強いドルは米国の威信
強いドルは米国の威信の現れであり、戦略です。48年連続で経常赤字でもドルを供給し、ドルを支えているのは5つの要因からです。
一つは原油のドル決済です。原油取引がドル建ては歴史的な経緯を背景に、慣習上、ドル建てでの取引になっています。歴史的な背景としては、①1960年代までは米国を筆頭としたメジャーズ(総合石油会社)は原油取引を支配していたこと、②80年代前半に原油取引のスポット取引が拡大するとともに価格変動リスク回避のために先物取引も始まり、その先物市場に主として米国市場が利用されたこと、③世界最大の石油消費国が米国であることが要因と考えられています。
二つは国際間での資本取引や貿易取引に広く使用される決済通貨がドル決済です。米国ドルは貿易の際に欠かすことのできない通貨です。日本でも貿易取引に使われる通貨の多くを米国ドルが占めています。急激な円高時には日本企業は海外貿易には円決済取引を主張した時期もありましたが、米国の強い経済力を背景に通貨価値が安定している点も基軸通貨としてのドルが世界の中で最も信頼を得ている事実が大きいと言えます。
三つは米国の圧倒的な軍事力です。世界最大規模の核戦力を有し核の三本柱のバランスが取れています。世界最大規模の通常戦力を有し陸海空と海兵隊のバランス、各軍の中のバランスが取れています。世界最高の技術を誇り、常に戦争をしているため作戦教義を常に開発しています。軍事力をグローバルに展開し緊急対応能力が高いことが特徴です。そして何よりも大規模な軍事力を有しているにもかかわらず軍国主義国家にならず文民優先が徹底しており同盟国との共同に勤めています。
四つはソフトパワー(ブランディング戦略)です。現在、世界中に広がっているインターネットは米国経済復活の最大の転換点でした。通信プロトコル・OSなど標準化は米国が主導したものです。国際的な通信傍受システム・デジタル技術・コンピュータ処理・GPSは各地の紛争やミサイル防衛システムに大きな役割を果たしており米国の情報の傘は核の傘と並ぶ安全保障のリーダーシップをとる力の源泉となっています。米国の高等教育も毎年40万人を超える留学生を受け入れており世界で断トツの1位です。世界の優秀な頭脳が米国に集まり米国の政治・ビジネスを学び自国のエリートとして活躍しています。米国のエリート層と個人的なパイプを構築し米国にとって非常に大きな利益をもたらしています。
五つはアジア諸国による外貨準備の蓄積です。1990年代後半のアジア通貨危機をきっかけに外貨準備が経済の安定化に果たす役割が見直されたことにより、とりわけアジア諸国では通貨の暴落を伴う経済危機への対応として潤沢な外貨準備を用いた為替介入による通貨価値の安定が有効となっています。多くのアジア諸国では対外債務の大半がドル建てになっていますが短期的にドルの調達が困難になっても外貨準備があれば対外債務の不履行を防ぐことができます。実際、2008年のリーマンショックでは多くの国が外貨準備を用いた介入を行い、それが経済の安定化に寄与したとされています。従来適正とされた量をはるかに上回る量の外貨準備を蓄積しているのは将来の危機に対する予備的な動機からと言えます。
このようにドル1強体制は米国の戦略から生まれてきたものです。中国の猛追により中国はドルを金に換えていたり、米国の国債利払いが国防費を上回るようになったり、ドルの価値が揺らぎつつあると言われていますが、ドルの下落が起こらないよう、米国は戦略を常に練っています。日本の経常収支が黒字であるにもかかわらず、円売りが優勢なのは不可解ですが、強いドルの正体は弱い円があるからなのではないでしょうか。