事にたどり着けたことに対する万物への感謝が心の中で広がるような。
そんな不思議な感覚だった。
今までの人生を振り返ると、自分の決めたことを満足に達成した記憶は少ない。
そんな自分がある一つの目的を持ったことを達成できるとは。
これは今後の人生で大きな自信になるだろう。
そして何より楽しかった。
この言葉に尽きる。
楽しいことは続けられる。
案外、物事を考えるうえで大切なことは「シンプルであること」なのかもしれない。
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旅は道連れ、世は情け
「旅は道連れ、世は情け」。
改めてこの旅で出会った方、遠くの地から応援してくれた方々に感謝を申し上げたい。
一人の力では決して歩き切ることはできなかったと思う。
また、この旅に彩を与えてくれた。
この旅は、僕の人生の中で決して奪われることのない大切な財産になった。
初めての海外一人旅がこうも素敵なものになるとは想像もしていなかった。友人や兄弟と呼べる人達にも出会えた。
日本に来る旅行者にも同じ気持ちになって欲しいと強く思った。
僕たちの住む世界には国と国を隔てる見えない壁、国境が存在する。
その国によって生き方も考え方も、文化も違う。
国境自体はあっても無くても良い。
ただ、心はお互いを隔てず繋がっていたいものだなと思う。
生きてれば時に人にイラついたりすることもある。
ただ、視点を少し変えればその人に対しても思いやりを持った対応が出来ると思う。
そういった一人一人の意識が世界を良い方向に進めていくのではないだろうか。
そんな単純な話ではないかもしれないが、小さな思いやりを心に宿すことは誰にだって出来ると思う。
自分に向けている優しさをほんの少し人に向けてあげればよいからだ。
そんな思いを持った人同士が共鳴しあい、思いやりと言う愛の種を蒔いていくことを願う。