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自分の人生を自分の手で取り戻すまで オ・スアからみる 『梨泰院クラス』
遅ればせながら話題のNetflixドラマ「梨泰院クラス」を完走。
私にとっての殿堂入ドラマ「愛の不時着」と人気を二分する、2020年コロナ下における大ヒット韓ドラだが、評判通り心を揺さぶる良き作品だった。
「梨泰院クラス」は、信条を貫きどんな困難にも打ち勝つ強さを持つ主人公のパク・セロイ(パク・ソジュン)と、彼を取り巻く仲間たちの成長物語だ。
不器用だが実直で温かみのあるセロイが着実に目標を達成していく姿に心打たれるのはもちろんだが、個人的には彼の初恋の人、オ・スア(クォン・ナラ)の人生が心に残った。
なぜなら、彼女の考え方や生き方の方が世の中のマジョリティだと思うし、共感できる部分が多かったから。
ここでは、オ・スアの人生に焦点を当ててこのドラマの感想を書いてみたいと思う。
1. 長いものに巻かれて生きてきたオ・スアの人生
まずはオ・スアの生い立ちについて。
スアは幼い頃に施設に預けられた、言わば親に捨てられた子供だった。
親がいないことで、周囲から同情の目で見られることに違和感と嫌悪感を覚え、また誰からも守ってもらえないと悟った彼女は、「自分のことは自分で守る」と決意して生きてきた。
スアは同情されることの意味を知っている。
"あの人よりはマシだ"
"ありがたいと思って生きなくちゃ"
同情って何だかわかる?
人を見下して自分を慰める馬鹿げた感情よ
だから同情する人を信用しないし、そういう類の人間を許さない。
そして、同じ理由で同情や助けを求める人間も軽蔑する。
また、こうも思う。
私だけでも 自分を大事にしよう 誰にも愛されないかわいそうな私
私だけでも自分を愛してあげよう
「自分のことは自分で守る」と決めた少女にとって、
自分を第一に考えるということは、生き抜くための戦略だった。
そんな中、彼女が暮らす施設を支援していた、大手レストランチェーン「長家」の従業員パク部長とスアの交流が始まる。
パク部長は個人的にスアの学費を援助をするなど、金銭的のみならず精神的にも彼女をサポートし続けた。スアもパク部長には心を許し、彼を恩人と慕っていた。そしてそのパク部長の息子が、同い年のパク・セロイだった。
セロイは、スアが通う高校に転校したその日、いじめられているクラスメートを助けるために暴力事件を起こしてしまう。その事件の相手が、因縁の相手となる「長家」の跡取り息子、チャン・グンウォン。
この事件がきっかけでセロイの父親であるパク部長は会社を辞めることを余儀なくされ、セロイは転校したばかりの学校を退学することになる。
その後も不幸は続き、グンウォンがパク部長を車で跳ねる事故が起きる。
そしてパク部長は亡くなった。
一方、長家の会長であるチャン・デヒは権力と財力にものを言わせ、息子の罪を隠蔽した。長家の後継者を前科者にするわけにはいかないという理由で。
しかし、パク部長の葬儀の日、セロイとスアは長家による隠蔽を知ってしまう。怒り狂ったセロイはグンウォンを半殺しになるまで殴り刑務所へ送られる。
一方、スアは会長からある提案を受ける。
それは大学の奨学金、入学金、生活費の世話をするというもの。
表向きには「セロイを警察に通報したことのお礼」(犯人がグンウォンと知ったセロイの暴走を止めるためにスアが警察の助けを求めた。その結果セロイは逮捕されてしまった)だが、会長の真の目的は真実を知るスアを長家側に取り込むためであった。
こうしてスアは長家の援助の下大学生活を送り、卒業後は長家に就職した。
つまり、パク部長の事故以来、彼女は名実ともに長家側の人間として生きてきた。
あの日から自分を合理化してきた
恩人を裏切っても 友達を見捨てても
それが自分の信条に反することであっても、弱者であるスアには権力を持つ強い相手と戦う術はない。だから安全な傘の下で生ることを選んだのだ。
2. 多くの人間がスアのように生きている
絶大な力を持ち、目的のためには手段を選ばない会長に睨まれたら、ただではすまないことは明白。
だとすれば、スアの選択は誰にも責められない。
彼女には自分の味方をしてくれる親さえいないのだ。
ところで、長いものに巻かれる生き方は非難されるとは限らない。
場合によっては、むしろ賢い生き方となる。別の言い方をすればそれは「大人になる」ことでもあるからだ。つまりは妥協を覚えること。
周囲との衝突を避け、スムーズに前に進むためのひとつのやり方として。
