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『さざなみ(45Years)』失望に似た悲しみについて
『45 Years』(邦題:さざなみ)
監督:アンドリュー・ヘイ 2015年 イギリス映画
出演:シャーロット・ランブリング, トム・コートネイ
結婚45周年のパーティーを控えたある日、穏やかに暮らす夫婦の元に一通の手紙が届く。その手紙によって、夫ジェフは過去に引き戻され、妻ケイトは心が乱されていくというお話。
この手紙がきっかけで、ケイトはジェフの過去やそこに秘められた気持ちを知るだけでなく、過去を未だに引きずっている夫の姿に打ちのめされることになる。
45Years。
それは長い年月だ。ほぼ半世紀共に過ごし、そばにいることが日常で、お互いがそれぞれの人生の一部なのだと思う。
それでもお互いを理解し尽くすことはできない。
ジェフはケイトと出会う前に結婚を考えていた恋人がいた。
しかしスイスで登山に中事故に遭い彼女を失う。
その彼女の遺体が50年の時を経て、スイスの氷河で発見されたというのが手紙の内容だった。
手紙が届いたことによりかつての恋人への想いが蘇るジェフ。
彼の関心は共に暮らす妻よりも、今は存在しないかつての恋人の方へ向いていく。
「僕らには毎日探すという目的があった。泊まる所と、食べるものを」
「移動しない日だってしっかりした目的があったんだ。朝四時に起きて…」
「僕が思うに、人は老いぼれていくと、そういう目的がなくなってしまう」
これは、事故が起きる前、スイスの山での生活についてジェフがケイトに語った言葉。
年を取り、日々生活以外に興味を失いつつあるジェフにとって、かつての恋人の面影を追うことは「人生の新しい目的」なのだ。そして、それが今の彼の行動指針になっている。
この夫婦には子供がいない。それゆえ家族写真を撮ることにそれほど興味をもたずに生活してきた。だから二人の思い出の記録はほとんど残っていない。
「年を取ると(写真を)撮ればよかったと思うわ」
「それが大事な思い出になるなんて、気づかなかった」
そうジェフに語るケイトは、ジェフが撮影したかつての恋人の写真をみつけてしまう。そして、そこに写っていた彼女のお腹の膨らみにケイトは衝撃を受ける。山の事故で亡くなる前、二人の間に新しい命が宿っていたということか?
ケイトの心を乱す原因は、かつての恋人への嫉妬だけではない。
自分が夫と時間をかけて築いてきたものが、あるいは築いてきたと思っていたものが、踏みにじられたと感じるからだと思う。
踏みにじられたそれは、彼女にとって人生の全てだったのではないか。
そしてきっとこう思ったはずだ。
「この45年間はなんだったのか」と。
人生最も貴重である「時間」はどうしたって取り返せない。
45周年の結婚記念パーティーで、ジェフは涙ながらに妻への感謝と愛情を捧げる感動的なスピーチをする。一方、ジェフへの不信感に苛まれるケイトは、思い出の曲でのダンスの最後で、とうとう我慢できなくなり夫の手を振りほどく。
45年という時間をかけて築いた関係性や絆を持ってしても、彼女が受けた傷は癒せない。いや、時間をかけて築いたからこそ許せないのだ。
ずっとそばにいても、すべてをわかっていると思っていても、結局のところ夫は他人。
映画では描かれていないが、もしこの後二人の関係が修復されたとしても、ケイトの心の中で死んでしまった「何か」はもう蘇ることはないだろう。
失望に似た悲しみは彼女の心にひっそりと残ってしまう。
ところで、邦題の「さざなみ」はうまいタイトルだと思った。
激情というわけではなく、ざわざわとさざなみのように波立つケイトの心情が、少ないセリフと表情の変化で繊細に描かれている。
一見静かな、でも深みのある大人の映画だ。
(day2)
写真 西表島