④やりたいことができると、行きたくなる
記事・写真 三浦順子
①②③はこちらから ↓
・識字障害の入学生への対応が発端だった
次はユニバーサルデザインの考え方についてお話しします。いままで話したこと…遅刻を取らないとか、桜丘中でやってきたいろいろなことをみなさんは訳がわかんないって思っているかもしれないです。けどそれは、実は理由があってやってるんです。
例えば、左上の赤い子について(写真①)。コロナ前の話なんですけど、LD、識字障害があって、教科書が読めないって子が入学してきた。教科書は読めないけど、誰かが教科書を読んでくれればわかる。地元の中学校で、当時タブレットのPDFを読み上げるアプリがあってさ、それを使えば授業に参加できるっていうんだ。校区の中学校の校長先生に頼んだら「君だけにタブレットを使わせるわけにはいかない」って断られた。今はもう、コロナがあってみんなタブレットを持っているけど、それより前の話。それで桜丘中に相談に来て、うちの子はそういう障害があるんですけど、タブレットを使っていいですかって言うんだ。
いいよって言ったんだけど、内心は心配だった。その子だけ使ってると「なんであの子だけタブレットを使っていいの」とか「ずるい」とか思う生徒が必ず出てくる。それで、あの絵の真ん中のブルーの円内が「コンフォートゾーン」っていうんだけど…あのグループの円の中に入れる子は学校が楽しい。勉強もできる。友だちがたくさんいる。でも何らかの理由であそこに入れない子がいるわけだ。学校が楽しくない。今の話の子は、識字障害があって教科書が読めないという理由で、勉強ができないので楽しくないんだ。じゃあタブレットを使っていいよってする。普通の学校は「君は使っていいよ」って言うんだけど、桜丘中では「学校全体で使っていいよ」にしたんです。
・これがユニバーサルデザインの考え方
すると、ほら、ブルーの円が広がるじゃない(写真②)。全員使っていいよと。そうしたら右側の緑色の生徒も実は同じ障害を持ってた。あれ、俺も使ってみたら勉強できるじゃん、ってなる。
遅刻もそう。起立性調節障害だとかで朝がすごく弱い子で、真面目な子は遅刻して行くぐらいなら学校休んじゃえ、ってなる。じゃあ、その子のために遅刻は取りませんよって決めるんだけど、全員にそれを適用すると「今日は熱があるから様子見ようかな」って子も「昨日お母さんとケンカして眠れなかったから今日はつらい」っていう子も遅刻できる。1人のためにやったことが全体のためになるっていうのがユニバーサルデザインの考え方。こうやって学校を変えていったの。理由がなく、適当にやってるわけじゃないんです。
タブレットの話をすると最初はね、確かに面白半分で持ってきた生徒もいた。ゲームとかやりたいって。でも、そのうち面倒くさくなったみたい。だって体育の時間はタブレットを先生に預けなくちゃいけないし、落として割ったら自分が弁償しなきゃいけないし。だから結局、必要な子以外持ってこなくなったね。言葉で言うと、特別な配慮が必要な子どもたちにとって、過ごしやすい環境は、全ての子どもたちにとって過ごしやすい。これがユニバーサルデザインの考え方です。
もう一つ、学校や社会はマジョリティー特権者仕様に作られているって話をしますね。「車いすが多数派のレストラン」という動画を見てください。
・マジョリティー仕様になっている世の中
こういう実験的なことをするとわかるんですけど、世の中はマジョリティー、特権者仕様になっている(写真③)。
日本の社会では男性は特権階級です。職種によっては、同じ仕事をしているのに男性のほうが給料が高い。あと、生まれた性自認が一致している人。異性愛者、高学歴の人。障害がない人、高所得、大都市。これがマジョリティー。…この人たちに合う環境にしちゃってる。
そうじゃなくて、このマイノリティーの人も過ごしやすい環境にしなきゃいけないんだよ。女性についてもそう。例えば夜8時とかに保育園のお迎え帰りのお父さんが、前と後ろに子どもさんを乗せて自転車に乗ってると、もう感動しちゃうんだよね。「お父さん大変だなー!」と思うんだけど、お母さんがやってると感動しないんだよ、普通だから。つまり僕の中に刷り込まれてる。保育園の送り迎えは女性がやることで、男性がやってると大変だなって思っちゃうんだよ。みなさんにもおそらく、いつの間にか刷り込まれていることがある。…そういうことなんですよね。
