短編小説②『殺し屋がやってくる。』
「英川公平、お前を今から殺しに行く」
今村と名乗るその男は、電話越しにそう言った。
時刻は夕方だった。今日は仕事が休みで、朝から自宅でダラダラと過ごしていた。これから晩飯でも買いに出掛けようかと思っていた時、スマホの着信音が鳴った。番号は表示されておらず非通知だった。不穏な予感がして、少し躊躇したが電話に出た。知らない男の声だった。声は低く、しかし妙に落ち着いてる。男は今村と名乗った。そんな名前の知り合いに心当たりは無かった。
「殺す……? どういうことだ? お前は誰だ! いたずら電話なら切るぞ!」
「ふん、自分の胸に手を当てて考えてみるんだな。お前は殺されて当然のことをしたんだ」
「なに……?」
俺は数年前からこの家賃4万2000円の木造アパートで一人暮らしをしている。実家は車で30分ほどの場所にあるが、就職を機に一人暮らしを始めた。部屋は趣味の物で溢れかえっている。ギター、カメラ、レコード、バイク、アニメ、カードゲーム、ボードゲームなど、我ながら色々な趣味に手を出していると思う。興味のある物はすぐに買ってしまう性格で、一緒に遊ぶ友達もいないのに、新しいボードゲームを昨日もまた買ってしまった。部屋にある金属ラックの棚の上には、未開封のボードゲームがいくつも並べられている。
殺される理由。
そんなものが本当にあるのだろうか。ふと数週間前に職場で起きたことを思い出した……。
俺は工業系の高等専門学校、いわゆる高専を卒業した後、自動車の整備工場に就職した。主に車検や修理などのメンテナンス作業をしている。そこに数週間前、怪しい客が現れた。
スキンヘッドに黒いサングラス、筋肉質な体で腕に傷のある大男だった。車は白いハイゼットカーゴだった。エンジンオイルの交換作業をするために、キーを借りて車を作業場に移動させた。その時、荷台に不審な物を発見した。
それは白い粉だった。数グラムどころではない。それは大きな袋に何キロも入っていた。まさか、それを目撃したからだろうか。
「いや、待てよ……」
思い返してみると、その車の扉には「はしぐちベーカリー」と書いてあった。あれはパン屋の車だった。あの粉はたぶん小麦粉だろう。
「ほな違うか……」
記憶の引き出しを探っていると、次にある事件のことを思い出した。もしかしたらあの事件が関与しているのかも知れない……。
俺は整備工場で働きながら、週末は趣味でバンドをやっている。担当楽器はギターだ。数ヶ月前にバンドメンバーのベーシストが脱退した。原因は俺とのいざこざだった。
レンタルスタジオでバンド練習をした帰り道、俺とそのベーシストは子供の頃に遊んだゲームの話で盛り上がっていた。そこでちょっとした口論になった。64のスマブラで一番強いのは「カービィ」か「ネス」かという話だ。俺はもちろんカービィの方が強いと主張したが、ベーシストはネスの方が強いと言って一歩も引かない。俺が「マザー2をやったことない奴がネスを使うな!」と言ったら図星だったらしく、俺に殴りかかってきた。俺も殴りかかろうとした時、一緒にいたドラムの古井が止めに入ってくれて、何とかその場は収まった。
翌日、ベーシストはバンドを辞めると言って故郷の佐渡島に帰っていた。今は故郷で結婚して幸せに暮らしているらしい。ベースが抜けたことで俺のバンドは、ギター1人・ドラム1人・ボーカル16人の少しバランスの悪い構成になってしまった。
「いや、これも違うな……」
回想にふけっていると、電話から今村の声が聞こえた。
「どうだ? 何か思い出したか?」
「いや、何も心当たりが無い。俺とお前は過去に会ったことがあるのか?」
「俺はとある人物に雇われた殺し屋だ。俺と会ったことは無いだろう。しかし、死ぬまでの間に嫌でも思い出すことになるだろう。お前の罪を」
なるほど。こいつは雇われた殺し屋という訳か。どうりで知らないはずだ。
「おっと、そこから逃げようなどと考えるのはやめておくんだな。俺はお前の実家の場所も把握しているし、可愛い妹が働いている保育園の場所も知っている」
「何だと! 家族に手を出す気か!」
「お前が大人しく部屋にいるのなら、家族の無事は保証しよう。ちなみにお前の母親が料理をしながら缶ビールを飲んでいることも知っているぞ」
なぜそれを知っている。
母親が料理をしながら時々缶ビールを飲んでいることは仲の良い人間にしか話したことはないぞ。妹のことも知っているし、殺し屋の雇い主は身近な人間なのか?
いや、母親の缶ビールのことはSNSに書いたような気もする。
「それから警察に連絡するのもやめておけ。お前の部屋には盗聴器を仕掛けてある。お前の行動は全て筒抜けだ」
「何だと…」
「お前が30分くらい前に涼宮ハルヒの『God knows…』のイントロをギターで練習していたことも知っている」
それは図星だった。最近、涼宮ハルヒの憂鬱を見返して無性にギターが弾きたくなったのだ。金属ラックの棚の上には未開封の鶴屋さんのフィギュアが飾ってある。
その時、ふと壁にかかっているカレンダーが目に入った。
よりによって何でこんな日に殺し屋に狙われないといけないのだ。
そう、今日は俺の27歳の誕生日だった。
誕生日。
ん、待てよ。あれあれ。まさかこれって、あれか。あれなんじゃないか。
誕生日のサプライズ的な。いや、まさか。サプライズでこんなことするか? どっち? どっちだ?