スアも「自分のことは自分で守る」と決めた時から、彼女にとって安全かつ利益をもたらす選択をしてきた。
その結果として、スアの人生は側からみれば「成功」と評価されるものとなる。
施設で育ち財産もなく、一人で生きていくしかなかったにも関わらず、若くして重責を担う仕事を任され、大企業の会長のお気に入りの社員でもある。また、美貌と能力の両方を持ち合わせ、したたかに生き抜いている。
誰もが羨むものを手に入れていながら、しかし、彼女は混乱している。
その原因は「パク・セロイ」。
裏切ったにも関わらず、相変わらず自分を好きだという男。
「おまえは自分の人生を一生懸命生きているだけだ」とスアの決断を理解する男。
彼は刑務所から出所後、7年間の出稼ぎ期間を経て目標通り梨泰院に店を構えた。そんなセロイの存在がこれまでのスアの生き方を揺るがすようになる。
3. 「おまえを解き放ってやる」と言う男
スアはセロイにとって特別な女だ。
「初恋の人」であり、父の死によって生きる目的を失ってしまった彼に「長家への復讐」という新たな目標を自覚させた女でもある。また、服役中にスアから送られた手紙はセロイの心の支えとなっていた。
また、セロイが梨泰院に店を出すと決めたのも、スアが住んでいる街だったことがきっかけ。つまり、彼女が彼の人生の伴走をしているのだ。
そして、スアは陰ながらセロイを見守っている。たとえ天敵である長家側の人間として生きていても、それだけは変わらない。
一方で、わざわざ険しい道を選ぶセロイの気持ちを理解しながらも、その生き方を受け入れることができない。
「もっと生きやすい方法はあるのに」と思っている。
でも、セロイの強さは群を抜いている。障害や困難があっても諦めない。
そもそも「生きやすいかどうか」は彼の判断基準にはない。
スアは妥協とは無縁の生き方をしている彼に戸惑いながらも惹かれていく。
それと同時に自分の生き方に後ろめたさを感じている。
あんたみたいに強くないし 私は ひきょう者よ
そう弱音を吐くスアに、セロイは言う。
自分の決定に忠実になれ お前は何も悪くない
何年経っても変わらないセロイ。
もちろんスアへの想いも昔のままだ。
「私を好きにならないで」と言っても彼にとっては馬の耳に念仏。
結果、スアは長家とセロイの板挟みとなり、心が揺れ苦しむことになる。
そんなスアにセロイは告白する。
つらいだろうけど 少しだけ辛抱してくれ
俺に何をしてもいい
言ったはずだ お前が何をしようと俺は揺るがない
もう苦しめたくない 長家は俺が始末する
あの会社から解き放ってやる
そうセロイに告げられたスアは、セロイが長家への復讐を終えるまで彼を見守る道を選択する。自分の立場を変えずに、セロイが自分を長家から解き放ってくれるのを待つのだ。実行されるまでには長い年月がかかるだろう。でも、セロイは目標に向かって着実に前に進む男。いつか自分を長家から解き放ってくれるはず。
人生をかけて長家に復讐を誓っているセロイを、スアは安全な場所から見守る。
それが結果的には彼を失うことにつながっていく。
4.「変わらない男」に変えられていく人々
この物語のもう一人の主人公、チョ・イソ(キム・ダミ)は、セロイに出会ったことで最も変化した人間だ。
ソシオパス傾向79%という精神科医による診断の結果に等しく、社会性に欠ける気質が顕著だったイソ。しかし、「変わらない男 パク・セロイ」に出会ったことで彼女の人生は変わっていく。そして、セロイを支え、彼への想いを貫き、居酒屋「タンバム」を成功に導くのだ。
イソだけではない。店の仲間たちもセロイの強さと人間性に惹かれ、それに応えようと進化していく。皆で力を合わせ、別の景色を見るために邁進する。
さて、スアはどうだろう。
彼女はセロイの復讐劇に巻き込まれ、苦悩している。
ここから抜け出したいのに、自分から踏み出す決心がつかない。
踏み出すことは、今までの自分の生き方を否定することであり、何より会長に逆らうことが怖くてできない。
だからセロイの復讐を見守りながら、彼が自分を解き放ってくれるのを待っている。
その一方でセロイの反対側にいる自分に嫌気がさしている。
セロイが正しいのはわかっている。でも、そちら側の人間を「世の中をわかっていない」「青臭い」と少なからず感じていた。
しかし、本当にそうなのだろうか。
わかっていないのは自分がいるこちら側の人間なのではないのか。
そんなある日、スアは会長が余命わずかであることを知る。
そして死期が近づいた会長から言われた言葉が、彼女が自分を取り戻すトリガーとなる。
君みたいに有能な人がなぜ俺から離れられないのか 分かるか?