・障害は個人にあるのではなく、社会にある
障害に関しては、医学モデルと社会モデルっていう二つの捉え方がある(写真④)。
桜丘中学校は右側の社会モデルを採用しています。障害というのは個人と社会環境の相互作用の中にある。だから環境を整えれば障害ではなくなるという考え方。環境を整えましょう。遅刻を(取ら)なくしましょう、制服を着なくてもいいようにしましょうというのは、環境を変えている。
一方でほとんどの日本の学校は医学モデルをとっています。個人の中に障害がある、あなたにあるって。だから、そういう障害のあると言われている子を1カ所に集めて訓練をするんですよ。ソーシャルスキルとかかっこいい言葉にしていますけど、要は訓練してる。
例えば、車椅子の人がいて、2階で会議があったりする。エレベーターをつければ2階にいけますよね。それが社会モデルです。エレベーターがある環境にすればいい。ところが日本の教育は、そうではない。車椅子で階段を登れるようにしましょうというのが今の日本の教育です。
環境を整えるにはすごくお金がかかるんですよ。日本は国連から3回、こういう教育はやめなさいって言われているんだけどお金がかかるから、無視をしています。日本って本当に教育にお金をかけていない。2兆円しか使わない。子どもがいると教育費がたくさんかかってみなさん大変でしょう。学校の先生が足りなくて困ってる。忙しい忙しいって。いや、教育費を倍にしたら先生は倍になる。5時に帰れますよ。生きがい、やりがいなんて言ってるけど、お金をかければ日本の教育はよくなります。こんな訓練をしなくてもよくなる。だから教育にお金を使ってくれる人を選挙で選びましょう。ね、ミサイルとか買わなくていいよね。過ごしやすい環境を作ることが大事です。
・学校が取り上げるなんて強盗だよね
校には あと10分ぐらいいいかな。桜丘中の話、聞きたいですか?。もういい?。笑
これは廊下で麻雀をやっている様子(写真⑤)。麻雀OKなんです。OKとは言っても、授業中じゃないよ。ある朝ね、生徒が麻雀牌を持ってきたんだ。カバンに麻雀牌。普通の学校だと、授業に関係ないから持ってきちゃいけませんって、ひどい学校は取り上げたりするんだ。それって強盗だよね。笑。でもうちの学校の先生はそういうことをしない。そして、何で彼が麻雀牌を学校に持ってきたんだろうって考える。
子どもたちはテレビゲームでは麻雀をやったことがあるけど、本当の麻雀牌でやったことはない。だからやってみたいんだろうな。家だとガヤガヤうるさいし、学校ならできるんじゃないかと思って持ってきたんだろう。じゃあやらせてあげましょうと言って、僕が半円形のテーブルを2つ置いてあげた。そうすると、保健室の先生が使っていない毛布があるから使ってくださいと言って持って来てくれた。たまたま通りかかった人に「麻雀できる人」って聞いたら人が集まった。そうして放課後、麻雀が始まるわけだよ。そうすると麻雀が好きな先生も集まってきて「これはこう切りなさい」とかやって、当時の副校長先生なんかギャンブラーだから笑、ずーっと教えてくれた。一緒に遊んであげたんだよね。
・文化祭は学校行事ではなく、有志で
何か「やりたい」ってことが学校でできると、行きたくなると思いません?。「学校に行けばやらせてもらえる」「学校ならできるかもしれない」と思ったらみんな来る。それを狙ってるんです。みなさんは幸せなときってどんなときですか?。僕はよく子どもたちにそう聞いてたんだ。一番すごいなーと思ったのは「好きな人が笑っているのを見たとき」。僕はね、好きなことをやっている時が一番幸せ。
学校でも何かやりたいってことや、好きなことができないかなってことです。桜丘中の文化祭は「SAKURAフェスティバル」といって…学校行事じゃないんです、実は。有志の子どもと有志の保護者が、運営委員会を作って、勝手にやってるんです。動画を見せますね。
(動画要旨)