いや、待て待て。よく考えろ、そんなサプライズしてくれるような友人が俺にいたか?
バンドメンバー? 職場? 家族? いや、そんなことをするタイプではないぞ。友人友人……。
あ! そういえば!
ふと思い出した。俺にはサイトウという友人がいた。彼は警察官だった。念のために彼に助けを求めておくことを思い付いた。メッセージアプリで連絡しよう。それなら通話したままでも文章を送ることができる。殺し屋にバレる心配も無い。
『情けないぜ 助けてくれ 何故か殺し屋に 狙われているんだ
もうダメかもしれない ミ・アミーゴ』
俺は、修二と彰のような文章をサイトウに送った。
サイトウの本名は知らない。彼と知り合ったきっかけは俺がよく遊びに行くカードショップだった。「アクエリアンエイジ」というカードゲームの大会で対戦した際に仲良くなった。年齢が近いことや彼もレコードを集めているなどの共通点もあり、すぐに打ち解けた。俺のライブを見に来てくれたこともある。
彼はSNSでは何故か「ガゼル法院」というハンドルネームを名乗っていた。カードショップの仲間からは「ガゼルさん」とか「ガゼやん」と呼ばれていた。俺は普通にサイトウくんと呼んでいた。
その時だった。突然部屋の中に何かが割れるような轟音が鳴り響いた。
窓ガラスが割れ、破片が床に飛び散っていた。どうやら窓の外から何かが投げ込まれたらしい。
ガラスの破片を踏まないようにそっと近付き、その投げ込まれた物を見た。
色は青く、縦12センチ・横7センチくらいの長方形で上部に黒いツマミが3つ付いている。厚さは5センチほどで金属で作らており、持ってみるとずっしりと重かった。
「こ、これは……!」
ギターのエフェクターだった。俺が前々から欲しいと言っていたやつだ。このエフェクターが欲しいという話はバンドメンバーにも家族にもしていない。
いや、SNSに何回か書いた気もする。
え? これどっち? ほんまにどっち?
サプライズ? 殺し屋?
どっち? どっちや! どっちの可能性もあるやん!
その時、「ピンポーン」とインターホンが鳴った。
俺は確信した。間違いない。殺し屋だ。
ここはもう覚悟を決めるしかない。誕生日サプライズの可能性もあるが、もし本当に殺し屋だった場合、みすみす殺される訳にはいかない。
何か、何か武器になりそうな物はないか。部屋の中を見渡す。
俺は一本のギターを手にした。俺が所持している中で一番重いレスポールタイプのギター。「けいおん!」主人公の唯ちゃんが持っているのと同じタイプのやつだ。よし、これにしよう。
俺に勇気を与えてくれ、平沢唯。
俺は覚悟を決め、ギター片手に玄関に向かった。
恐る恐る玄関のドアを開けた。
そこには身長2メートルはあろうかというガリガリに痩せた大男が立っていた。真っ黒なハットを被り、襟付きの黒いロングコートを着ていた。不気味な笑顔を浮かべていた。
殺し屋だ!
俺の直感がそう叫んでいた。
「お前が英川公平だな」
男は電話と同じ声で俺の名前を呼んだ。
そして続けてこう言った。
「お届け物でーす!」
え?
男は背中に隠していた小さな白い箱を体の前に出し、箱の中身を取り出した。
中身はケーキだった。苺が沢山乗った丸いショートケーキ。
誕生日サプライズだ!
俺の直感がそう叫んでいた。
「お誕生おめでとうございます。プレゼントを届けにきましたよ」
そう言って男は俺にケーキを手渡した。そしてコートのポケットに手を入れて何かを取り出した。
拳銃だった。
殺される!
俺の直感がそう叫んでいた。
「お前に”死”というプレゼントを届けにね……」
男は俺に向かって拳銃を構えた。
その時だった。
「危ない!」
どこからかサイトウの叫ぶ声が聞こえた。
サイトウは殺し屋に飛び掛かり、拳銃を持っている右腕を掴もうとした。
アパートに銃声が響いた。
サイトウは胸から血を流し、その場に倒れた。
「サイトウくん!」
俺は叫びながら、サイトウの方へ駆け寄った。
殺し屋がにやりと笑う。そしてサイトウは今にも消え入りそうな声でこう言った。
「サプライズ……成功……」
え?
いや、どっち?
だから結局どっちよ!
「いやー英川さん。騙して本当にすいません。僕、サイトウさんの後輩で今村って言います」
殺し屋、いや今村は帽子を取りながら少し申し訳なさそうな笑顔でそう言った。
「ほんとにごめんごめん、驚かせようと思って! あ、この血は作り物ね」
地面から起き上がってサイトウが言った。
なんだ……。やっぱり誕生日サプライズだったか。
そう思うと安心して体の力が抜けた。
「……いや、でも『殺す』とか言ったら脅迫罪になるんじゃないのか?」
警察官であるサイトウなら当然知っているだろうと思って問いかけた。
「いや、その、驚かせたくてつい…」
「おい」
「あと盗聴器は? 本当に仕掛けてあったのか? あと窓ガラスも割れたし」
「それも驚かせたくてつい…」
「おい!」
その後、3人でケーキを食べ、朝までボードゲームをして過ごした。
おわり