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【掌編小説】鈍角三角形

「いいなぁ、大西くんは。なんか、彼女欲しいなぁ」
大西くんが運転する車の助手席で、僕はぼんやりとつぶやいた。
「あのさ〜、女の子を物みたいに言わないでよ」
後部座席から2人の間に顔を出し、沙織さんはムスッとした表情で僕に説教してくる。

「彼女ってのは、好きな人が出来て、その人と付き合うことで出来るんだよ。ただ『彼女欲しいなぁ』なんて、女の子を物として考えてる人の言い方だよ。それじゃ誰も寄ってこないよ。」
「…うん。そっか。ごめん」
「まぁまぁ。そんなに怒ることないだろ」
大西くんが取り成すように言いながら笑っている。

定時制高校に通う僕らは歳は違えど高校4年の同級生だ。4歳年上の大西くんは車を持っていて、暇があれば僕をドライブに連れ出す。男2人で、バカで下品な話をしているのが楽しかったところに女の子が1人加わったのは1ヶ月ほど前からだ。男2人の非常識と下品の間に、静かに秩序を持ち込んできた。そんなしっかり者のお姉さんのような存在だ。

もともと共通の友達ではあった沙織さんを、いつの間にやら大西くんは口説き落とし付き合っていた。
大西くんはギャンブル好きでお金にルーズだったが、とにかく口が達者で、一緒にいると楽しかった。それは沙織さんにとっても同じだったと思う。こんなだらしのない男と付き合うには、そんな理由しか見当たらなかった。

まだ付き合い始めで、2人で過ごす時間が欲しいだろうと僕なりに気を使って、こちらから連絡することはしなくなったのだが、何故か遊びに出かけるとなると僕も連れ出される。
3人でいる時の彼らは付き合っている雰囲気を出さない。あくまでも友達として接してくる。

最近は周囲の同級生が僕を「カップルの邪魔者だ」とヒソヒソ言っていることも認知していたが、大西くんは「そんなの気にするな」と言って学校でも3人で連んでいた。僕はそんな大西くんといるのが楽しかったし、嫌な顔ひとつしないでいてくれる沙織さんも好きだった。
僕たちには僕たちなりの、程よい関係性が作られていたんだ。


順調に交際していた2人だったが、ある日沙織さんから「大西くんと連絡が取れない」と連絡が来た。家には車も無いし、携帯電話の電源も入っていない。
沙織さん曰く、大西くんは借金をしていたらしく、前日までにかなりの金額を納めないとヤバいことになると言っていたらしい。沙織さんにお金を無心してきたが、それは断ったと言った。彼が以前から借金をしていることは僕は知っていた。かく言う僕も大西くんに頼まれて、10万を貸したばかりだったからだ。それは沙織さんには黙っていた。

結局その日から、大西くんは学校に来なくなった。
沙織さんは「元はと言えば借金してるあいつが悪い」と突き放したような口振りで、いつもと変わらない様子だったが内心は心配していたのではないかと思っていた。

一週間ほど経ってから、沙織さんのところに電話があり「もうそっちには帰れない。しばらく姿を消す。悪いな、元気でな。」とドラマでしか聞いたことのないようなセリフを言って電話を切ったらしいが、別れるとか別れないとか、今後の話はひとつもなかったらしい。
「そんなやつだよ、あいつは」と沙織さんはいつも通りの調子で話していた。

翌年の春、僕と沙織さんが高校を卒業する頃、大西くんを隣町のパチンコ屋で見かけたと言う噂は入ってきた。パチンコ屋にいる彼がどんな顔をしているのか、誰にもわからなかった。ただ、彼がどこかで生きていることだけは確かだった。
「元気ならそれでいいんじゃない?」と沙織さんは相変わらずの口調で話していて、内心を読み取ることは出来なかった。それが問いなのか、答えなのかさえも。
結局、僕たちの鈍い関係性は少しも形を変えていないように思えた。距離感も変わらないままだ。鈍角すぎて鋭くもならず、折れることもない関係のままだった。それが心地いいのか、寂しいのかさえ答えを出せなかった。

〈完〉



【解説と言う名の言い訳】
鈍角三角形とは、一つの角が90°より大きい三角形のこと。その響きに惹かれ、鈍角が生む微妙な距離感を描いてみようと思いました。相変わらず自身の体験とフィクションの分量を計りかねていますが、それも創作の面白さだと感じています。

まだまだ拙い文章ではありますが、成長したとき、この作品をさらに深く描き直したいと思っています。そして、この物語をきっかけに、いつか定時制高校の世界を舞台にした中編、長編を描けたら──そんな風に考えています。


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『定時制高校を卒業した者』
ミノキシジルでした。

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