22回目を迎えたSAKURAフェスティバル。今ではすっかり地域に根付いたお祭りになっています。一番の見どころは体育館ステージ。先生も一緒になって盛り上がりは最高潮。地域の人たちもたくさんお店を出しています。野球部が用意したゲームに地域の子どもたちも大はしゃぎです。
…こういうことで、子どもと保護者がやっているところに先生たちが参加させてもらっている感じ。模擬店も部活でやって、保健所に登録している。いろんなものを売って、それで部費の足しにしていたようです。2000人ぐらい来るんですよ。
部活動のことを言うと、例えばバレー部は都のベスト16ぐらいまで行く。で、先生は、絶対大きい声を出さない。子どもに対していつもニコニコしている。バレーの先生って怖いでしょ?都の試合に行って相手の学校の先生を見るとすっごい怖い先生ばかりがいる。笑。桜丘中の先生は「いいよー、おいでー」って言うくらい優しい。それなのになんでバレー部が強いんだろうと思っていたある日、理由がわかりました。先生のお父さんが全日本バレーのコーチでお兄ちゃんは選手。そう、サラブレッドだったんだよ。それで、本当のプロの人は怒鳴ったりしないってことを教わりました。素人の先生が部活を教えるのは良くないと思う。自分ができないと、大きい声を出して怒るしかないんだよね。本当に一流の人は絶対に声を荒げたりしない。しかも強いチームにする。ということが、この先生のおかげでわかりました。
・勉強しに来たら夕食も出た、って形に
それでね、そのバレー部の練習が終わると、生徒が僕がやっているギター教室に来るんだよね。バレー部のバンドを作ってるの。(会場ざわざわする)
(演奏動画)
中学生って発表の場もなくて、全国の高校生の大会に中学校で1校だけ桜丘中を出してもらったんです。これは30分間で曲を作って発表するっていうもの。僕ね、パンクが好きなんですよ。僕が教えるとみんなパンクバンドになっちゃうんだ笑。バレーだけじゃなくて、バレーやったあとバンドやったりとか、もう好きなことは何でもやったらいいよね。
日本人って石の上にも3年とか言って、一つのことをずっとやらなきゃいけないと思っているところがある。でも、いろんなことをやっていいんですよ。僕は子どもたちがやりたいって言ったらやらせることにしている。
桜丘中には英語が好きな子ってたくさんいるんだよね。ところが英検を受けても面接で半分ぐらい落ちてしまうから、面接対策をしたんだ。実際に英検の面接官をしている方を呼んできて、放課後に「英検サプリ」という補習をしたの。それから英検の面接では1人も落ちなくなった。それからボーカルレッスン。歌が好きな子がいてね。大学の後輩でジャズをしている子が近所にいたから、来てもらって教えていたね。
あと、夜の勉強教室っていうのをやっているんです(写真⑥)。
これは実態は子ども食堂。世田谷区でも当時、貧困率が20%。ほとんどが母子家庭なんだけど。子どもたちに「夕食をきちんと食べてるか」って聞いたら、昨日はコンビニのお弁当でした、って。それはいいとしても、菓子パンでしたっていう子もいる。なかには食べませんでしたという子もいたんだ。「え、夕食食べないの?」って。それはもうショックでね。じゃあ子ども食堂をやろうって決めた。月3回、地域の方やPTAのOBの方たちが来てくれて、始めたの。
子ども食堂っていうと来にくい子がいるから、夜の勉強教室にしましょうって先生たちが言う。それで勉強しに学校に来たら、夕食も出たという形にしました。先生たちは忙しいのに付き合わせるのは悪いなと思ったから、近所の個人塾の先生に「こういうのをやるので、教えに来てくれませんか」って頼みに行ったんだ。そうしたら来てくれてね。塾の先生が教えると、評判がいいんだよ。受験のテクニックをよく教えてくれた。写真でピースしてるあの男の先生、毎日お酒を飲んでばっかりで夕食をちゃんと食べないんだよね。だからあなた来なさいって、生徒と一緒に子ども食堂で食べさせたんです。
浴衣の日っていうのもあります。子どもたちは4月、新しい学校に入ってきたり、学年が上がったりして一生懸命学校に慣れようとか、勉強しようって頑張ってる。そして、6月頃に息が切れる。6月が一番事故が多いんです。ケガをしたり、ケンカが起こったり。もう疲れ果ててる。そこで、この浴衣の日をやるんです。どんなのかというのを動画で見せますね。