奴隷根性だ
俺の思い通りに 飼いならされたのさ
そういう人々は なんでも言うことを聞く だから軽蔑している
この言葉に加え、セロイ殺人未遂とイソらを拉致した事件がグンウォンによるものだと知ったスアは、自ら長家から離れる決心をする。
長家の長年にわたる不正を検察に告発するという爆弾投下と共に。
これが 人生初の私が望んだ道です
辞表の提出と共に、不正ファイルの存在を明らかにするスア。
「昔から君は僕の気にいる返事しかしない」
そう会長に言われていたスアが遂に決断し、自分の手で長家にトドメを刺した。
そうなのだ。長家から彼女を解き放ったのは彼女自身だった。
スアは、自分の人生を自分の手で取り戻した。
ところで、なぜスアは長年縛られてきた長家から自分を解き放つことができたのか。
彼女はセロイに解き放たれるのを待っていたはず。
しかし、ある時「変わらない男」だったセロイの気持ちが変わってしまったことに気づいてしまう。
そう、イソの存在がセロイを変えたのだ。
共に長家と戦ってきたイソこそが今や彼にとって一番必要で一番愛する人になっていた。
セロイの自分への愛情は過去のもの。
それならば、もう、彼を待つ意味はない。
たとえ、セロイが長家を潰しスアを解き放ったとしても、それはもはや、「セロイと長家の板挟みになっているスアのため」という意味合いは薄く、「長家への復讐」というセロイの目標達成によってもたらされる副産物にすぎない。
つまり、スアが長家から解放されることはセロイの問題ではなく、今や、スア自身の、スアだけの問題なのだ。
結局、居心地悪い場所である長家にスアはひとり取り残された。
ならば、自力で脱出するしかない。
それが、セロイとの幸せを待ち続けた、スアの恋の結末が導き出した答えだった。
それにしても、イソとスアは何もかもが対極にある。
自分の気持ちや信条に正直に生きることが叶わず、「私を解き放って」と受け身のまま身動きが取れなかったスア。
自分の直感と能力を信じ、「夢を叶えてさしあげます」とセロイのために自分の人生をかけたイソ。
主体的な人間にそうでない人間が敵うはずもない。
とはいえ、セロイの存在が間違いなくスアを変えた。
憎むべき相手である会長の支配の下で自分を殺して生きてきたスアが、自分を解き放つ勇気を持てたのは、「変わらない男 セロイ」に支えられ、影響されたからに他ならない。
その後、会社を辞めたスアは自分の店をオープンさせた。
彼女はようやく自分の人生を自分の足で歩き始めたのだ。
ここからオ・スアの本当の物語が始まるのだと思う。
5.自分の信条に従って生きることは難しいことなのか
グンウォンに拉致されたイソとチャン・グンス(グンウォンの弟。兄とは不仲)の会話で、イソが語った言葉はシンプルで、それでいて、確信をついている。
イヤならイヤ 好きなら好き
自分の価値観で信念を持って生きるのは 難しい?
あらゆる言い訳をして 楽になりたいだけよ
多くの人間は何かしら妥協をして生きている。
そしてそんな自分を許すための言い訳を用意している。
会長に長年仕えてきたキム室長もそう。
「どこも雇ってくれないぞ なぜ(内部告発を)やった」とスアに尋ねるキム室長に彼女が質問で返す。
「キム室長こそ、そこまで会長に尽くす理由は?」
少し考えてキム室長はこう答える。
私は サラリーマンだろ
この答えにはゾッとした。
自分もかつてはその言い訳を使っていたからかもしれない。
自分の意見と相入れなくても上司の指示があれば、「サラリーマンだから」という理由で自分を納得させて粛々と仕事をした。また、同じ理由でたいしてやりたくもない仕事を続け、心を無駄に摩耗させていた。自分の頭で考えることを放棄していた部分が少なからずあった。
「妥協し続ければ 人は変わってしまう」というセロイの言葉は「信条を貫く」の裏側にあるこの物語のメッセージだけど、その意味と怖さを改めて感じたからこそゾッとしたのかも。
ところで、多くの人はセロイのようにわざわざイバラの道を選ばないし、妥協しながら幸せを模索していく。人生の時間は限られていることを考えれば、障害を回避する生き方は賢いと言えるし理解もできる。
でも、そういう生き方を選んだ場合、妥協で失ったモノたちの残骸を抱えて生きることになる。それらは心の奥底に沈んで通常は姿を現さない。
しかし、ある時ふと思う。
こんな風に生きたかったんだっけ?
年を経れば経るほど人生は複雑化していくし、それらをひとつひとつほぐしてやり直すことは簡単ではない。だから、生き方に疑問を持ったとしても、それを見なかったことにしてやり過ごす。
その一方で、自分の信条に従い生きる人を眩しく眺め、そして心ざわつきながら生きていく。
弱者が生き残る道は強者に寄生することだ
これは長家の会長が言った言葉。
確かに一つの見解だし真実だとも思う。
でも、このドラマが教えてくれるのは、自分の信条を貫き通すことでしか辿り着けない場所・見える景色があるということ。
そして、主体的に生きなければ後悔するということ。
だって一度しかない、自分の人生なんだから。
トップ画像:jtbc「梨泰院クラス」公式サイトより引用 http://tv.jtbc.joins.com/itaewonclass