花の香りの抽出方法 : 溶剤抽出 (アブソリュート )
植物から香料を得る方法の一つに「溶剤抽出」がある。
前回紹介した「アンフルラージュ」に変わり、「溶剤抽出」による「アブソリュート 」の製造は、グラースでは19世紀末から急速に広まった。
*本シリーズでは天然香料の製造法を、香料植物の栽培と香料、香り製品の製造で発展した南仏グラースの歴史とともに紹介する。
溶剤抽出とは
石油化学の発達と共に登場した「溶剤抽出」は、ヘキサンなどの揮発性有機溶剤に植物を浸したあと、溶剤を揮発させ、香り成分を含んだ「コンクリート」と呼ばれるワックス状の物質を得る。コンクリートをエチルアルコール(エタノール)と共に攪拌し、冷却、濾過するとエチルアルコールを含む香りつきの液体とワックス状の物質に分離される。液体からエチルアルコールを気化させると「アブソリュート 」と呼ばれる香料になる。
広義には「アブソリュート 」は植物から得られる揮発性の油脂物質であり、「エッシェンシャルオイル(精油)」に含まれるが、香料業界では水蒸気蒸留で得られるオイルを「エッシェンシャルオイル(精油)」、溶剤抽出で得られるオイルを「アブソリュート 」と呼び区分している。
溶剤抽出は高温、低温のどちらでも利用できる。熱に弱いジャスミンやチュベローズの香りを効率よく抽出できることから、アンフルラージュに変わる製法として用いられている。また、バラなどにも利用されており、留出物が水層と油層に別れる水蒸気蒸留よりも多くの香気成分を抽出でき、植物本来の香りに近い香りを得ることができる。
↓グラースを本拠にする香料会社ロベルテ社でローズのアブソリュート が作られる様子。1キロのアブソリュート を得るのに600キロのローズが必要。
オーガニックの矛盾
最近はオーガニック原料にこだわった香りの製品が増えており、我々消費者の関心も高い。
グラースで見学した香料植物の有機栽培農家では、収穫した花が化学物質を吸収するのを防ぐため、収穫の際にはオーガニック素材でできたエプロン、かご、麻袋などを用いるなどして徹底している。しかし、アブソリュート製造過程で化学薬品が使われるという矛盾…。
今年5月の取材で花の栽培関係者から聞いた話によると、香料業界ではこの矛盾脱却のために、よりクリーンな抽出技術の研究開発が進められており、各社とも実用化にむけて最終段階に入っているという。
新たな技術を確立した企業が今後のゲームチェンジャーになるだろう、と話す人もいて人々の期待の高さがうかがえる。
↓ロベルテ社の5/29のインスタグラムでは、2024年の香水向け原料の国際展示会(SIMPPAR)でのヘキサンフリー、生物分解性のある物質によるアブソリュート展示が予告されている。
科学技術の発展と自然の関係
では石油由来の溶剤を用いたこれまでのアブソリュート は悪だったのか?
グラースの香水工場の歴史を解説した書籍「GRASSE L'usine à parfums 」に興味深い記述があったので紹介したい。
溶剤抽出が用いられるようになった20世紀初頭前後は、合成香料が台頭し天然香料が脅かされ始める時期でもあった。当時ドイツやスイスを中心に化学工業が発達し、19世紀半ば以降クマリン(トンカビーンズや桜餅の香り)、バニリン(バニラの香り)、ボルネオール(竜脳)などの単離や合成に成功した。
同著では天候に左右されず、品質も安定した合成香料の登場は「即座にグラース地域に警鐘をならした」とする一方で「溶剤抽出法は大変革を迎えていた香水業界において、グラースの生き残りに大いに貢献した」とある。
香料の製造だけでなく、バラやジャスミンなど香料の原料植物の産地でもあったグラースでは合成香料が競合になったが、アブソリュート製造により、天然香料製造における新たな発展を遂げることになった。
そのどちらも当時の急速な科学技術の発展に由来している。そして今日ではその科学技術を用いより自然と調和した技術の研究開発が進んでいると思うと興味深い。
参考資料:
- 絵でわかるにおいと香りの不思議 長谷川香料株式会社著 (講談社)
- GRASSE L'usine à parfum Gabriel Benalloul, Géraud Buffa 著 (Edition Lieux Dits)
- Sylvain Delacourte ブログ Extraction by volatile solvents in perfumery
- Wikipedia 精油 #抽出法
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