(動画要旨)
生徒と先生が一緒に楽しむ特別な日があります。(生徒が写真を撮っている)生徒会が企画した行事、名付けて「浴衣の日」です。もう6年間続いています。(英語の授業)この日は先生も浴衣姿。浴衣を着て楽しむ授業はいつもと気持ちも違います。
・浴衣を着たり、ハロウィンやったり
だいたい7月の七夕辺りにやるんですけど、これが終わると、もうすぐ夏休みっていうのでまた頑張れる。リフレッシュする。単に浴衣を着て勉強するだけです。特に目的とかはありません。浴衣は毎年少しずつ買い足していて、学校には150枚ぐらいある。近所の着付けのできる方が来てくれて、朝の7時半から着付けをしてくれます。
それからハロウィン。これも面白かったんだよねー。僕はだいたい牧師とか神父の格好をして、カントリーマアムをたくさん買って、子どもに「あなたは神を信じますか」って言う。もちろん冗談ですよ笑。それで信じるって言ったらあげるの。信じないって言ってもあげるけどね。
こんな感じの学校生活ですが、ここで生活指導主任の話を聞いてほしいんだなー。あ、これ生活指導主任。(会場笑)。この人がいいことを言ったんだよ。
「一緒にやってる方が楽しいです。浴衣を一緒に着たり、ハロウィンをやってみたり。バレンタインデーはなるべくもらえるように頑張ってみたり。これは校長がよく言ってるんですけど、子どもと一緒に生きることだなと思っている。そうすると子どもが何を考えて何に困っているかもわかってくる」
…素晴らしいでしょ。「校則守りなさーい!」って言って怒鳴っている生活指導主任と「こうやってると、子どもが本当につらいことだとか困ってることが分かるんです」っていう生活指導主任、どっちを選びます?。こうやって子どもと一緒に遊んで、一緒に生活していると、子どもたちの本当のつらさがわかったり、困ってることがわかったりする。これが生活指導主任の仕事ですよ本当に。ね。
(⑤へつづく)
次回予告
11/2(土) 19時ころ公開予定!××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××次回⑤は、講演会編の最終回!
・「廊下にいられていいねー」なんてとんでもない
・桜丘中の卒業生が語ったこと
・質疑応答もすごかった
心のお守りになる言葉が満載で、最後の最後まで目が離せません!××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××こちらの記事へのご感想、コメント、スキ♡、フォローをお待ちしています。
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プロフィール
《西郷孝彦さんプロフィール》
1954年横浜市生まれ。上智大学理工学部を卒業後、東京都立養護学校をはじめ、都内中学校等で教員、副校長を歴任。2010年、世田谷区立桜丘中学校長に就任。生徒の発達や特性に応じたインクルーシブ教育を取り入れ、段階的に校則を解消。定期テスト等の廃止。個性を伸ばす教育を推進。誰1人切り捨てない、全ての子どもが安心して学べる学校、行きたいと思える学校作りに尽力した。2020年に退職。著書は「校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール」「『過干渉』をやめたら子どもは伸びる」(ともに小学館)など。
「校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール」
「『過干渉』をやめたら子どもは伸びる」
Magazine Crew
三浦順子(あのね文書室)
ライター/インタビュアー。 大分県の片隅でドタバタと4人の子育て中。猫3匹と6人家族で暮らしています。元地方紙記者(見出しとレイアウト担当)。2019年、インタビュー記事を書きはじめました。2022年からは地方紙と専門紙の契約ライターもやってます。
https://www.instagram.com/p/CfcaclBPQdA/